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書斎に隠されていたもの・2
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「やはり、そういう事だったのか……」
「アズールスさん?」
扉を開けたのは、いつのまにか仕事から帰ってきていたアズールスであった。
仕事の時の格好のまま、アズールスは柚子へと近づいて来た。
アズールスの顔は、厳しい形相であった。
それに気圧された柚子は後ろへと下り、背後の書棚に背中をぶつける。
その衝撃で、ぶつかった書棚の本が揺れたのだった。
「おかしいと思っていたんだ。ユズは俺しか知らない様な事も知っていた。公文書館の本もそうだった。屋敷内の事も。そうして」
アズールスは柚子が持っていた姿絵を指差した。
「この引き出しの開け方と、誰にも話した事がないこの姿絵の場所も」
「どういう事ですか?」
アズールスは柚子の頭を挟む様に、書棚に手をついた。
「ユズを召喚する時に使用した召喚書に書いてあった。
『召喚者は召喚主と心を通わせると、召喚主の情報を共有出来る』と。
てっきり、『心を通わせるとは』肉体関係を持つ事だと思っていたが、文字通りの意味だったんだな」
「心を通わせる……?」
アズールスは右手で柚子の顎を掴むと、上を向かせた。
「ユズは覚えているか? 言葉が通じるようになった日の前日の夜、俺達が何をしたのかを」
「はい……」
言葉が通じるようになった日の前日の夜ーーアズールスと柚子が深い口づけを交わした日だ。
アズールスと口づけをしたのはーー心を通わせたのは、あの日が最初であった。
そしてーー最後でもあった。
次の日、柚子は言葉が通じるようになったアズールスから、召喚された理由を聞いて激怒して、それきりになっていた。
「それがきっかけとなって、柚子は俺と情報を共有した。俺がその日までに得た知識や情報ーー言語や記憶を共有したんだろう。
それで、柚子はこの世界の言葉を話し、理解出来るようになっただけではなく、読む事も出来るようになった。
俺が得た知識や情報だから、俺以外身近で誰も読める者がいないと思っていた異国の言葉も、読めたんだろうな」
「もしかしたら、書く事も出来るんじゃないか」とアズールスに言われるが、柚子は困惑しており、なかなか話が理解出来なかった。
つまり、アズールスと心を通わせた事がきっかけで、言葉が話せて、理解出来て、文字が読めて、アズールスしか知らないような記憶も、柚子の中に入ったという事なのだろう。
ーーほぼ連日、見ている夢。あれもアズールスから共有された記憶だったのだ。
「ユズ」
アズールスは優しい声音で話しかけてくるが、柚子はどこか怒っているような恐怖も感じていた。
「俺の記憶を、どこまで知っている」
「……知りません。全く」
夢の事を話すべきだろう。しかし、柚子は話せなかった。
これまで、アズールスは仕事や屋敷に関しては話してくれたが、アズールスの「家族」に関する話をしてくれなかった。
それはーー「家族」は、きっとアズールスにとっては、触れられたくない大切な記憶なのだ。
むやみやたらに覗いてはいけないもの。
他人であるユズが、気軽に話してはならないもの。
誰でも持っていて。誰にも侵されたくない、大切な、守りたいものなのだ。
だから、柚子は知らない振りをしなくてはならない。
「本当に?」
「はい」
柚子はアズールスの真っ直ぐな青い瞳を直視出来なくて目を逸らす。
すると、アズールスは寂しそうに言ったのだった。
「……俺の目を見ては、話してくれないんだな」
「えっ……」と柚子が目線をアズールスに戻すが、アズールスは既に柚子の顎から手を離しており、書斎から出て行こうとしていた。
「アズールスさん、まっ」
柚子が声を掛ける前に、書斎の扉が静かに締まった。
やがて、足音は遠ざかって行ったのだった。
力が抜けた柚子はその場に座り込んだ。
俯くと、両手をグッと握り締める。
(傷つけちゃったのかな……)
目から涙が溢れそうになり、柚子はますます両手をグッと握りしめる。
