170 / 357
祝いの品と仮妻の成長・4
しおりを挟む
「退院してから自分で調べたが、食が受け付けなくなったのは、精神的なものが原因らしい。
悲しい出来事や心身に辛い体験を繰り返したことによって、心が麻痺したとか」
父の死と北部での極限状態が、オルキデアを追い詰めてしまったらしい。
軍では珍しくないようで、似た症状の者やオルキデアよりも酷い状態の者もいるので、周囲に支えられて立ち直れた分、まだ良い方だった。
「今はなんともないんですか?」
「……とりあえずは。だが、やはり北部で死にかけたのは、そうとう身体に堪えたらしい。寒さや雪ならまだいいが、北部基地に行くと、あの日々を思い出して、身体が不調を訴えてくる」
療養が明けて軍に復帰してから、一度だけ北部基地に行った事がある。
現場検証という名目で、北部基地で遭ったあの冬の日々を再現して欲しいと言われて、調査団に同行させられたのだ。
しかし、北部基地に入った途端に、具合が悪くなった。
心臓の動悸が激しくなり、次いで猛烈な吐き気に襲われた。
もう、あの日と同じように、通路に死体も無ければ、食糧を奪い合って、仲間を殺し合う兵たちもいないというに。
結局、北部基地の医務室で横になっただけで、現場検証の役には立てなかった。
ベッドの上で聞き取りだけ行われて、調査団と共に撤収して、この件に関しては完全に調査が終了したのだった。
「ただ、あれ以来、北部基地にはほとんど行っていないから、今行ったらどうなるかわからない。
中将が気を遣って、俺が北部での戦闘に参加しなくていいように配慮してくれているのだろうな。……きっと」
それからも、上官からの命令で何度か北部での戦闘に参加した。
それでも北部基地内には長時間滞在出来ず、泊まり込む際には野営用のテントで凌いだ。
プロキオンの元に所属してからは、北部基地の戦闘には参加していない。
恐らく、オルキデアが行かなくてもいいように、上官が配慮しているような気がしてならなかった。
「やっぱり、優しい上官さんです。オルキデア様の周りには優しい皆さんが沢山いて羨ましいです。
クシャースラ様にセシリアさん、マルテさんとメイソンさん。アルフェラッツさんやラカイユさんも。
みんな、オルキデア様のことを大切に想っているんですね……」
菫色の瞳をそっと細めて笑うアリーシャに、どこか寂しさを覚える。
「この屋敷に来た時も、クシャースラ様やセシリアさん、マルテさんがとても心配していました」
この屋敷に来た日、帰宅するセシリアから、オルキデアについてアリーシャが頼まれていたのを思い出す。
セシリアが面と向かってアリーシャに頼んでおり、恥ずかしい反面、これまであった様々な出来事を思い返すと言われても仕方ないかと思って、我慢して聞いていた。
「セシリアだけじゃなくて、クシャースラやマルテも心配していたのか……」
溜め息を吐くと、「いいじゃないですか」とやはりどこか寂しそうにアリーシャは笑う。
「心配してくれる人がいるというのは良いものです。私にはいないので羨ましいです……」
「アリーシャ?」
オルキデアが聞き返すと、「あっ、私ったら、つい……」とアリーシャは慌て出す。
「と、とにかく、オルキデア様にはオルキデア様を大切に想っている人たちが沢山いるんです。そんな人たちの為にも、しっかり生きないとですね!」
「テーブルのカップ片付けますね」と、話題を逸らして、テーブルを片付け出したアリーシャにそっと近づく。
「アリーシャ」
「はい!」
首だけ振り返ったアリーシャの後ろに膝をつくと、両腕を伸ばす。
振り返った菫色の瞳が大きく見開かれる中。
その華奢な背中を抱きしめたのだった。
悲しい出来事や心身に辛い体験を繰り返したことによって、心が麻痺したとか」
父の死と北部での極限状態が、オルキデアを追い詰めてしまったらしい。
軍では珍しくないようで、似た症状の者やオルキデアよりも酷い状態の者もいるので、周囲に支えられて立ち直れた分、まだ良い方だった。
