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おれから見た親友・6
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「言ってくれたら手伝ったんだが……」
「お前も新兵として配属されたばかりで忙しいだろう。父上が懇意にしていたコーンウォール家……貴族から車を借りられたから、運搬はすぐに終わったさ。ただ整理するのが大変で……」
その時、オルキデアの後ろで屋敷の玄関扉が開いた。
コツコツと靴音を響かせながら二人に近づいてきたのは、少女らしい可愛らしさと女性としての美しさの両方を兼ね備えた若い女性であった。
「お客様ですか、オーキッド様?」
愛らしい声で尋ねてきたクシャースラたちより幾分か歳下と思しき女性は、黄金色の髪を首の後ろで一本の三つ編みにして、薄茶色のコートを羽織っていた。
田舎の農家と士官学校という男所帯で育ち、同年代の女性とは全く接点の無い生活を送ってきたクシャースラにとって、この女性は女神の様に美しく眩しい存在に見えたのだった。
「ああ。士官学校時代の同期だ」
「まあ、そうでしたか……。こんにちは」
「あ、ああ。ど、どうも……」
挨拶をされて、クシャースラは挙動不審になりながら返したような気がする。ーーこの時、緊張のあまり頭の中が真っ白になっていたので、ほとんど何も覚えていないが。
「寒い中で立ち話もなんですし、中でお話しされてはいかがでしょうか? 私、お茶をご用意します」
「そうだな……そうするか?」
「あ、ああ……」
オルキデアから見舞いの品を預かると、女性は一足先に屋敷の中に戻って行った。
屋敷の扉が完全に閉まると、クシャースラはオルキデアを門の影に引っ張ったのだった。
「どうした? そんなに険しい顔をして……」
「オルキデア! 今のお嬢さんは誰だ!?」
声を潜めつつも力強く尋ねるクシャースラに、オルキデアは瞬きを繰り返す。
「誰って……。父上が懇意にしていた貴族の娘だが……」
「名前は!?」
「セシリア。セシリア・コーンウォールだ」
後から思い返すと、この時クシャースラはセシリアに一目惚れしたのだろう。
その後、屋敷に入ってセシリアにお茶を用意してもらっている間も、ずっと落ち着かなくてソワソワしていた。
この日の自分について結婚後にセシリアに聞いたところ、「とても挙動不審で、どこか怖かった」と言われてしまい、少し落ち込んだ。
オルキデアにも尋ねたが、やはりセシリアと同様に肯定する様に真顔で頷かれてしまった。
だが周囲からおかしく思われるまでに、この時のクシャースラはセシリアに惚れ込んでしまったのだろう。
それまでは恋とは無縁のーー初恋さえまだだったクシャースラにとって、セシリアとの出会いは衝撃的だった。
どんな美姫よりも美しく、貴族でありながらも気取ったところのないセシリア。
小鳥の様な声も黄金色の髪も白い肌も、「家の手伝いで手荒れしてしまった」と言って本人が恥じていた荒れた手さえも、何もかもクシャースラを虜にしてしまった。
クシャースラの頭の中はすぐにセシリアのことで一杯になったのだった。
この日から恋人関係になるまで、クシャースラは仕事が休みの度に、オルキデアの屋敷と下町周辺を散歩するようになった。
この時のセシリアはまだ十七歳で、王都にある三年制の女子専用の高等学校に通っていた。
学校が無い日は実家であるコーンウォール家の手伝いをしており、この日は丁度、母親のマルテの代わりに、屋敷の片付けをするオルキデアの手伝いに来ていたとのことだった。
オルキデアが不在の時は屋敷の管理や庭の手入れをコーンウォール家が頼まれているようで、両親だけではなく、セシリアも時折屋敷の管理や庭の掃除を手伝っているらしい。
その話を聞いたクシャースラは、オルキデアを訪ねる振りをしつつ、偶然を装ってセシリアに会いに来ていた。
セシリアがいない日は屋敷にやって来るまで、オルキデアの屋敷近くを彷徨いていた。
そんなクシャースラのことをオルキデアや近所の人たちがどう思っているかは考えられなかった。
