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1.『剣の伝説』(シグラトル)(4)
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夜闇は深く、人は寝静まっている。
その中で、アシャは一人、眠れぬ夜に転々と寝返りを打つ。
(緑の葉を乱して落ちて来て)
ベッドの上に仰向けになって、両腕を頭の後ろに組みながら、闇の視界に光景を思い浮かべる。
(腕の中に飛び込んで来た)
「…」
疼く痛み、微かに唇を噛む。いや、違う、きっともっと。
そろそろと右手を抜き、指先で唇に触れ、やがておずおずと左胸へと指を伸ばした。
心臓より僅かに上、そこは昼間樹上から落ちて来たユーノがしがみついた場所、とっさの無意識で服を掴まれただけなのに、その一瞬にまるで心を引きずり出されたような気がして、呼吸さえできなかった。
傷はほとんど完治しているのに、ユーノの手が触れたところだけが切なく熱く疼いている。不快なものではない、どこか甘くやるせなく、男なら誰でも知っている挑もうと息を呑む瞬間の熱。
(触れたのが初めてというわけじゃない)
(抱きかかえたのも初めてじゃない)
(それどころか、肌にも)
視野に立ち上がりかけた陽炎を、目を閉じながら遠ざける。眉根を寄せて波を堪える、何度も打ち寄せる揺らぎ、鎖をかけられた熱を解き放てと荒々しく叫ぶ声、抵抗しても無駄なのは知っている。だが、そういう自分をうまく宥められるほどにはアシャも歳を重ねている。
加えてもう一つ、ひやりと冷たい凝縮された結論。
(そして、永久に、俺のものには、ならない)
ゆっくりと瞼を持ち上げた。
そのまましばらく暗闇を凝視していたが、ふと窓の外を過った気配に目を見開く。苦しげに歪めていた唇を開く。零れる自分の声は意外そうで楽しげに響く。
「こんな所まで、珍しいな、ミネルバ」
『気づいておったのか』
僅かな沈黙を追い払うように、陰鬱な声が応じた。
「気づいていたが、疑ってもいた。『泉の狩人』(オーミノ)から追放された狩人が、ラズーンまで入り込んでくるとは如何ほどの用があるのか、と」
声は消えた。
しばらくは静かな夜気のみの気配、やがて、陰々と声が戻ってくる。
『……聖女王(シグラトル)が現れたそうだな』
ためらうような間を置いて、
『何者か、知っているのか』
「…ああ」
くす、と思わずアシャは笑みを零した。
(全くどいつもこいつも)
探し求める姿は一つか、と苦く顔を歪める。
「知りたいのか、ミネルバ」
手に入らないと思い知らされるために。
『…知ってもどうということはあるまい』
ミネルバは物憂げに応じた。
『ラズーンの「氷の双宮」より精気を分けられるのに飽き足らず、掟を破ってラズーン支配下(ロダ)で「狩り」をしてきたことに悔いはない。人間からも仲間からも、愚かな堕ち果てた魂、魔、と誹られようとも仕方あるまい』
さやさやと風が鳴る、ことばを全て霞ませるかのように。
『だが、聖女王(シグラトル)を迎え、我らが運命に終止符を打つのは「狩人」全ての悲願、放浪者として放逐されておろうとも、滅ぶ時には共に消えていくのが良かろう………我らは長く生き過ぎた』
「ミネルバ…」
少し前なら、ミネルバの悲愴を理解はしても共感などしなかっただろう。
だが、今ミネルバの口調に含まれた孤独は、アシャの胸によく響いた。
繰り返し願って望んだ世界を、自ら破滅させた。かけがえなく命にかえて守ろうとした存在を、自らの手で縊り殺した。
