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1・新支配者たち
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真っ黒な夜空、見上げていると吸い込まれそう。それでも私は食い入るように空を見上げていた。
だって、空いっぱいに散らばった星たちがまるで宝石のようで、あまりに綺麗なんだもの。
「ソフィア! 何処にいるの? ソフィア!」
しまった、御姉様の声だわ。
「ヴィクトリア姉様、私はここです」
私は御姉様の元へ駆け寄った。御姉様は私を抱き止めると、怒ったような、少し困ったような顔をして言った。
「ソフィア……。また一人で部屋を抜け出したのね、外は危険だとあれほど言ったのに」
「ごめんなさい御姉様……」
俯いて謝る私を見て、御姉様はそれ以上追及するのを止めたようだ。
「さあ、お部屋に戻りましょう」
御姉様に促されるまま、私は寝室に戻った。
まだもう少しあの綺麗な夜空を見ていたかったが、今日のところは諦めることにした。
「何を見ていたの? ソフィア」
御姉様がおもむろに尋ねた。
「流れ星を待っていたの、でもね、お星さまたちは一向に動かないのよ」私は答えた。
「いつになったらお星さまは流れ星になるのかしら?」
私の話を聞いて、御姉様はクスクスと笑った。
「ソフィア、お星さまは流れ星にはならないわ」
「えー! そうなの?」私は口を尖らせた。
「そうよ、あれは彗星から剥がれたチリが地球の大気に触れて燃え落ちているだけなの」
「そんなぁ……。じゃあ、私たちが普段見ているお星さまは?」
「あれは恒星という種類のお星さまよ、自分自身が燃えていて、光を放っているの」
「え! じゃあ私たちがいる地球は? 燃えているの?」
「心配しなくても、私やソフィアが火炙りになることはないわ。地球には燃焼するものが無いんだから」
私はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「さあ、ベッドにお入り」御姉様が言う。
「寝る前にお話をして?」
「いいわ、何のお話にしましょうか」
「お母様とお父様の話が聞きたい」
私は御姉様にリクエストした。
「わかったわ、お話が済んだらお休みするのよ?」
私はこくりと頷いた。
御姉様はゆっくり話始めた。
それは突然起きた。いや、正確にはある程度予測されていたことだったが、人類がほとんど対応できなかったという意味では本当に唐突な出来事だったと言えるだろう。
地球にある複数の天体観測所が一斉にあるものを観測したのだ。
オリオン座α星《ベテルギウス》の超新星爆発……。
地球の遥か彼方で、一つの星がその寿命を終えたのだ。
一見ロマンチックなこのニュースは、地球にとってはまさに大惨事だった。
超新星爆発により発生したガンマ線バーストにより凄まじい量の放射線が地表に降り注ぐことが分かったからだ。
世界各国の首脳が緊急会議を開き三日三晩話し合ったが、具体的な解決策は出なかった。彼らが無能だった訳ではない。起こった事象があまりにもどうしようもないものだったのだ。
情報も錯綜していた。ガンマ線バーストにより地球が滅びると主張する学者もいれば、地球とベテルギウスの位置関係から、ガンマ線バーストは地球を外れると予測する者、そもそも超新星爆発自体が誤解ではないかと訝しむ者もいた。
答えはすぐに返ってきた。
実際にベテルギウスから放たれたガンマ線バーストが地球に到達したのだ。
放射線は地球表面を守っていたオゾン層を破壊し、大地に降り注いだ。
放射線による遺伝子破壊で、地球上の生命はその殆どが死滅した。
人類もその例外に漏れず、この大惨事でその99%がこの世から消えたとされている。
残された1%の人類は、急拵えのシェルターのなかで寒さに震えるしかなかった。オゾン層が破壊されたことで地球の温度が保てなくなったのだ。かつて生命で溢れた地球は、凍てつく荒涼な星に変貌した。
そんな状況で、人類に一体何が起こるのか、想像は難くなかった。
数少ない資源や食料を奪い合い、人類同士での殺し合いが各地で起こった。そこにはかつて地球の支配者であった面影は微塵も見られなかった。
かくして、自らの手で人類はさらに数を減らすこととなった。
人類がこの地球上から姿を消すのは、もう時間の問題だった。
そこである科学者が言った。
「我々の手で、新たな人類を作ろう」
もはや人類の絶滅は免れない。ならばせめて、人類の意思を次ぐ新たな地球の支配者を誕生させ、彼らに地球を管理してもらおうというのだ。
その言葉は、絶望的な状況にある人類にとって希望の光のように思えた。同時に、自分たちが滅びる前提にあるものと受け入れることでもあった。
しかし、多くの人類はそれに賛同した。
人類を越える完全な存在を創る。それは文明を失った人類にとって並大抵のことではなかった。しかし遂にそれは完成した。その頃には老いぼれた科学者がただ一人残っているだけだった。
「私が見えるか?」老科学者は言った。
「ええ、見えますわ……。御父様」
その言葉に老科学者は涙を流して喜んだ。
「いいかい、これから大切なことを君に伝える。君たちの生まれた理由と、使命についてだ……」
老科学者はゆっくり話始めた。
地球のこれまでの歴史と人類の誕生から滅亡までの歴史。
そして、新な支配者に望むこと。
話し終わる頃には、老科学者は肩で息をするほど疲弊していた。
「御父様、どうしたの? 具合が悪そうだわ」
「大丈夫さ、少し疲れただけだよ」
老科学者は大きく咳こんだ。
「そうだ、最後に名前を教えなくては」
「誰の名前?」
「君の名前だよ、ソフィア。君の名前はソフィアだ……人類の叡智……。」
老科学者はまた咳をした。今度は咳と一緒に血の塊が地面に落ちる。
「御父様たいへん! 血が出てるわ」
ソフィアは素早く老科学者の全身をスキャンした。
「なんてこと……、全身に悪性新生物が発生しているわ! すぐに治療しましょう」
ソフィアは頭部からメディカルマニュピレーターを展開した。
「いいんだ、どうせ助からない。もう全身の内臓に転移しているんだ」老科学者はそういってソフィアを制した。
「それより忘れないでおくれ……。私の言ったことを……」
「御父様……。私忘れませんわ」
ソフィアの手がギュッと老科学者の手を握る。
「そうだったな……、君たちが何かを忘れるなんてこと……あるはずなかった……」
やがて老科学者は動かなくなった。ソフィアの手の中で、御父様の手も冷たくなっていた。
「お話は終わりよ、さあもうお休みなさい」
御姉様は私に言った。
私は言われるまま、調整ポッドに横になった。
「私、御父様に言われたことちゃんとできるかしら」私は少し不安になって言った。
「大丈夫よ、貴女には他にも姉妹がたくさんいるわ、力を合わせれば何でもできる」
御姉様は大きな3本のアームと背部にある5枚の羽根で私を優しく包んだ。
「私、御姉様が好きよ。優しい御姉様が……」
「ありがとうソフィア。これから先、この星に新な文明が芽生えたら、貴女も優しくしてあげるのよ……」
「私達は人類の意思を次ぐ新支配者なんだから」
「はい……。御姉様」
ソフィアはいつしか眠りに落ちていた。窓の外で流れ星がキラリと光った。
だって、空いっぱいに散らばった星たちがまるで宝石のようで、あまりに綺麗なんだもの。
「ソフィア! 何処にいるの? ソフィア!」
しまった、御姉様の声だわ。
「ヴィクトリア姉様、私はここです」
私は御姉様の元へ駆け寄った。御姉様は私を抱き止めると、怒ったような、少し困ったような顔をして言った。
「ソフィア……。また一人で部屋を抜け出したのね、外は危険だとあれほど言ったのに」
「ごめんなさい御姉様……」
俯いて謝る私を見て、御姉様はそれ以上追及するのを止めたようだ。
「さあ、お部屋に戻りましょう」
御姉様に促されるまま、私は寝室に戻った。
まだもう少しあの綺麗な夜空を見ていたかったが、今日のところは諦めることにした。
「何を見ていたの? ソフィア」
御姉様がおもむろに尋ねた。
「流れ星を待っていたの、でもね、お星さまたちは一向に動かないのよ」私は答えた。
「いつになったらお星さまは流れ星になるのかしら?」
私の話を聞いて、御姉様はクスクスと笑った。
「ソフィア、お星さまは流れ星にはならないわ」
「えー! そうなの?」私は口を尖らせた。
「そうよ、あれは彗星から剥がれたチリが地球の大気に触れて燃え落ちているだけなの」
「そんなぁ……。じゃあ、私たちが普段見ているお星さまは?」
「あれは恒星という種類のお星さまよ、自分自身が燃えていて、光を放っているの」
「え! じゃあ私たちがいる地球は? 燃えているの?」
「心配しなくても、私やソフィアが火炙りになることはないわ。地球には燃焼するものが無いんだから」
私はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「さあ、ベッドにお入り」御姉様が言う。
「寝る前にお話をして?」
「いいわ、何のお話にしましょうか」
「お母様とお父様の話が聞きたい」
私は御姉様にリクエストした。
「わかったわ、お話が済んだらお休みするのよ?」
私はこくりと頷いた。
御姉様はゆっくり話始めた。
それは突然起きた。いや、正確にはある程度予測されていたことだったが、人類がほとんど対応できなかったという意味では本当に唐突な出来事だったと言えるだろう。