それくらい、この頃のクシャースラは冷静さを欠くまでにセシリアに惚れ込んでいた。ーー前後不覚になって周りが見えなくなるくらいに。
「お前も新兵として配属されたばかりで忙しいだろう。父上が懇意にしていたコーンウォール家……貴族から車を借りられたから、運搬はすぐに終わったさ。ただ整理するのが大変で……」
その時、オルキデアの後ろで屋敷の玄関扉が開いた。
コツコツと靴音を響かせながら二人に近づいてきたのは、少女らしい可愛らしさと女性としての美しさの両方を兼ね備えた若い女性であった。
「お客様ですか、オーキッド様?」
愛らしい声で尋ねてきたクシャースラたちより幾分か歳下と思しき女性は、黄金色の髪を首の後ろで一本の三つ編みにして、薄茶色のコートを羽織っていた。
田舎の農家と士官学校という男所帯で育ち、同年代の女性とは全く接点の無い生活を送ってきたクシャースラにとって、この女性は女神の様に美しく眩しい存在に見えたのだった。
「ああ。士官学校時代の同期だ」
「まあ、そうでしたか……。こんにちは」
「あ、ああ。ど、どうも……」
挨拶をされて、クシャースラは挙動不審になりながら返したような気がする。ーーこの時、緊張のあまり頭の中が真っ白になっていたので、ほとんど何も覚えていないが。
「寒い中で立ち話もなんですし、中でお話しされてはいかがでしょうか? 私、お茶をご用意します」
「そうだな……そうするか?」
「あ、ああ……」
オルキデアから見舞いの品を預かると、女性は一足先に屋敷の中に戻って行った。
屋敷の扉が完全に閉まると、クシャースラはオルキデアを門の影に引っ張ったのだった。
「どうした? そんなに険しい顔をして……」
「オルキデア! 今のお嬢さんは誰だ!?」
声を潜めつつも力強く尋ねるクシャースラに、オルキデアは瞬きを繰り返す。
「誰って……。父上が懇意にしていた貴族の娘だが……」
「名前は!?」
「セシリア。セシリア・コーンウォールだ」
後から思い返すと、この時クシャースラはセシリアに一目惚れしたのだろう。
その後、屋敷に入ってセシリアにお茶を用意してもらっている間も、ずっと落ち着かなくてソワソワしていた。
この日の自分について結婚後にセシリアに聞いたところ、「とても挙動不審で、どこか怖かった」と言われてしまい、少し落ち込んだ。
オルキデアにも尋ねたが、やはりセシリアと同様に肯定する様に真顔で頷かれてしまった。
だが周囲からおかしく思われるまでに、この時のクシャースラはセシリアに惚れ込んでしまったのだろう。
それまでは恋とは無縁のーー初恋さえまだだったクシャースラにとって、セシリアとの出会いは衝撃的だった。
どんな美姫よりも美しく、貴族でありながらも気取ったところのないセシリア。
小鳥の様な声も黄金色の髪も白い肌も、「家の手伝いで手荒れしてしまった」と言って本人が恥じていた荒れた手さえも、何もかもクシャースラを虜にしてしまった。
クシャースラの頭の中はすぐにセシリアのことで一杯になったのだった。
この日から恋人関係になるまで、クシャースラは仕事が休みの度に、オルキデアの屋敷と下町周辺を散歩するようになった。
この時のセシリアはまだ十七歳で、王都にある三年制の女子専用の高等学校に通っていた。
学校が無い日は実家であるコーンウォール家の手伝いをしており、この日は丁度、母親のマルテの代わりに、屋敷の片付けをするオルキデアの手伝いに来ていたとのことだった。
オルキデアが不在の時は屋敷の管理や庭の手入れをコーンウォール家が頼まれているようで、両親だけではなく、セシリアも時折屋敷の管理や庭の掃除を手伝っているらしい。
その話を聞いたクシャースラは、オルキデアを訪ねる振りをしつつ、偶然を装ってセシリアに会いに来ていた。
セシリアがいない日は屋敷にやって来るまで、オルキデアの屋敷近くを彷徨いていた。
そんなクシャースラのことをオルキデアや近所の人たちがどう思っているかは考えられなかった。
それくらい、この頃のクシャースラは冷静さを欠くまでにセシリアに惚れ込んでいた。ーー前後不覚になって周りが見えなくなるくらいに。
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