この罪を、誰か激しく打ち据えよ。
愚かなり、と嘲笑え。
(信じてくれ、決して傷つけるつもりなどなかったのだ、と)
だが、過ちはいつもそういうものではないのか。
絶対に起こすまいと決意した、その指先で引き起こしてしまう災厄ではないのか。
(ユーノ)
守れなかった、これほど長い旅路の果てに、あれほどの傷を、抱えた腕の中で受けさせた。
(俺は、お前を守れなかった)
だからこれは当然の代償なのだ、ユーノが心からその身を委ねられる男が現れるまで、ユーノが心から安心して生きられる世界が見つかるまで、アシャはユーノの守りに徹する、全ての想いを封じたままで。
『気づいておるのだろう、アシャ。ラズーンに関わったものは、遠からぬ先に滅びを迎える。我らのみ生き残ったところで、何を生み出せよう…?』
アシャはむくりと体を起こした。窓の外の闇、白馬に跨がった薄水色のドレスを身につけた女は、頼りなげに立ち竦んでいる。
それはまるで自らの姿にも見えて。
アシャもまた、ラズーンに強く縛られている存在、新しい世界が満たされるならば消し去られるべき魔性の命。
(俺達は共に、この世界には不要なもの)
アシャはそれをユーノに関わる事で思い知らされている。
だからこそ、ミネルバがその自分を抱えても、聖女王(シグラトル)の存在を確かめに来た気持ちが、今は痛いほどわかる。
(それでも、俺達は)
ユーノと共に生きていたい。
「……以前に、ガズラの湖で、一人の少女を助けただろう?」
『ああ……そなたの想い人だったな』
一瞬からかうような声になったミネルバは、すぐに訝しげに尋ねてくる。
『それがどうかしたのか?』
「あのことをラフィンニに話せば、おそらく追放令は取り消されるだろう」
アシャがイルファやレスファートの元に戻るように、ミネルバもまた、再び『泉の狩人』(オーミノ)に戻ることでユーノの側に居ることができる。
『何…?』
アシャのことばに考え込んだように沈黙したミネルバは、やがて死の世界を思わせる声で呟いた。
『それでは……そうなのか。あの娘が…』
「そうだ、聖女王(シグラトル)だ」
『…剣を継ぐものだ…』
どこか朧な声で応じたミネルバは、ふいにくつくつと低い声で嗤った。
『そなたは昔から頭が良い』
「ん?」
『追放令のことは悔いてはおらぬと言ったはず。が、それを知って持ちかけた情報の交換に、何を渡せというのか?』
アシャは無言でにやりと笑った。自分の顔がふてぶてしいものになっているのは想像がつく。ユーノを想って純情一途な青年を演じ続けるには、アシャは自分の人の悪さを知り過ぎている。
『ほ…ほほっ……』
窓の外でミネルバは楽しげに笑った。
『良かろう。聖女王(シグラトル)に『剣を継ぐ者』(シグラトル)と応じたのは、私が甘かった。そなたが知りたいのは、あの娘が名実ともに聖女王(シグラトル)になる時であろう?』
アシャは応えない。
『三日後、ラフィンニが迎えに来よう』
ミネルバは静かな声で続けた。
『剣もその時には、あの娘のものとなる。……アシャよ』
「うむ?」
『重い定めの娘に惚れたものだ』
「俺も今そう考えていた」
『泉の狩人』(オーミノ)の運命を引き受けることを示す剣の継承。彼らの望む破滅を確かに導いてやってこその聖女王(シグラトル)。
(そんなことを、あいつは望まない)
だが、その願いを容れなければ、『泉の狩人』(オーミノ)は自らの破滅を導くために世界を滅ぼすことになる。
(どうすれば、あいつが少しでも楽になる?)
ラズーンの未来を、『泉の狩人』(オーミノ)の希望を、その二つを背負うだけでも十分に厳しいのに、彼女の最も近しい人々が暮らすセレドの安寧を、ユーノは強く深く願っている。
(守るだけでは、難しい)
ユーノが無事であるだけでは、彼女はいつか重圧に潰されるだろう。
(どうすればいい)
あれ以上はもう傷つかせたくない。
(何をすればいい)
あれ以上苦しませたくない。
(俺の手をいつも払いのけるあいつに、俺は何ができる)
両手を伸ばし抱え込もうとしても、ユーノは『死の女神』(イラークトル)のお気に入り、一瞬の遅れであっという間に置き去られる。
『護る気か?』
「…っ」
深い声で問いかけられて我に返る。
護る。
「…ああ」
そうか、ただそれだけのことか。
『楽ではないぞ。そなたは沈黙を誓っている』
「…そうだな」
俺が俺がと考えるから身動きできなくなるのだ。アシャが守ることに拘るから、ユーノの動きを見逃し見過ごし、一歩が遅れるのだ。
「けれど、護りようが、あるはずだ」
もっと視野を広げ、視点を変え、ユーノを取り囲む全ての因子を頭に叩き込んでいけば、或いは見つかるかも知れない、ユーノが傷つかず苦しまず哀しまず、ただのびのびと幸せに生きていける道が。
『…捜すのか、その方法を』
「捜す、捜して、見つけて、やり遂げる……アシャ・ラズーンの名にかけて」
その瞬間、脳裏に閃いたユーノの笑顔に体が震えるような喜びが広がった。
『ふ…ふふ。ようやく、名にかけて誓いおったか』
ミネルバが珍しく柔らかな含み笑いを響かせた。
『報われぬかも知れぬな、あの娘がそなたの保護を必要とするとは思えぬ』
「そう、だろうな」
はっきり言い切られて忘れていた胸の疼きが戻る。
「それでも」
ユーノは笑うかも知れない、幸福そうに、明るく。
「…それなら、いい、か」
『…これは当てられたものだ』
ミネルバがなおも笑った。
アシャが言い放った『護る』ということが、この先の戦乱を生き抜いていくことと同義、その修羅を思ったのだろう、ミネルバは厳かな声音になった。
『幸運を祈るには筋違い、そなたの武運を祈ってやろう』
声が消え去ると同時に気配も消える。しばらく、その後も緊張を解かずに身構えていたアシャは、一つ大きな息をつくとごろりと寝転んだ。
「護る、か」
あいつの側に居るためだけでも命が一体幾つ要るんだろうな。
「いっそ、もっと化物だったらよかったか」
両手を差し上げ、闇の中で握り、また開いてみる。
闇の草原、朽ちた遺跡、真に命を貪る魔性であれば、『運命』(リマイン)の血をも含んでいたならば、アシャはユーノを死ぬまで護り通せたのだろうか。やがてはミネルバと同じく、ユーノに狩られることになったとしても?
甦った記憶にアシャはくしゃりと顔を歪ませた。
両手で顔を覆う。
「……聞いてはいたが、初恋は、辛いな」
皮肉な口調で呟き、歯を食いしばる。
「ユーノ…」
俺を、俺の命を、欲してくれ。
それは、遠い過去から響く傷みの声だった。
その中で、アシャは一人、眠れぬ夜に転々と寝返りを打つ。
(緑の葉を乱して落ちて来て)
ベッドの上に仰向けになって、両腕を頭の後ろに組みながら、闇の視界に光景を思い浮かべる。
(腕の中に飛び込んで来た)
「…」
疼く痛み、微かに唇を噛む。いや、違う、きっともっと。
そろそろと右手を抜き、指先で唇に触れ、やがておずおずと左胸へと指を伸ばした。
心臓より僅かに上、そこは昼間樹上から落ちて来たユーノがしがみついた場所、とっさの無意識で服を掴まれただけなのに、その一瞬にまるで心を引きずり出されたような気がして、呼吸さえできなかった。
傷はほとんど完治しているのに、ユーノの手が触れたところだけが切なく熱く疼いている。不快なものではない、どこか甘くやるせなく、男なら誰でも知っている挑もうと息を呑む瞬間の熱。
(触れたのが初めてというわけじゃない)
(抱きかかえたのも初めてじゃない)
(それどころか、肌にも)
視野に立ち上がりかけた陽炎を、目を閉じながら遠ざける。眉根を寄せて波を堪える、何度も打ち寄せる揺らぎ、鎖をかけられた熱を解き放てと荒々しく叫ぶ声、抵抗しても無駄なのは知っている。だが、そういう自分をうまく宥められるほどにはアシャも歳を重ねている。
加えてもう一つ、ひやりと冷たい凝縮された結論。
(そして、永久に、俺のものには、ならない)
ゆっくりと瞼を持ち上げた。
そのまましばらく暗闇を凝視していたが、ふと窓の外を過った気配に目を見開く。苦しげに歪めていた唇を開く。零れる自分の声は意外そうで楽しげに響く。
「こんな所まで、珍しいな、ミネルバ」
『気づいておったのか』
僅かな沈黙を追い払うように、陰鬱な声が応じた。
「気づいていたが、疑ってもいた。『泉の狩人』(オーミノ)から追放された狩人が、ラズーンまで入り込んでくるとは如何ほどの用があるのか、と」
声は消えた。
しばらくは静かな夜気のみの気配、やがて、陰々と声が戻ってくる。
『……聖女王(シグラトル)が現れたそうだな』
ためらうような間を置いて、
『何者か、知っているのか』
「…ああ」
くす、と思わずアシャは笑みを零した。
(全くどいつもこいつも)
探し求める姿は一つか、と苦く顔を歪める。
「知りたいのか、ミネルバ」
手に入らないと思い知らされるために。
『…知ってもどうということはあるまい』
ミネルバは物憂げに応じた。
『ラズーンの「氷の双宮」より精気を分けられるのに飽き足らず、掟を破ってラズーン支配下(ロダ)で「狩り」をしてきたことに悔いはない。人間からも仲間からも、愚かな堕ち果てた魂、魔、と誹られようとも仕方あるまい』
さやさやと風が鳴る、ことばを全て霞ませるかのように。
『だが、聖女王(シグラトル)を迎え、我らが運命に終止符を打つのは「狩人」全ての悲願、放浪者として放逐されておろうとも、滅ぶ時には共に消えていくのが良かろう………我らは長く生き過ぎた』
「ミネルバ…」
少し前なら、ミネルバの悲愴を理解はしても共感などしなかっただろう。
だが、今ミネルバの口調に含まれた孤独は、アシャの胸によく響いた。
繰り返し願って望んだ世界を、自ら破滅させた。かけがえなく命にかえて守ろうとした存在を、自らの手で縊り殺した。
この罪を、誰か激しく打ち据えよ。
愚かなり、と嘲笑え。
(信じてくれ、決して傷つけるつもりなどなかったのだ、と)
だが、過ちはいつもそういうものではないのか。
絶対に起こすまいと決意した、その指先で引き起こしてしまう災厄ではないのか。
(ユーノ)
守れなかった、これほど長い旅路の果てに、あれほどの傷を、抱えた腕の中で受けさせた。
(俺は、お前を守れなかった)
だからこれは当然の代償なのだ、ユーノが心からその身を委ねられる男が現れるまで、ユーノが心から安心して生きられる世界が見つかるまで、アシャはユーノの守りに徹する、全ての想いを封じたままで。
『気づいておるのだろう、アシャ。ラズーンに関わったものは、遠からぬ先に滅びを迎える。我らのみ生き残ったところで、何を生み出せよう…?』
アシャはむくりと体を起こした。窓の外の闇、白馬に跨がった薄水色のドレスを身につけた女は、頼りなげに立ち竦んでいる。
それはまるで自らの姿にも見えて。
アシャもまた、ラズーンに強く縛られている存在、新しい世界が満たされるならば消し去られるべき魔性の命。
(俺達は共に、この世界には不要なもの)
アシャはそれをユーノに関わる事で思い知らされている。
だからこそ、ミネルバがその自分を抱えても、聖女王(シグラトル)の存在を確かめに来た気持ちが、今は痛いほどわかる。
(それでも、俺達は)
ユーノと共に生きていたい。
「……以前に、ガズラの湖で、一人の少女を助けただろう?」
『ああ……そなたの想い人だったな』
一瞬からかうような声になったミネルバは、すぐに訝しげに尋ねてくる。
『それがどうかしたのか?』
「あのことをラフィンニに話せば、おそらく追放令は取り消されるだろう」
アシャがイルファやレスファートの元に戻るように、ミネルバもまた、再び『泉の狩人』(オーミノ)に戻ることでユーノの側に居ることができる。
『何…?』
アシャのことばに考え込んだように沈黙したミネルバは、やがて死の世界を思わせる声で呟いた。
『それでは……そうなのか。あの娘が…』
「そうだ、聖女王(シグラトル)だ」
『…剣を継ぐものだ…』
どこか朧な声で応じたミネルバは、ふいにくつくつと低い声で嗤った。
『そなたは昔から頭が良い』
「ん?」
『追放令のことは悔いてはおらぬと言ったはず。が、それを知って持ちかけた情報の交換に、何を渡せというのか?』
アシャは無言でにやりと笑った。自分の顔がふてぶてしいものになっているのは想像がつく。ユーノを想って純情一途な青年を演じ続けるには、アシャは自分の人の悪さを知り過ぎている。
『ほ…ほほっ……』
窓の外でミネルバは楽しげに笑った。
『良かろう。聖女王(シグラトル)に『剣を継ぐ者』(シグラトル)と応じたのは、私が甘かった。そなたが知りたいのは、あの娘が名実ともに聖女王(シグラトル)になる時であろう?』
アシャは応えない。
『三日後、ラフィンニが迎えに来よう』
ミネルバは静かな声で続けた。
『剣もその時には、あの娘のものとなる。……アシャよ』
「うむ?」
『重い定めの娘に惚れたものだ』
「俺も今そう考えていた」
『泉の狩人』(オーミノ)の運命を引き受けることを示す剣の継承。彼らの望む破滅を確かに導いてやってこその聖女王(シグラトル)。
(そんなことを、あいつは望まない)
だが、その願いを容れなければ、『泉の狩人』(オーミノ)は自らの破滅を導くために世界を滅ぼすことになる。
(どうすれば、あいつが少しでも楽になる?)