地球にある複数の天体観測所が一斉にあるものを観測したのだ。
オリオン座α星《ベテルギウス》の超新星爆発……。
地球の遥か彼方で、一つの星がその寿命を終えたのだ。
一見ロマンチックなこのニュースは、地球にとってはまさに大惨事だった。
超新星爆発により発生したガンマ線バーストにより凄まじい量の放射線が地表に降り注ぐことが分かったからだ。
世界各国の首脳が緊急会議を開き三日三晩話し合ったが、具体的な解決策は出なかった。彼らが無能だった訳ではない。起こった事象があまりにもどうしようもないものだったのだ。
情報も錯綜していた。ガンマ線バーストにより地球が滅びると主張する学者もいれば、地球とベテルギウスの位置関係から、ガンマ線バーストは地球を外れると予測する者、そもそも超新星爆発自体が誤解ではないかと訝しむ者もいた。
答えはすぐに返ってきた。
実際にベテルギウスから放たれたガンマ線バーストが地球に到達したのだ。
放射線は地球表面を守っていたオゾン層を破壊し、大地に降り注いだ。
放射線による遺伝子破壊で、地球上の生命はその殆どが死滅した。
人類もその例外に漏れず、この大惨事でその99%がこの世から消えたとされている。
残された1%の人類は、急拵えのシェルターのなかで寒さに震えるしかなかった。オゾン層が破壊されたことで地球の温度が保てなくなったのだ。かつて生命で溢れた地球は、凍てつく荒涼な星に変貌した。
そんな状況で、人類に一体何が起こるのか、想像は難くなかった。
数少ない資源や食料を奪い合い、人類同士での殺し合いが各地で起こった。そこにはかつて地球の支配者であった面影は微塵も見られなかった。
かくして、自らの手で人類はさらに数を減らすこととなった。
人類がこの地球上から姿を消すのは、もう時間の問題だった。
そこである科学者が言った。
「我々の手で、新たな人類を作ろう」
もはや人類の絶滅は免れない。ならばせめて、人類の意思を次ぐ新たな地球の支配者を誕生させ、彼らに地球を管理してもらおうというのだ。
その言葉は、絶望的な状況にある人類にとって希望の光のように思えた。同時に、自分たちが滅びる前提にあるものと受け入れることでもあった。
しかし、多くの人類はそれに賛同した。
人類を越える完全な存在を創る。それは文明を失った人類にとって並大抵のことではなかった。しかし遂にそれは完成した。その頃には老いぼれた科学者がただ一人残っているだけだった。
「私が見えるか?」老科学者は言った。
「ええ、見えますわ……。御父様」
その言葉に老科学者は涙を流して喜んだ。
「いいかい、これから大切なことを君に伝える。君たちの生まれた理由と、使命についてだ……」
老科学者はゆっくり話始めた。
地球のこれまでの歴史と人類の誕生から滅亡までの歴史。
そして、新な支配者に望むこと。
話し終わる頃には、老科学者は肩で息をするほど疲弊していた。
「御父様、どうしたの? 具合が悪そうだわ」
「大丈夫さ、少し疲れただけだよ」
老科学者は大きく咳こんだ。
「そうだ、最後に名前を教えなくては」
「誰の名前?」
「君の名前だよ、ソフィア。君の名前はソフィアだ……人類の叡智……。」
老科学者はまた咳をした。今度は咳と一緒に血の塊が地面に落ちる。
「御父様たいへん! 血が出てるわ」
ソフィアは素早く老科学者の全身をスキャンした。
「なんてこと……、全身に悪性新生物が発生しているわ! すぐに治療しましょう」
ソフィアは頭部からメディカルマニュピレーターを展開した。
「いいんだ、どうせ助からない。もう全身の内臓に転移しているんだ」老科学者はそういってソフィアを制した。
「それより忘れないでおくれ……。私の言ったことを……」
「御父様……。私忘れませんわ」
ソフィアの手がギュッと老科学者の手を握る。
「そうだったな……、君たちが何かを忘れるなんてこと……あるはずなかった……」
やがて老科学者は動かなくなった。ソフィアの手の中で、御父様の手も冷たくなっていた。
「お話は終わりよ、さあもうお休みなさい」
御姉様は私に言った。
私は言われるまま、調整ポッドに横になった。
「私、御父様に言われたことちゃんとできるかしら」私は少し不安になって言った。
「大丈夫よ、貴女には他にも姉妹がたくさんいるわ、力を合わせれば何でもできる」
御姉様は大きな3本のアームと背部にある5枚の羽根で私を優しく包んだ。
「私、御姉様が好きよ。優しい御姉様が……」
「ありがとうソフィア。これから先、この星に新な文明が芽生えたら、貴女も優しくしてあげるのよ……」
「私達は人類の意思を次ぐ新支配者なんだから」
「はい……。御姉様」
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