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アリーシャの正体と親友と・4
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アリーシャを保護した際に、元王族に縁の者のみが着用を認められる白色の軍服を着用していたことから、シュタルクヘルトの元王族の関係者であることは予想していた。
あんな戦場に程近い、軍事医療施設に居たくらいだから、元王族のシュタルクヘルト家の遣いの者か、または主人を先に逃がして、自分は残ったシュタルクヘルト家の使用人くらいにしか考えてなかった。ーーまさか、シュタルクヘルト家の娘当人だとは思わなかったが。
「世が世なら、王女か」
感嘆しているのか、クシャースラがそっと呟く。
シュタルクヘルトが王政を廃止しなければ、アリーシャは王女として扱われていた。
敵ではあるが、名ばかりの貴族であり、ただの少将であるオルキデアとは、出会わなかっただろう。
「アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトについて、何かわかったか?」
「いいや、おれも新聞を読んで、初めて存在を知った。……調べてみたが、これまではあまり表舞台に出てこなかったようだな。記録がほぼ見つからない」
クシャースラにはアリーシャに渡したバック以外にも、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトについて調べて欲しいと頼んでいた。
昨晩もオルキデアは遅くまで調べたが、シュタルクヘルトの新聞以上の情報を見つけられなかった。
そうなると、頼みの綱となるのは、人脈も広い親友のクシャースラだったが、どうやらオルキデアと同じだったらしい。
よほど、大切に箱入り娘として扱われてきたのか、それともーー。
その時、仮眠室の扉がそっと開かれた。
「あの!」
アリーシャの声に話を中断すると、二人は仮眠室を振り返る。
アリーシャはおずおずと部屋に入ってくると、乱雑に積み重なった書類や本を避けながら二人に近づいて来たのだった。
「着替えてみました。どうですか……? 変じゃありませんか?」
アリーシャは女性捕虜用の作業服から、フリル付きの襟と、襟元で結んだ黒色のリボンが特徴的な白色のブラウス、足首まで隠れる黒色のロングスカートに着替え、靴も踵の低い黒色のエナメルに履き替えてきたのだった。
「おおっ! サイズが合ったようで安心しました。よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます。 オウェングス様」
「そこまで畏まらないで下さい。クシャースラ、で構いません」
これまで、オルキデアは、アリーシャの手術衣か捕虜の作業服姿しか見たことがなかった。
だからだろうか、頬を上気して弾んでいるアリーシャを見ていると、どこか不思議な気持ちになる。
「このお洋服、とても着心地が良くて、多分、仕立ての良い生地で出来ていますよね……。洋服や下着だけではなく、化粧品や女性用品まで頂いてしまって……。クシャースラ様の奥様にもよろしくお伝え下さい」
クシャースラは首を振った。
「いえ。おれと妻だけではありません。それらを用意して欲しいと言ったのは、そこのオルキデアなんです」
クシャースラに言われたアリーシャが、頭の上で一つに結んだままだった藤色の髪を乱しながらオルキデアを振り返る。
そうして、菫色の目を丸く見開いたのだった。
「そうなんですか? オル……ラナンキュラス様?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます! とっても嬉しいです!」
オルキデアに向かって、アリーシャは破顔した。
これまで見た中で、一番嬉しそうな表情だった。
柔らかく細められた菫色の瞳にじっと見つめられて、オルキデアの心臓が高鳴った。
先程から自分はどうしたのだろうか。
アリーシャを前にして、こんなに緊張したことなど、これまでなかった。
一夜限りだが、女性と付き合ったことさえあるというのにーー。
けれども、アリーシャはそんな女性たちとはどこかが違っていた。
どこが違うのかと聞かれてもわからない。ただ、何かが違っているような気がした。
あんな戦場に程近い、軍事医療施設に居たくらいだから、元王族のシュタルクヘルト家の遣いの者か、または主人を先に逃がして、自分は残ったシュタルクヘルト家の使用人くらいにしか考えてなかった。ーーまさか、シュタルクヘルト家の娘当人だとは思わなかったが。
「世が世なら、王女か」
感嘆しているのか、クシャースラがそっと呟く。
シュタルクヘルトが王政を廃止しなければ、アリーシャは王女として扱われていた。
敵ではあるが、名ばかりの貴族であり、ただの少将であるオルキデアとは、出会わなかっただろう。
「アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトについて、何かわかったか?」
「いいや、おれも新聞を読んで、初めて存在を知った。……調べてみたが、これまではあまり表舞台に出てこなかったようだな。記録がほぼ見つからない」
クシャースラにはアリーシャに渡したバック以外にも、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトについて調べて欲しいと頼んでいた。
昨晩もオルキデアは遅くまで調べたが、シュタルクヘルトの新聞以上の情報を見つけられなかった。
そうなると、頼みの綱となるのは、人脈も広い親友のクシャースラだったが、どうやらオルキデアと同じだったらしい。
よほど、大切に箱入り娘として扱われてきたのか、それともーー。
その時、仮眠室の扉がそっと開かれた。
「あの!」
アリーシャの声に話を中断すると、二人は仮眠室を振り返る。
アリーシャはおずおずと部屋に入ってくると、乱雑に積み重なった書類や本を避けながら二人に近づいて来たのだった。
「着替えてみました。どうですか……? 変じゃありませんか?」
アリーシャは女性捕虜用の作業服から、フリル付きの襟と、襟元で結んだ黒色のリボンが特徴的な白色のブラウス、足首まで隠れる黒色のロングスカートに着替え、靴も踵の低い黒色のエナメルに履き替えてきたのだった。
「おおっ! サイズが合ったようで安心しました。よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます。 オウェングス様」
「そこまで畏まらないで下さい。クシャースラ、で構いません」
これまで、オルキデアは、アリーシャの手術衣か捕虜の作業服姿しか見たことがなかった。
だからだろうか、頬を上気して弾んでいるアリーシャを見ていると、どこか不思議な気持ちになる。
「このお洋服、とても着心地が良くて、多分、仕立ての良い生地で出来ていますよね……。洋服や下着だけではなく、化粧品や女性用品まで頂いてしまって……。クシャースラ様の奥様にもよろしくお伝え下さい」
クシャースラは首を振った。
「いえ。おれと妻だけではありません。それらを用意して欲しいと言ったのは、そこのオルキデアなんです」
クシャースラに言われたアリーシャが、頭の上で一つに結んだままだった藤色の髪を乱しながらオルキデアを振り返る。
そうして、菫色の目を丸く見開いたのだった。
「そうなんですか? オル……ラナンキュラス様?」
「あ、ああ……」
「ありがとうございます! とっても嬉しいです!」
オルキデアに向かって、アリーシャは破顔した。
これまで見た中で、一番嬉しそうな表情だった。
柔らかく細められた菫色の瞳にじっと見つめられて、オルキデアの心臓が高鳴った。
先程から自分はどうしたのだろうか。
アリーシャを前にして、こんなに緊張したことなど、これまでなかった。
一夜限りだが、女性と付き合ったことさえあるというのにーー。
けれども、アリーシャはそんな女性たちとはどこかが違っていた。
どこが違うのかと聞かれてもわからない。ただ、何かが違っているような気がした。
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