「今はなんともないんですか?」
「……とりあえずは。だが、やはり北部で死にかけたのは、そうとう身体に堪えたらしい。寒さや雪ならまだいいが、北部基地に行くと、あの日々を思い出して、身体が不調を訴えてくる」
療養が明けて軍に復帰してから、一度だけ北部基地に行った事がある。
現場検証という名目で、北部基地で遭ったあの冬の日々を再現して欲しいと言われて、調査団に同行させられたのだ。
しかし、北部基地に入った途端に、具合が悪くなった。
心臓の動悸が激しくなり、次いで猛烈な吐き気に襲われた。
もう、あの日と同じように、通路に死体も無ければ、食糧を奪い合って、仲間を殺し合う兵たちもいないというに。
結局、北部基地の医務室で横になっただけで、現場検証の役には立てなかった。
ベッドの上で聞き取りだけ行われて、調査団と共に撤収して、この件に関しては完全に調査が終了したのだった。
「ただ、あれ以来、北部基地にはほとんど行っていないから、今行ったらどうなるかわからない。
中将が気を遣って、俺が北部での戦闘に参加しなくていいように配慮してくれているのだろうな。……きっと」
それからも、上官からの命令で何度か北部での戦闘に参加した。
それでも北部基地内には長時間滞在出来ず、泊まり込む際には野営用のテントで凌いだ。
プロキオンの元に所属してからは、北部基地の戦闘には参加していない。
恐らく、オルキデアが行かなくてもいいように、上官が配慮しているような気がしてならなかった。
「やっぱり、優しい上官さんです。オルキデア様の周りには優しい皆さんが沢山いて羨ましいです。
クシャースラ様にセシリアさん、マルテさんとメイソンさん。アルフェラッツさんやラカイユさんも。
みんな、オルキデア様のことを大切に想っているんですね……」
菫色の瞳をそっと細めて笑うアリーシャに、どこか寂しさを覚える。
「この屋敷に来た時も、クシャースラ様やセシリアさん、マルテさんがとても心配していました」
この屋敷に来た日、帰宅するセシリアから、オルキデアについてアリーシャが頼まれていたのを思い出す。
セシリアが面と向かってアリーシャに頼んでおり、恥ずかしい反面、これまであった様々な出来事を思い返すと言われても仕方ないかと思って、我慢して聞いていた。
「セシリアだけじゃなくて、クシャースラやマルテも心配していたのか……」
溜め息を吐くと、「いいじゃないですか」とやはりどこか寂しそうにアリーシャは笑う。
「心配してくれる人がいるというのは良いものです。私にはいないので羨ましいです……」
「アリーシャ?」
オルキデアが聞き返すと、「あっ、私ったら、つい……」とアリーシャは慌て出す。
「と、とにかく、オルキデア様にはオルキデア様を大切に想っている人たちが沢山いるんです。そんな人たちの為にも、しっかり生きないとですね!」
「テーブルのカップ片付けますね」と、話題を逸らして、テーブルを片付け出したアリーシャにそっと近づく。
「アリーシャ」
「はい!」
首だけ振り返ったアリーシャの後ろに膝をつくと、両腕を伸ばす。
振り返った菫色の瞳が大きく見開かれる中。
その華奢な背中を抱きしめたのだった。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】元婚約者が偉そうに復縁を望んできましたけど、私の婚約者はもう決まっていますよ?
白草まる
恋愛
自分よりも成績が優秀だからという理由で侯爵令息アッバスから婚約破棄を告げられた伯爵令嬢カティ。
元から関係が良くなく、欲に目がくらんだ父親によって結ばれた婚約だったためカティは反対するはずもなかった。
学園での静かな日々を取り戻したカティは自分と同じように真面目な公爵令息ヘルムートと一緒に勉強するようになる。
そのような二人の関係を邪魔するようにアッバスが余計なことを言い出した。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる