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10.アシャの封印(10)
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「っ」
眠れないまま邸内をそぞろ歩いていたユーノは、バルコニーに人影があるのにどきりとした。剣を引き抜きかけて、相手に気づく。
(アシャ?)
夜会の礼装を解いていないアシャの姿は、闇にも映えて目にしみるほど鮮やかだった。何か考え込んでいるらしい憂いを帯びた横顔、頬に首筋に金褐色の髪の毛が絡みつく。ほう、と溜め息をついた唇は、色も差さぬのに紅色、迷ったような子どもっぽい表情に不似合いだ。
(誰かを想ってるの、アシャ?)
「…あれ」
ふと、ユーノはアシャの姿が淡く光っているのに気がついた。
ギャティの話が耳の中で谺する。金色に光っていたんですよ、アシャ様の体は。視察官(オペ)はたくさん知っているけど、あれほど人の目に止まるほどのオーラの持ち主は知りませんね。
『アシャは「魔」かも知れない』
ユカルの声が耳の奥に再び響いた。
「……ユーノ?」
「あ」
ぼんやり見ていたせいで、急に振り返ったアシャの視線を避けきれず、ユーノは立ち竦んだ。2人の間に押し詰まったような沈黙が溜まる。アシャはユーノを見つめている。ユーノは何を言えばいいのかわからず、ただ立っている。
「…ふ」
アシャが唇を綻ばせた。
「よく似合うものだ」
軽く顎でユーノの姿を示す、蒼の少年用の礼装を。
「ふ、ふんっ」
ほっとして、ユーノはいつも通りにむくれて見せた。
「どうせ男の子だって言いたいんだろ」
「そんな意味じゃないさ」
くすりとアシャは笑った。穏やかな甘い微笑、吸い寄せられるように近寄ると、
「肩は?」
「大丈夫だよ」
心配そうな口調にあれやこれやを一気に思い出した。
「あの…ありがとう」
とにかく礼を言って、と思いつくままにことばを並べる。
「それに、ごめん、ぶっ叩いてさ………大人気ないよね、『あれぐらい」でさ」
大したことはなかった、と伝えようとする。
「え…」
アシャは訝るような顔になり、続いてなんとも言い難い複雑な表情になった。うまく伝わらなかったかと慌てて続ける。
「でもさ、あれ、アシャだって悪いんだよ、私、あんまりああいう……『冗談』って慣れてないんだから……遊び慣れてるアシャと違って」
「遊び慣れてるってのは何だ」
微妙に不満げにアシャが応じた。
「だって、慣れてたろ、キス」
「う」
畳み掛けると、アシャは引き攣り、いよいよ怒ったものだか泣いたものだかと言うような苦々しい顔になった。溜め息混じりに言いかける。
「まったく、お前ときたら………」
「何」
「………冗談……だと…?」
はああと深い息を吐く。そのまま手摺にもたれて顔を伏せ、何かもごもご続けた。
「え?」
上手く聞き取れず、ユーノは戸惑った。
お前ときたら、どうだと言うのか。遠回しに詰られた気もするが、今のやりとりで詰るとしたら、やはりユーノの子どもっぽさぐらいだろう。けれど、そんなことは初めから分かっていることだし、これから先もたぶん、『大人』の冗談など理解できないに違いない。
ただ今のアシャはひどくぐったりとしていて、単にユーノに苛立っているだけでもなさそうだ。
「アシャ?」
そっと覗き込んでみる。
「疲れたの?」
「……疲れた、だと?」
ぼそぼそと声が聞こえた。
「疲れたんじゃないの?」
「……」
「ねえ?」
「……」
「アシャ」
ユーノはもう一歩近づいて、つんつんと指先でアシャの肩を突ついて見た。それでもアシャは動かない。完全に果ててしまっている。
眠れないまま邸内をそぞろ歩いていたユーノは、バルコニーに人影があるのにどきりとした。剣を引き抜きかけて、相手に気づく。
(アシャ?)
夜会の礼装を解いていないアシャの姿は、闇にも映えて目にしみるほど鮮やかだった。何か考え込んでいるらしい憂いを帯びた横顔、頬に首筋に金褐色の髪の毛が絡みつく。ほう、と溜め息をついた唇は、色も差さぬのに紅色、迷ったような子どもっぽい表情に不似合いだ。
(誰かを想ってるの、アシャ?)
「…あれ」
ふと、ユーノはアシャの姿が淡く光っているのに気がついた。
ギャティの話が耳の中で谺する。金色に光っていたんですよ、アシャ様の体は。視察官(オペ)はたくさん知っているけど、あれほど人の目に止まるほどのオーラの持ち主は知りませんね。
『アシャは「魔」かも知れない』
ユカルの声が耳の奥に再び響いた。
「……ユーノ?」
「あ」
ぼんやり見ていたせいで、急に振り返ったアシャの視線を避けきれず、ユーノは立ち竦んだ。2人の間に押し詰まったような沈黙が溜まる。アシャはユーノを見つめている。ユーノは何を言えばいいのかわからず、ただ立っている。
「…ふ」
アシャが唇を綻ばせた。
「よく似合うものだ」
軽く顎でユーノの姿を示す、蒼の少年用の礼装を。
「ふ、ふんっ」
ほっとして、ユーノはいつも通りにむくれて見せた。
「どうせ男の子だって言いたいんだろ」
「そんな意味じゃないさ」
くすりとアシャは笑った。穏やかな甘い微笑、吸い寄せられるように近寄ると、
「肩は?」
「大丈夫だよ」
心配そうな口調にあれやこれやを一気に思い出した。
「あの…ありがとう」
とにかく礼を言って、と思いつくままにことばを並べる。
「それに、ごめん、ぶっ叩いてさ………大人気ないよね、『あれぐらい」でさ」
大したことはなかった、と伝えようとする。
「え…」
アシャは訝るような顔になり、続いてなんとも言い難い複雑な表情になった。うまく伝わらなかったかと慌てて続ける。
「でもさ、あれ、アシャだって悪いんだよ、私、あんまりああいう……『冗談』って慣れてないんだから……遊び慣れてるアシャと違って」
「遊び慣れてるってのは何だ」
微妙に不満げにアシャが応じた。
「だって、慣れてたろ、キス」
「う」
畳み掛けると、アシャは引き攣り、いよいよ怒ったものだか泣いたものだかと言うような苦々しい顔になった。溜め息混じりに言いかける。
「まったく、お前ときたら………」
「何」
「………冗談……だと…?」
はああと深い息を吐く。そのまま手摺にもたれて顔を伏せ、何かもごもご続けた。
「え?」
上手く聞き取れず、ユーノは戸惑った。
お前ときたら、どうだと言うのか。遠回しに詰られた気もするが、今のやりとりで詰るとしたら、やはりユーノの子どもっぽさぐらいだろう。けれど、そんなことは初めから分かっていることだし、これから先もたぶん、『大人』の冗談など理解できないに違いない。
ただ今のアシャはひどくぐったりとしていて、単にユーノに苛立っているだけでもなさそうだ。
「アシャ?」
そっと覗き込んでみる。
「疲れたの?」
「……疲れた、だと?」
ぼそぼそと声が聞こえた。
「疲れたんじゃないの?」
「……」
「ねえ?」
「……」
「アシャ」
ユーノはもう一歩近づいて、つんつんと指先でアシャの肩を突ついて見た。それでもアシャは動かない。完全に果ててしまっている。
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