柚子は座り込んだまま、しばらくその場から動く事が出来なかったのだった。
「アズールスさん?」
扉を開けたのは、いつのまにか仕事から帰ってきていたアズールスであった。
仕事の時の格好のまま、アズールスは柚子へと近づいて来た。
アズールスの顔は、厳しい形相であった。
それに気圧された柚子は後ろへと下り、背後の書棚に背中をぶつける。
その衝撃で、ぶつかった書棚の本が揺れたのだった。
「おかしいと思っていたんだ。ユズは俺しか知らない様な事も知っていた。公文書館の本もそうだった。屋敷内の事も。そうして」
アズールスは柚子が持っていた姿絵を指差した。
「この引き出しの開け方と、誰にも話した事がないこの姿絵の場所も」
「どういう事ですか?」
アズールスは柚子の頭を挟む様に、書棚に手をついた。
「ユズを召喚する時に使用した召喚書に書いてあった。
『召喚者は召喚主と心を通わせると、召喚主の情報を共有出来る』と。
てっきり、『心を通わせるとは』肉体関係を持つ事だと思っていたが、文字通りの意味だったんだな」
「心を通わせる……?」
アズールスは右手で柚子の顎を掴むと、上を向かせた。
「ユズは覚えているか? 言葉が通じるようになった日の前日の夜、俺達が何をしたのかを」
「はい……」
言葉が通じるようになった日の前日の夜ーーアズールスと柚子が深い口づけを交わした日だ。
アズールスと口づけをしたのはーー心を通わせたのは、あの日が最初であった。
そしてーー最後でもあった。
次の日、柚子は言葉が通じるようになったアズールスから、召喚された理由を聞いて激怒して、それきりになっていた。
「それがきっかけとなって、柚子は俺と情報を共有した。俺がその日までに得た知識や情報ーー言語や記憶を共有したんだろう。
それで、柚子はこの世界の言葉を話し、理解出来るようになっただけではなく、読む事も出来るようになった。
俺が得た知識や情報だから、俺以外身近で誰も読める者がいないと思っていた異国の言葉も、読めたんだろうな」
「もしかしたら、書く事も出来るんじゃないか」とアズールスに言われるが、柚子は困惑しており、なかなか話が理解出来なかった。
つまり、アズールスと心を通わせた事がきっかけで、言葉が話せて、理解出来て、文字が読めて、アズールスしか知らないような記憶も、柚子の中に入ったという事なのだろう。
ーーほぼ連日、見ている夢。あれもアズールスから共有された記憶だったのだ。
「ユズ」
アズールスは優しい声音で話しかけてくるが、柚子はどこか怒っているような恐怖も感じていた。
「俺の記憶を、どこまで知っている」
「……知りません。全く」
夢の事を話すべきだろう。しかし、柚子は話せなかった。
これまで、アズールスは仕事や屋敷に関しては話してくれたが、アズールスの「家族」に関する話をしてくれなかった。
それはーー「家族」は、きっとアズールスにとっては、触れられたくない大切な記憶なのだ。
むやみやたらに覗いてはいけないもの。
他人であるユズが、気軽に話してはならないもの。
誰でも持っていて。誰にも侵されたくない、大切な、守りたいものなのだ。
だから、柚子は知らない振りをしなくてはならない。
「本当に?」
「はい」
柚子はアズールスの真っ直ぐな青い瞳を直視出来なくて目を逸らす。
すると、アズールスは寂しそうに言ったのだった。
「……俺の目を見ては、話してくれないんだな」
「えっ……」と柚子が目線をアズールスに戻すが、アズールスは既に柚子の顎から手を離しており、書斎から出て行こうとしていた。
「アズールスさん、まっ」
柚子が声を掛ける前に、書斎の扉が静かに締まった。
やがて、足音は遠ざかって行ったのだった。
力が抜けた柚子はその場に座り込んだ。
俯くと、両手をグッと握り締める。
(傷つけちゃったのかな……)
目から涙が溢れそうになり、柚子はますます両手をグッと握りしめる。
柚子は座り込んだまま、しばらくその場から動く事が出来なかったのだった。
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