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祝いの品と仮妻の成長・3

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「生きたいと、思えるようになった……」

アリーシャは呟くと、ドレスの裾をぎゅっと握りしめる。

「考えたこと、なかったです」
「考えるものでもないからな。生きたい、生きるという意志を持ち続けている限り、そんなものは気にしない。
ただ、俺には考える機会があったからそう思っただけだ」
「考える機会って、オルキデア様が?」

紙袋の中身を確認する手を止めると、「ああ」と肯定する。

「父上が亡くなった時と、北部基地から帰還した時にな。あの頃は、生きる意味を見失っていたから、何もやる気がしなかったが、同じくらい何も食べる気がしなかった。
どうして自分が生きているのか、自問自答ばかり繰り返していた」

父のエラフが亡くなった時も、北部基地から帰還した時も、なぜ自分が生きているのかわからなくなった。
エラフの為に生きているところがあった時は、まだ良かった。けれども、エラフが亡くなってからは生きる意味を見失なってしまった。
北部から生還した時も、なぜ孤独となった自分だけが生き残れたのかわからなかった。
北部から帰って病院で療養をしている時、病室に備えつけのテレビで、北部基地所属の夫や息子が亡くなったという遺族の話を繰り返し見た。新聞を開けば連日の様に北部基地で亡くなり、身元が判明した兵士達の名前の一覧が掲載されていた。涙ながらに家族について話す遺族の姿や犠牲者の一覧を見る度に疑問に思った。

ーー待つ者が居る兵士は死んでしまった。それなのに、どうして待つ者が居ない自分は生き残れたのか、と。

自問自答を繰り返している内に、自分が生きていることに価値が見出せなくなった。自分に関係する何もかもが無意味に思えてきた。
それはやがて全ての生物が生まれながらに持つ生存本能にも影響していき、何にも無関心になってしまった。
そうして、何も食べられなくなってしまったのだった。

「生と食は結びついているからな。生きている意味を見失った以上、食べる必要を感じなくなった。そうしている内に、食への興味を失い、やがて何も食べられなくなった」

無理して食べても何も味を感じられず、気持ち悪くもなり、嘔吐するようになった。飲み込むことが出来なくなると、噛むことさえ困難になった。
そうして食べられない日々を過ごしている内に、とうとう水も飲めない身体になってしまった。

「どうやって生きていたんですか?」
「点滴で栄養を摂っていた。丁度、病院に入院していたからな」

エラフが亡くなった時は酷くはなかったが、北部から帰還した時は特に酷かった。
あの頃は点滴に頼らなければ、栄養を摂れないくらいに、心身共に磨耗していたのだった。

「生きたいと思えるようになったのは、クシャースラやセシリアたちの存在が大きいな。こんな俺でも、まだ心配してくれる人がいる、気にかけてくれる人がいるんだと思えるようになったら、自然と食に対する興味が蘇ってきた」

怪我をした身で、しっかり栄養をとらなければならないのに、食べるものも食べず、かろうじて水が飲めるだけの身体は、日に日に痩せ細っていった。
やがて、痩せた身体に点滴のチューブを繋げただけの抜け殻の様な状態になった。
そんな姿になってしまい、周囲にどれだけ心配をかけたことだろう。
何を求めるわけでもなく、ただ呆然としているオルキデアを、周囲は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

毎日のようにマルテが顔を出しては着替えを持ってきて、クシャースラやセシリアが話し相手になってくれた。
言い知れぬ虚無感に襲われていたオルキデアだったが、やがて心配してくれる彼らの為にも、どうにかして立ち直らなけばならないと考えるようになった。
そうすると、次第に身体は空腹を訴えてくるようになり、身体を動かしたくもなった。
心身の療養を終えて、ようやく軍に復帰出来るまで、半年を有したのだった。
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