ラズーンの未来を、『泉の狩人』(オーミノ)の希望を、その二つを背負うだけでも十分に厳しいのに、彼女の最も近しい人々が暮らすセレドの安寧を、ユーノは強く深く願っている。
(守るだけでは、難しい)
ユーノが無事であるだけでは、彼女はいつか重圧に潰されるだろう。
(どうすればいい)
あれ以上はもう傷つかせたくない。
(何をすればいい)
あれ以上苦しませたくない。
(俺の手をいつも払いのけるあいつに、俺は何ができる)
両手を伸ばし抱え込もうとしても、ユーノは『死の女神』(イラークトル)のお気に入り、一瞬の遅れであっという間に置き去られる。
『護る気か?』
「…っ」
深い声で問いかけられて我に返る。
護る。
「…ああ」
そうか、ただそれだけのことか。
『楽ではないぞ。そなたは沈黙を誓っている』
「…そうだな」
俺が俺がと考えるから身動きできなくなるのだ。アシャが守ることに拘るから、ユーノの動きを見逃し見過ごし、一歩が遅れるのだ。
「けれど、護りようが、あるはずだ」
もっと視野を広げ、視点を変え、ユーノを取り囲む全ての因子を頭に叩き込んでいけば、或いは見つかるかも知れない、ユーノが傷つかず苦しまず哀しまず、ただのびのびと幸せに生きていける道が。
『…捜すのか、その方法を』
「捜す、捜して、見つけて、やり遂げる……アシャ・ラズーンの名にかけて」
その瞬間、脳裏に閃いたユーノの笑顔に体が震えるような喜びが広がった。
『ふ…ふふ。ようやく、名にかけて誓いおったか』
ミネルバが珍しく柔らかな含み笑いを響かせた。
『報われぬかも知れぬな、あの娘がそなたの保護を必要とするとは思えぬ』
「そう、だろうな」
はっきり言い切られて忘れていた胸の疼きが戻る。
「それでも」
ユーノは笑うかも知れない、幸福そうに、明るく。
「…それなら、いい、か」
『…これは当てられたものだ』
ミネルバがなおも笑った。
アシャが言い放った『護る』ということが、この先の戦乱を生き抜いていくことと同義、その修羅を思ったのだろう、ミネルバは厳かな声音になった。
『幸運を祈るには筋違い、そなたの武運を祈ってやろう』
声が消え去ると同時に気配も消える。しばらく、その後も緊張を解かずに身構えていたアシャは、一つ大きな息をつくとごろりと寝転んだ。
「護る、か」
あいつの側に居るためだけでも命が一体幾つ要るんだろうな。
「いっそ、もっと化物だったらよかったか」
両手を差し上げ、闇の中で握り、また開いてみる。
闇の草原、朽ちた遺跡、真に命を貪る魔性であれば、『運命』(リマイン)の血をも含んでいたならば、アシャはユーノを死ぬまで護り通せたのだろうか。やがてはミネルバと同じく、ユーノに狩られることになったとしても?
甦った記憶にアシャはくしゃりと顔を歪ませた。
両手で顔を覆う。
「……聞いてはいたが、初恋は、辛いな」
皮肉な口調で呟き、歯を食いしばる。
「ユーノ…」
俺を、俺の命を、欲してくれ。
それは、遠い過去から響く傷みの声だった。
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