173 / 357
勝負の日・1
しおりを挟む
その日は朝から空を覆うような曇天が広がっていた。
いつ天気が崩れるかわからないので、アリーシャも屋敷の中で過ごしているようであった。
暇を持て余しているのか、定期的に外の様子を見ながら洗濯物の乾燥具合を確認しつつ、各部屋の掃き掃除や廊下の窓を掃除しているようであった。
オルキデアは「掃除ならマルテかセシリアがやるから、別にやらなくていいぞ」と言ったが、アリーシャは首を振ると、「おふたりだって忙しいのに、家についてやってもらうばかりではいけないので」と返してきたのだった。
以前から最低限の掃除はマルテやセシリアが来た時にやってくれるので、気にしたことはなかったが、やはり住んでいる自分たちが何もしないのは居心地が悪いのだろう。
アリーシャの心掛けは素晴らしいものであり、オルキデアも手伝いたいところではあるが、そうは言っていられない事情が出来た。
二日前、軍部の執務室の留守を任せているラカイユから連絡があった。
ティシュトリア・ラナンキュラスが、執務室を尋ねて来たとのことであった。
軍部の入り口に立つ見張りの兵士から「ラナンキュラス少将はしばらく休暇を取っており不在にしている」と聞いたらしいが、真偽を確かめに執務室までやって来たらしい。
偶然ラカイユがオルキデアの代わりに執務室で書類仕事をしており、見張りの兵士から連絡を受けて、執務室にやって来たティシュトリアに丁重に帰るように伝えたーー要は追い帰したとのことであった。
その際に軍部の入り口までティシュトリアを送ったラカイユは、「ラナンキュラス少将は休暇を取って遠出しており、明後日には屋敷に戻ると言っていた」とわざと伝えたらしい。
何の用意も無く、どこかで遭遇する前に、あえて準備を整えた屋敷に向かわせた方が、オルキデアたちの方が優位になると判断したのだろう。明後日と伝えたのも、オルキデア側の準備期間を考慮してのことらしい。ラカイユの判断にオルキデアも脱帽したのだった。
ティシュトリアを送ってすぐに連絡をくれたラカイユは、「屋敷を尋ねに行くのも、時間の問題だと思われます」と経緯を報告してくれたのだった。
アリーシャにもティシュトリアについて伝えようか悩んだが、緊張から落ち着きを無くしてボロを出すのではないか、不安から自信を無くしてしまうのではないか、と考えてしまい、結局伝えていなかった。
ただアリーシャには、自分に合わせることと、ティシュトリアとの間に何かあれば自分が割って入るつもりであることを伝えるつもりであった。
またアリーシャが傷ついたり、困ったりしないように、今度こそ自分が守るつもりだった。
(こっちに付き合ってもらう以上、これくらいはしないとな)
もうアリーシャが怒りも涙も耐え忍んで、内側にこもる姿を見たくなかった。
それをされるくらいなら、やつあたりでも何でもいい。その怒りを自分にぶつけて欲しかった。堪えられてしまうと、自分が頼りないと暗に言われているようで悔しかった。
他の女性とは違って、アリーシャの前では誠実でありたかった。
クシャースラほど生真面目になる必要もないが、アリーシャが安心して頼ってくれるような男でありたい。
そのためには、まずオルキデア自身が態度を示すべきだろう。
こっちがその態度を示さないのにただ「頼れ」と言っても、言われた側が困るだけだ。
アリーシャが胸襟を開き、心の底から笑みを浮かべるその時まで。
オルキデアは何度でも示すつもりであった。
そんなことを考えていると部屋の中に呼び鈴の音が響いた。それと同時に部屋の扉が叩かれる。
「オルキデア様……」
オルキデアが返事をする前に、アリーシャがおずおずと入って来たのだった。
いつ天気が崩れるかわからないので、アリーシャも屋敷の中で過ごしているようであった。
暇を持て余しているのか、定期的に外の様子を見ながら洗濯物の乾燥具合を確認しつつ、各部屋の掃き掃除や廊下の窓を掃除しているようであった。
オルキデアは「掃除ならマルテかセシリアがやるから、別にやらなくていいぞ」と言ったが、アリーシャは首を振ると、「おふたりだって忙しいのに、家についてやってもらうばかりではいけないので」と返してきたのだった。
以前から最低限の掃除はマルテやセシリアが来た時にやってくれるので、気にしたことはなかったが、やはり住んでいる自分たちが何もしないのは居心地が悪いのだろう。
アリーシャの心掛けは素晴らしいものであり、オルキデアも手伝いたいところではあるが、そうは言っていられない事情が出来た。
二日前、軍部の執務室の留守を任せているラカイユから連絡があった。
ティシュトリア・ラナンキュラスが、執務室を尋ねて来たとのことであった。
軍部の入り口に立つ見張りの兵士から「ラナンキュラス少将はしばらく休暇を取っており不在にしている」と聞いたらしいが、真偽を確かめに執務室までやって来たらしい。
偶然ラカイユがオルキデアの代わりに執務室で書類仕事をしており、見張りの兵士から連絡を受けて、執務室にやって来たティシュトリアに丁重に帰るように伝えたーー要は追い帰したとのことであった。
その際に軍部の入り口までティシュトリアを送ったラカイユは、「ラナンキュラス少将は休暇を取って遠出しており、明後日には屋敷に戻ると言っていた」とわざと伝えたらしい。
何の用意も無く、どこかで遭遇する前に、あえて準備を整えた屋敷に向かわせた方が、オルキデアたちの方が優位になると判断したのだろう。明後日と伝えたのも、オルキデア側の準備期間を考慮してのことらしい。ラカイユの判断にオルキデアも脱帽したのだった。
ティシュトリアを送ってすぐに連絡をくれたラカイユは、「屋敷を尋ねに行くのも、時間の問題だと思われます」と経緯を報告してくれたのだった。
アリーシャにもティシュトリアについて伝えようか悩んだが、緊張から落ち着きを無くしてボロを出すのではないか、不安から自信を無くしてしまうのではないか、と考えてしまい、結局伝えていなかった。
ただアリーシャには、自分に合わせることと、ティシュトリアとの間に何かあれば自分が割って入るつもりであることを伝えるつもりであった。
またアリーシャが傷ついたり、困ったりしないように、今度こそ自分が守るつもりだった。
(こっちに付き合ってもらう以上、これくらいはしないとな)
もうアリーシャが怒りも涙も耐え忍んで、内側にこもる姿を見たくなかった。
それをされるくらいなら、やつあたりでも何でもいい。その怒りを自分にぶつけて欲しかった。堪えられてしまうと、自分が頼りないと暗に言われているようで悔しかった。
他の女性とは違って、アリーシャの前では誠実でありたかった。
クシャースラほど生真面目になる必要もないが、アリーシャが安心して頼ってくれるような男でありたい。
そのためには、まずオルキデア自身が態度を示すべきだろう。
こっちがその態度を示さないのにただ「頼れ」と言っても、言われた側が困るだけだ。
アリーシャが胸襟を開き、心の底から笑みを浮かべるその時まで。
オルキデアは何度でも示すつもりであった。
そんなことを考えていると部屋の中に呼び鈴の音が響いた。それと同時に部屋の扉が叩かれる。
「オルキデア様……」
オルキデアが返事をする前に、アリーシャがおずおずと入って来たのだった。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる