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11.永遠を見る瞳

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(救いたかった、救いたかった、けれど救えなかった、救いきれなかった、自分の弱さのせいで、怯んだせいで。だから、無力なあたしがくやしかった、つらかった、ああ、ほんとに悲しかったんだ)
「う、あああぁ」
 溢れた涙はすぐに炎に干上がっていく、けれども、それに負けまいとするように瑞穂は声を上げて泣いた。
 夢の中の晃久のように。
 泣けないまま、自分の心を見ないまま、出て行ってしまった長部のかわりに。
 そのときだった。
 がうん、とふいに壁が崩れた。
 いや、壁ではない、何かが炎の幕を突破して瑞穂に走りよってきたのだ。
「おいっ! なんだ! こりゃ、なんてひでえことされて! 大丈夫か、しっかりしろよ、今助けてやるからな!」
(何? 誰?) 
 飛び込んできたオレンジ色と銀色の塊に抱えられ、瑞穂は声を止めた。
「!」
 頭を走り抜けた痛みに体を強ばらせる。その瑞穂の口元に当てられたものから、刺激臭のある鋭い氷の固まりのような空気が入り込んでくる。
「外に出たら体の方も楽にしてやるからな! 頑張れよ、もう少しだぞ!」
(頑張れ、もう少し)
 それは瑞穂の耳に、泉が上げた励ましの声のように聞こえた。
(もう少し、で終わる?)
 泉が揺れて波を広げる。その波が一番遠い岸へと届いて、再びこちらへ戻ってくる。
 そんなイメージが瑞穂の胸に染み込んでくる。
「頑張れよ!」
 瑞穂を抱き上げた男は厳しい声で叫んで、すぐに向きを変えた。
「おーい! いた、いたぞー! やっぱりいたぞー!」
 男は瑞穂を抱えて再び炎を潜ると、外に転がるように走り出ながら叫んだ。
 激しく揺さぶられるせいで、頭に激痛が走って瑞穂が思わず呻く。それを男はかばうように気遣うように、瑞穂の頭をそっと押さえながら、
「頭部裂傷、他にも傷があるぞ!」
 吠えた。
「おい、大丈夫か、大丈夫かっ。もう大丈夫だからな、助かるからな!」
 駆け寄ってきた数人が、瑞穂の体を受け取ってくれる。担架だろうか、何かふわりとした台のようなものに乗せられ、両手足のロープが少しずつ解かれ、ぴりぴりした鋭い痛みがそこら中から走って、瑞穂は思わず体を強ばらせた。続いてだらだらと血に塗れ炎にあぶられた頭に布のようなものが当てられ固定される。
 そのあたりから意識が急速に緩みだして、瑞穂は痛みを遠くに感じた。
「おい、さっきのにーちゃん! ほら、一緒に乗ってくんだろ!」
 ばたばたと周囲に人が走り回る中、呼びかけられてゆらりと動いた人影がある。
 瑞穂がそちらにのろのろと目を向けると、何かにおびえるように、いらだつように自分の体を抱いていた人影が、腕を解きながら無言で担架に寄り添ってきた。
 瑞穂を上からのぞきこむ、その瞳は殺意に近い影を走らせてきらめいている。ジャングルかどこかにいるような野獣が、息をひそめて獲物に近寄ってきたようだ。
(ああ、やっぱり、怒ってる)
 瑞穂はぼんやりと思って、わずかに苦笑した。
 その怒りがどこから来るのか、今の瑞穂にはもうわかっている。
(心配、してくれてるんだ)
 心配で、その状況に何もできない自分の無力さが腹立たしくてくやしくて。けれど、どこにもその怒りをぶつけようがなくて、押さえ切れずにあふれてしまう、晃久の心。
 けれど、きっと、自分の無力さに怒っているとさえわかれば、何をすればいいのかは明白なこと、鍛えて強くなればいい、次の機会にひるまないように、全力を尽くせるように。
 けど、そこにたどり着くには、失いたくないものを失わなかったという安心がいるから。
「『グリーン・…」
 自分は大丈夫だと安心させようとして呼びかけた瑞穂の口を、相手はそっと人差し指で押さえて首を振った。
「救急車に乗るから。あんた、ひどいケガなんだ」
 晃久の声は低くかすれている。目はずっと泣き続けていたみたいに真っ赤になってはれている。
 一緒に救急車に乗り込んで、瑞穂が熱で焼かれたロープで負ったやけどや、頭の傷の応急処置をされる間、晃久は食い入るように瑞穂を見ていた。
 その体の中にどす黒くて荒々しいものが煮えたぎっている。それを吹き出させまいと晃久は粘っている。自分の精神力のすべてをかけて耐えている。
(頑張れよ、もう少しだ)
 炎の中で聞いた声を、瑞穂は無意識に手繰り寄せてきた。
 そうとも、方向さえ定まれば、怒りはとてつもないエネルギーに転換されて、能力を数倍に跳ね上げる。怒ることが悪いわけじゃない。その底に押さえ付けられた無力さを無視することがまずいのだ。歯を食いしばり、自分の無力さをまっすぐに見つめることができたなら、人は怒りのエネルギーをきっともっとうまく使える、十分な成長のエネルギーとして。
(ああ、きっと、そういうことなんだ)
 瑞穂は目を閉じて、深い満足感が広がってくるのを味わった。
 晃久の抱えた本当のテーマは、きっとそれを理解することだったのだ。
(まだまだ実際に使うためには、訓練がいるし、時間も必要だろうけど)
 目を開け、もう一度晃久を見つめる。
 晃久の中のどす黒い力は、まだ確かに荒れている。最後の部分がどうにも御し切れなさそうだ、そう瑞穂が思ったとき、晃久はそっと立ち上がった。厳しい切羽詰まった表情で、焼けただれた瑞穂の唇を親指で触れるか触れないかの軽さで、けれども断固とした意志をこめてぬぐう。
「今度会ったら、ただじゃおかない」
 殺気立った声でつぶやく口元で、きり、と歯が鳴った。
(『グリーン・アイズ』、あそこでのことを知ってる?)
 瑞穂はふいに気がついた。
 そう考えた瞬間、放置されて家の中で焼かれる寸前だったのを体が勝手に思い出したのだろうか、全身にひりひりと痛みが走って、瑞穂は目を閉じた。
(もう、大丈夫、もう終わったのよ)
 体にそっと言い聞かせながらそろそろと目を開けると、晃久がなぜか真っ青な顔で瑞穂を見ている。
「あんまり、無茶しないで、ものすごく、痛いよ」
(え?)
 ぎょっとしたのも筒抜け状態らしかった。晃久が居心地悪そうに体を揺する。瑞穂が大きく目を開くと、晃久は薄く頬を染めた。
「悪かったね、今もつながってるんだ。探してる間だけつないで、すぐに放すつもりだったけど…」
 不安で、こわくて。
 あんたが死ぬかと。
 柔らかな、声にならない声を『気配』が補ってくれた。
(あの夢…夢じゃなくて、現実の光景だったんだ?)
 瑞穂を失うとパニックになって、町なかで泣き叫んだ晃久。その強くて切ない激しい気持ち。
(あんなに、心配、してくれた)
 晃久の照れた顔を見ていると、ふいに、自分がもう少しで死ぬところだったのだ、それがぎりぎり助かったのだ、という思いがやっと瑞穂の胸に広がった。きりきりと張っていた心の糸がみるみるほどける。
「病院とか学校の方は境谷さんがやってくれるってさ。意外といい人だよね、あの人……瑞穂…?」
 晃久の声が甘く聞こえる、瑞穂の耳をとろかして。
(助かった、助かったんだ、あたし)
 外側の炎からも、内側の炎からも、そうだ、何とか無事に生き抜いた。
「瑞穂……」
 こぼれた瑞穂の涙を、ちょっとためらってから、晃久は不器用に指先でぬぐった。
 それでも繰り返し、とめどなく、瑞穂の涙はあふれ続ける。何年間か押さえつけられていた涙、何年間も忘れられていた涙が。
 その瑞穂の頬を晃久はそっと手でなぜた。長部に殴られた部分を探るように、癒すように、そっと、そっと。そうしているうちに、晃久の中のどす黒い力がゆっくりと力を失って、拡散し消えていくのがわかった。
 それに気づいて泣き止んで目を開けた瑞穂にしみじみと見入りながら、晃久は低い声でつぶやいた。
「あんたは約束を守ってくれたね」
「え?」
「僕は今日ほど自分の力がうれしかったことはない」
 深くて柔らかな声だった。
 側で救急隊員が話をみんな聞いている、それさえも気にしていないような穏やかな顔で、晃久は続けた。
「急にあんたと接触が途切れて怖かった。あんたが死んだような気がしてた。けど、どうしても信じられなくて、どこに行ったかわからなくなったあんたを捜し回ったんだ。初めて自分の力を使って、回りの人間すべての心を検索して追っかけて、僕はちゃんとあなたを見つけ出すことができた」
 初めて会ったときには想像もできなかったほど、大人びたゆったりとした微笑が、薄い唇に広がる。
「僕は、きっと、もう、大丈夫だ、瑞穂」
 瑞穂の胸で『気配』がうなずいた。
(『魂への旅』が、今一つ終わりを告げる)
 おそらくは、晃久はもう自分の能力のもたらす未来を破滅に限定しないはずだ。能力はただの能力、パワーでしかなくて、それがどんな未来を運んでくるのかは自分次第だとわかっているはずだ。
 そして、力はその安定した心の上に、さらに豊かな実りをもたらす未来を運ぶはずだ。
(本当は、あたしこそ、あなたに助けられたんだよ)
 瑞穂は同じように心の中でつぶやいた。
 炎の夢に食い殺されるしかなかった自分。けれど、晃久と出会うことで、瑞穂は自分もまた、能力に未来を委ねるのではなく、能力で未来を切り開くのだと教えられた。
 でも、それより何より、晃久の瑞穂への思いが、瑞穂に未来を信じさせた。
(それはきっとわかってないよね、『グリーン・アイズ』)
 もう声にならなくて、それでも、本当は瑞穂こそ伝えたい感謝の気持ちをこめたくて、瑞穂は胸の中で相手の名前を呼んだ。
 とたんに、
「ただ一つ」
 ふいに黒の瞳をきらめかせて、腹立たしそうな顔で晃久は言った。
「今は非常事態だから許すけど、次にちゃんと僕の名前を呼ばなかったら、瑞穂には毎日僕の名前の漢字の書き取りをやってもらうことにするからね」
 すねてむくれた子どもの顔。端正なだけにアンバランスで。
 心を読まれる不快さを、どうして晃久には感じないのだろう。
(かわいい、から?)
「は…い」
「瑞穂…? おい?」
 くすぐったくなって笑った視界が急に暗くなる。うろたえる晃久の顔を遠く雪崩れる闇に奪われて瑞穂は気を失った。

「おや、もうお加減いいのですか」
 脳やら神経やらの検査で一ヶ月ほどの入院を経て、瑞穂は『エターナル・アイズ』に顔を出した。
「うーん、これはずいぶんあっさりと」
 境谷の目は大きく見開かれて、瑞穂のベリーショートにした髪の毛に向けられている。
「イメージ、悪いですか」
 瑞穂は少し髪をなでてみた。これほど短くしたのはきっと生まれて初めてだろう。
「まあ、夏ですしね」
 ぱん、と境谷は両手を打ち合わせた。
「いいでしょう。ところで、衣装を変えようと思って。新作です。今度はこんなものにしてみました!」
「うわ」
 金銀で眩く飾り立てられた派手な踊り子風の衣装を取り出した境谷に、さすがに思わず瑞穂はひるんだ。
「あの、それはあんまり」
「だめですかあ?」
 はあ、と境谷は肩を落とした。
「『グリーン・アイズ』も言ってたんですよね、瑞穂にそれは似合わないって。私はそれなりにいいと思うんですよ、それなりに」
 境谷は未練いっぱいで衣装を差し上げていたが、瑞穂にどうにもその気がないと見ると、渋々口をとがらせて畳み直した。
「でも、ま、はい、お嫌なら仕方ないですよね、やっぱり。もって生まれたキャラクターっていうのもありますし」
 ぶつぶつつぶやき、ひょいと目を上げていきなりほほ笑む。
「ところで、突然ですが、『グリーン・アイズ』と仲がよくなられたようですね。よかったです」
 無意識に熱くなった頬をさとられまいと瞬きする瑞穂に気づいてるのかいないのか、境谷は飄々と続けた。
「これで、壊れたランプの価値もあろうというもの。従業員同士の恋愛は大賛成ですよ、みなさんきれいになってくださるし、特に、はい、『グリーン・アイズ』は見栄えが命ですから」
 ぴっと指をたてて念押しするような仕草をする。まじめなんだかふざけてるんだか、よくわからない境谷に苦笑して、瑞穂は居住まいを正した。
「境谷さん」
「はい?」
 何事ですか、そんな顔で境谷も慌てて姿勢を正した。
