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移送作戦【当日・上】・9

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今回のアリーシャの移送にあたって、セシリアには藤色のウィッグをつけてもらうことにした。
これもオルキデアたちの作戦の一つだった。

現在オルキデアの執務室には部屋の主であるオルキデア以外にアリーシャが住んでいる。しかしクシャースラなど事情を知る者を除いて、他の兵士の中にはこう思っている者もいるだろう。

オルキデアの執務室には、オルキデア以外に二人・・の民間人がいる。
一人は執務室を出入りしている藤色の髪の女性、もう一人はオルキデアが執務室で監視している「記憶障害の民間人」である。
どちらもアリーシャのことではあるが、事情を知らない者からしたら、この執務室にはオルキデア以外に二人・・の民間人が居ると思われていてもおかしくない。
加えて、オルキデアが監視している「記憶障害の民間人」、または執務室を出入りしている藤色の髪の女性のどちらかが、実は襲撃作戦で行方不明になったアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトではないかと。

それを利用して、セシリアには藤色の髪のウィッグをつけて、オルキデアと共に執務室を出てもらう。
そうすれば、もし移送途中に他の兵と遭遇しても、こう思われるだろう。

オルキデアが監視している「記憶障害の民間人」は、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトと同じ藤色の髪の女性であった。
ただ顔は別人ーーセシリアなので、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトでは無いと。

そうすれば、オルキデアが監視していた女性とアリサは別人だったと、アリーシャに扮したセシリアと出会った兵は考えるだろう。
それが、オルキデアの狙いだった。

後からあの藤色の髪の女性はアリサだったのではないかと思われて、移送先の病院に押しかけられても困る。そこにアリーシャはいないからだ。
けれどもここで藤色の髪の女性がアリサでは無いと思わせておけば、病院に押しかけられる確率は減る。
またその女性が居なくなったと同時に執務室を出入りする藤色の髪の女性の姿も見なくなるが、その時は辞めて来なくなったと言えばいい。
もし行方を聞かれたとしても、その女性は「記憶障害の民間人」の世話をさせる為に一時的に雇われただけで、世話係を辞めた後はオルキデアでさえ行方は分からないと説明すれば良い。
そうすれば、さすがに意味もなく、この藤色の髪の女性を探す者はいないだろう。

「アリーシャさんに似ているなら良かったです。これならきっと大丈夫ですね」
「アリーシャが保証するなら大丈夫だ。では、行くぞ」

セシリアを促して執務室から出ようとしたオルキデアだったが、上着の裾を引っ張られて立ち止まる。
振り向くと、心配そうな顔で裾を掴むアリーシャの姿があった。

「アリーシャ」
「す、すみません……! つい、掴んでしまって」

裾を離すと、アリーシャは再び「すみません……」と消え入りそうな声で謝る。

「なんだか、もう二度と会えない様な……今生の別れのようになってしまったので、思わず掴んでしまいました……」
「今生の別れか……」
「オルキデア様と離れたこと、王都に来てからは無かったので、なんだか不安になってしまって……。決して、クシャースラ様に不安がある訳じゃないんです。ただ、なんだか不安で……」

言われてみれば、王都に来る直前の国境沿いの基地でアリーシャに薬を盛られた事件があった時から、アリーシャとはほとんど同じ時間を過ごしていた。
それなら、アリーシャが不安に思う気持ちも無理はない。
ここまで、別行動を取ったことは無かったのだから。

「すみません。こんなことを言うべきではないですよね。皆さん、私の為にこの作戦を考えて協力して頂くのに……」
「アリーシャ」

オルキデアが声を掛けると、アリーシャはじっと菫色の瞳をオルキデアに向けてくる。

「心配なんだろう? この作戦と俺たちのことが」

この作戦が失敗したら、オルキデアもクシャースラも減給や降格どころではないかもしれない。
今後の軍での身の振り方にも関わってくるだろう。

「そうかもしれません。皆さんの身に何かあったらと思うと、胸が苦しくなるんです」

クラウンに皺が寄るまで帽子を握りしめたアリーシャの手に、オルキデアは自らの手を重ねる。

「大丈夫だ。だからそんなに強く握るな」

オルキデアの言葉に、アリーシャの手に込められた力が緩くなる。

「君は随分と心配性なんだな」
「だっ……それは今まで自分の為に、誰かがこうやって動いてくれたことが無かったので……」

ほんのりと赤く染まっていた頰にオルキデアが片手を添える。触れた瞬間、アリーシャはほんの僅かに菫色の瞳を見開くと、頬に触れる手とオルキデアを交互に見つめたのだった。

「こんなことはこれからもっと増えるぞ。今の内に慣れておけ」
「慣れるって、どうやって……」
「あと、これもな」

そしてアリーシャの前髪を掻き分けると、オルキデアは顔を近づける。
露わになった白い額に、そっと口づけを落としたのであった。
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