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「……どうしたんですか? ……こんなところへ?」
「……眼鏡を取ってみてよ」
「え?」
「そうしたらすぐにわかる」
「………狡いですよ」
きゅ、と眉を寄せて抗議され、その可愛らしい顔に自分が笑うのがわかった。
「狡いね」
「狡いです」
「あのね」
「はい」
「君に会いに来た」
「え?」
「葵くん? 彼に聞いて」
「彼?」
「うん。無理させちゃった、けど」
君が他の誰にも揺らぐことなんてないとわかってるからだったんだね、そう正志は続けた。
絵を見ている時も、今こうして見上げている時も、まっすぐでたじろがない瞳。この瞳でずっとうんと多くのものを見てきて、いろんな辛いことや哀しいことがあっただろうけど、それでもまだまっすぐに正志を見上げてくる瞳。
「君にどうしても会いたくて」
「どうしても?」
「うん」
「どうして?」
「……わからない」
「わからない?」
「うん」
「そう、ですか」
「うん」
ただ。
「あのさ」
「はい」
「ちょっと……触っていい?」
「は?」
「えっと……髪に、触っていい?」
「あの、」
さゆが戸惑ったように瞬きして、逃げられると思った瞬間、さゆが小首を傾げて言った。
「高岳さん、部屋に入ってお茶でも飲みませんか」
何やってんだかなあ。
結局家に入れてもらって、コーヒー片手に正志はさゆの背中を見ている。
すみませんが、もう少し待って下さいね、これを仕上げなくちゃならないので。
そう言われて、さゆが見直しては少しずつ筆を入れていくのをじっと眺めている。
絵は青い空を背景に白い塔の立つ岬に見えた。とはいえ、画面では青い背景に白い塊が中央を縦に横切っているだけのもの、それが岬だと見えたのは、その周囲に何もなさそうな孤立感から来るものだったのかもしれない。
さゆはその白い塔の壁に繰り返し何度もいろいろな白を加えている。
「波しぶき?」
「…え?」
思わずつぶやいてしまって、さゆがはっとしたように振り返った。
「あ、ごめん」
「いえ……波しぶき? これ、灯台みたいですか?」
「灯台? ああ、なるほど」
「いえ、そうじゃなくて、これ道なんですけど」
「道?」
「草原を遠ざかる道」
「青い背景なのに?」
「ええ」
「ふうん……」
縦に見えたけれど、前後なんだね、そう答えると、はっとしたようにさゆが目を見開いた。
「そう、ですね」
「えーと……ごめん?」
余計なことを言ったかなと思ったが、さゆが嬉しそうににっこり笑ってほっとする。
「ありがとうございます、方向が見えました」
「そう?」
「はい。葵ちゃんと話したみたい」
「あ……ああ」
そっか、やつの代わりなのか。
それでもいいかなんて思ってしまうあたり、ほんとどうにかしてるよなあ、と正志はコーヒーを煽ったが、次のさゆのことばにむせ返った。
「ほんと、彼女と話すといろんなことがはっきりするから助かります」
「……眼鏡を取ってみてよ」
「え?」
「そうしたらすぐにわかる」
「………狡いですよ」
きゅ、と眉を寄せて抗議され、その可愛らしい顔に自分が笑うのがわかった。
「狡いね」
「狡いです」
「あのね」
「はい」
「君に会いに来た」
「え?」
「葵くん? 彼に聞いて」
「彼?」
「うん。無理させちゃった、けど」
君が他の誰にも揺らぐことなんてないとわかってるからだったんだね、そう正志は続けた。
絵を見ている時も、今こうして見上げている時も、まっすぐでたじろがない瞳。この瞳でずっとうんと多くのものを見てきて、いろんな辛いことや哀しいことがあっただろうけど、それでもまだまっすぐに正志を見上げてくる瞳。
「君にどうしても会いたくて」
「どうしても?」
「うん」
「どうして?」
「……わからない」
「わからない?」
「うん」
「そう、ですか」
「うん」
ただ。
「あのさ」
「はい」
「ちょっと……触っていい?」
「は?」
「えっと……髪に、触っていい?」
「あの、」
さゆが戸惑ったように瞬きして、逃げられると思った瞬間、さゆが小首を傾げて言った。
「高岳さん、部屋に入ってお茶でも飲みませんか」
何やってんだかなあ。
結局家に入れてもらって、コーヒー片手に正志はさゆの背中を見ている。
すみませんが、もう少し待って下さいね、これを仕上げなくちゃならないので。
そう言われて、さゆが見直しては少しずつ筆を入れていくのをじっと眺めている。
絵は青い空を背景に白い塔の立つ岬に見えた。とはいえ、画面では青い背景に白い塊が中央を縦に横切っているだけのもの、それが岬だと見えたのは、その周囲に何もなさそうな孤立感から来るものだったのかもしれない。
さゆはその白い塔の壁に繰り返し何度もいろいろな白を加えている。
「波しぶき?」
「…え?」
思わずつぶやいてしまって、さゆがはっとしたように振り返った。
「あ、ごめん」
「いえ……波しぶき? これ、灯台みたいですか?」
「灯台? ああ、なるほど」
「いえ、そうじゃなくて、これ道なんですけど」
「道?」
「草原を遠ざかる道」
「青い背景なのに?」
「ええ」
「ふうん……」
縦に見えたけれど、前後なんだね、そう答えると、はっとしたようにさゆが目を見開いた。
「そう、ですね」
「えーと……ごめん?」
余計なことを言ったかなと思ったが、さゆが嬉しそうににっこり笑ってほっとする。
「ありがとうございます、方向が見えました」
「そう?」
「はい。葵ちゃんと話したみたい」
「あ……ああ」
そっか、やつの代わりなのか。
それでもいいかなんて思ってしまうあたり、ほんとどうにかしてるよなあ、と正志はコーヒーを煽ったが、次のさゆのことばにむせ返った。
「ほんと、彼女と話すといろんなことがはっきりするから助かります」
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