「今回は本当にありがとうございました。病院の手続きとか、学校の連絡とか、みんなしてくださったそうですね。なのに、わたし、全然お仕事できなくて」
 瑞穂のことばを聞いていた境谷の唇に、唐突にそれまでと打って変わって異質な、ふんわりとした笑みが広がった。
「覚えてらっしゃらない、と思ってました」
「は?」
「鷹栖瑞穂さん、そうおっしゃるのだなあと、申し込みを書いていただいたとき、私はとてもうれしかったのですが」
「申し込みのとき、ですか?」
「はい」
 頭を上げた瑞穂に、境谷はうなずいた。
「目のこと、お話ししましたよね?」
「はい、この間ですよね」
 境谷は一瞬目を閉じ、思い切ったように話し出した。
「鷹栖さんが入院しておられた病院にね、私も以前入院していました。阪神淡路大震災ね、あのときです」
 瑞穂は顔を引き締めた。死者六千人以上の大災害、それに境谷が巻き込まれていたとは知らなかった。
「大ケガをしていったんは回復したんですが、その後目の調子が悪くなって、あそこで摘出したんです。で、そこで眼球がないのに見えることがわかった……わかってしまったんですよね」
 境谷の顔がわずかに白くなった。穏やかな表情の下で押さえつけた殺気のようなものが流れ去っていく。
「まさか、自分がそんな特異な体だとは思いませんでした。化け物みたい、といった看護婦がいましたよ、物陰でね。学会論文にと申し出てくれた医師もいました。そうされた後の私の処遇は彼の気にはならなかったようですが」
 淡々と話す境谷の口調は冷めている。
「私の眼球は元からまともに働いてなくて、飾り物だったらしいです。執刀してくれた医師がいい人で、そういうこともありだろうよと言ってはくれたんですが、苦しくて。気持ちの行き場が、どこにもなくてね」
 長部のようなにこやかな笑みを浮かべて、それを境谷は崩さなかった。その笑みの意味を瑞穂は今では読み取ることができる。
 わたしは大丈夫だから、あなたに迷惑をかけないから、どうか私を嫌わないで下さい。
 自分の傷みを押し殺して、人に向ける懇願の笑み。
「あの地震で死んだと思えばいいんだって思い始めてました。自分はきっと亡霊のようなもので、この世界には生きていてはだめなんだろうって」
 ふ、と小さく息を吐く。それから気を取り直したように、
「そんな時、鷹栖さん、あなたが病院にいらっしゃった。ご家族と一緒に。親せきの方のお見舞いだとおっしゃってました。……あなたまだ、小学生でした」
 境谷は今度は真しな、優しく深い声で続けた。
「中庭でベンチに座り込んでいた私に、あなたはこうおっしゃったんですよ。不思議な目をしてるのね、と」
 境谷は笑みを消して、どこか切なそうに瑞穂から目を逸らせた。
「不思議な目、と」
 少しそのことばを味わうように沈黙する。その沈黙に瑞穂は付き合った。
「天啓のようでした」
 境谷はそっと続けた。
「そうか、私の目は化け物の目ではなく、奇妙な物体でもなく、『不思議な目』なんだ。なぜでしょうかね、ふいに心からそう納得しました。その瞬間から世界が変わりました。そうか、私の目は『不思議な目』なんだ、ならば不思議な世界を見ていればいい、不思議な世界を見る仕事をやろう。『エターナル・カンパニー』は、そうやって生まれたんです」
 境谷は立ち上がった。何かの気持ちを振り切った、そんな厳粛な顔で瑞穂を見下ろし、それから深々と頭を下げる。
「鷹栖さん、私こそ、あなたが苦しんでいるときに何の仕事もしなかった、申し訳ないことです。ほんとはもっと早く探してお礼がいいたかった、私に新しい人生を与えてくれたあなたに。けれど、すみません、あなたの一番厳しいときには間に合わなかったんです」
 一番厳しいとき。
  炎の中で家族と自分の『存在理由』を失ってしまったとき。
 瑞穂は思わず震えながら唇を押さえた。その指の感触に、救急車の中で触れた晃久の指の感覚がよみがえり重なっていく。
 炎の中で自分を失い、炎の中で自分を取り戻した。それが今回の『旅』の真実の目的だったのだ。そして、それを助けたのは幼い自分の一言だった。
 過去から延ばされた小さな手が、瑞穂と境谷を引き寄せ、晃久を巡り合わせた。
(違う、違う)
 瑞穂は首を振った。
(境谷さん、あなたは確かに間に合った、それこそ、あたしの『一番厳しいとき』に)
「境谷さん…」
「だから、今私があなたのために働くのは、いたって自然なこと、私にとっては何より大切なことなんですよ」
 境谷は顔を上げて、にっこりとほほ笑んだ。瑞穂の言えないことばをも受け止めるように、
「私に、あなたを手伝う機会を下さった」
「そ、れって」
 瑞穂は思わずこぼれた涙を手の甲でふいた。
「なんだか、うれしいんだか、悲しいんだか。すみません、あれからなんか、泣き虫になってるんです、あたし」
「もう一つ、お礼を言わねばならないことがあるんです」
 境谷はもう一度生真面目な顔になった。
「遠山三津子は旧姓、境谷三津子です」
「え?」
 瑞穂の頭にその内容が染み込むのには時間がかかった。
「ええ、私の妹なんです。震災の後離れて暮らしていたんですが。でも、この街へ来て気がついて、会いに行こうかどうしようか、私はずいぶん迷っていたんです。何せ、目のことがありましたからね。でも、今回のことが起こって、私は妹と再会できた。『グリーン・アイズ』と妹から、すべてのことを聞きました。私は本当に、あなたに助けられどおしだったというわけですよ」
 一区切りして、
「だから、鷹栖さん」
 境谷はあまりのことにあっけにとられている瑞穂に、もう一度、今度は少しおどけた顔でほほ笑みかけた。
「どうかこれからもよろしくお願いしますね、『エターナル・カンパニー』は、あなたの力を必要としているんですから」

 瑞穂は境谷との話をすませると、いつもの服に着替えて席についた。
 とりあえずは夏物にしました、と境谷が薄い上下に変えてくれたが、確かに真夏になるといささかうっとうしくなるだろう。
「みなさあん、よろしいですかあ!」
 境谷の声がマイクから響く。
「今晩もよろしくお願いしまあす」
 二人しかいない占い師に、みなさん、もないだろうけど、マイクの向こうで境谷はいつものようにくすくす楽しげに笑っているに違いない。
「あの、いいかな。予約はしたよ」
 カーテンの向こうから響いた声に瑞穂はあわてて顔を上げた。
(今の声は)
「どうぞ、えと…高樹さん」
 『グリーン・アイズ』と言いかけて、危うくことばを変える。
 カーテンを払って、今日は黒髪の晃久が入って来た。一瞬、どこかまぶしそうな目で瑞穂を見ると、どか、と乱暴に腰を下ろす。
「何を占いますか?」
「言わなくちゃわからないのか? 僕はわかるよ」
 晃久は肩をすくめて挑発した。
(やっぱりかわいい)
「では、この紙にあなたの問題を書いてください」
 くすくす笑い出しそうなのを我慢して、瑞穂はテーブルの上を示した。
 晃久はふん、と鼻を鳴らすと、意外に真面目な表情でサインペンを取って、今度は勢いよく紙に走らせた。
「これが僕にとって、今の最大の問題。とっても難しい相手なんだ。扱いあぐねるけど何より大事だ」
 書き上げると、挑むように瑞穂の前に突き出す。
 瑞穂は無言でそれを見つめた。
 『気配』は動かない。
「長部が捕まったのは知ってる。あんたが長部にまだ魅かれてるのも知ってる。けど、あんたが死ぬような目にあうのは、もう、金輪際まっぴらだ。だから、そのために僕は何をしたらいいのか教えてほしい」
 紙には『鷹栖瑞穂』と書かれている。
 黙ったままの瑞穂に、ちら、と目を上げた晃久は瑞穂の様子にぎょっとしてうろたえた顔になった。
「瑞穂? え、おい?」
 瑞穂は答えない。答えられない。
 晃久はためらい、唇を噛んだ。
 それからそっと、心を決めたように天を仰ぎ、瑞穂のベールを持ち上げた。軽く目を伏せ、瑞穂の頬に次々とこぼれ落ちる涙に静かに唇を寄せる。
 瑞穂は目を閉じた。
 聖なる誓いを交わすように涙を吸い取る晃久の唇を黙ってじっと受け止めた。     
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