『よいこのすすめ』

segakiyui

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 こくこく、とアメリカンブラックを呑み干した桃花は、優しい微笑を浮かべた。
「けど、やっぱり好きで。むしろ、もっと好きになって。次は絶対三上さんも納得してくれるようなものをやろうって決めてた。ここに居る子ども達が一番楽しめるステージにしよう、って」
 ああ、そうなのか、と正志はいろんなことが腑に落ちた気がした。
 桃花の派手な外見と軽いノリに似合わない、ステージや子ども達への配慮、それにあの時怒鳴った伊藤という少年への穏やかな応対。
 きっと三上も見てるかもしれない、そういう場所であの状況は辛かっただろうけれど、それでも堪えてステージを凌いだのは、そういう経緯があったからで。
 だからあのキャラクターを三上が気づいたのに喜んだ。三上だって黄色の薔薇の花束をわざわざ用意したのはきっと、歓迎だけじゃなくて、ちゃんと出直してきた桃花への評価を示すもの、だから余計に桃花は嬉しく受け取ったんだ。
 みっともないなあ……。
 思わず口に出そうになったことばを正志は危うく呑み込んだ。
 そういう中で、じたばた自分勝手に盛り上がったり盛り下がったりしていた正志は、ほんとどうにもお子さまで、確かに桃花に餓鬼扱いされても仕方なかったような気がする。
「次も来ていいって言ってくれた。だから、うん、ここではっきりさせておこうと思って」
 ぎゅ、とこぶしを握って桃花は正志に目を戻す。
「あたしの気持ちをちゃんと伝えて、で、三上さんの気持ちをちゃんと確かめて」
「あ…」
「看護師さんとかに聞いたけど、三上さん、まだ決まった人がいないって」
「あー……」
 確かに、表向きは、そうだ。
 猛のことは、それこそ裏の裏、病棟は愚か、めったにここへも訪ねてこない三上がどれほど真剣に猛とのことを考えているかを正志は十分知っている。桃花の気持ちは根本的なところで叶わないもので……けど、付き合ってる『女』も好きな『女』もいない三上、けれど桃花のことを断る三上、を桃花は納得できるのだろうか。
「あの、さ」
「ん、何?」
「もし、三上さんに好きな人がいたら」
「……悲しくて悔しいけど、諦める、あ、でも」
 桃花ははっとしたように首を振った。
「違うよ、あたしは諦めない、三上さんに好きになってもらうのを諦めんの」
「………それって、つまりコンサートには来る……?」
「もちろん! 好きな人に会えるチャンスだもん! 逃したくないし」
「むー……」
 このテンションで病棟で三上三上とやられて、猛は我慢しきれるんだろうか。
 最近どこか弱い気配の、どっちかというと儚い感じがときどき漂う猛を思い出して、思わず溜め息をついた。女なら男を知って色っぽくなった、とか言うところなんだろうけど、猛はちょっと不安が勝ってる感じで危うい気配の方が強い。
「でも、それならさ」
 自分で気持ちを打ち明けた方がよくない?
 そう続けると、またぱちんと肩を叩かれる。
「てっ」
「鈍感っ! もう、一応女なんだからね、恥ずかしいでしょう!」
 いや、23になって恥ずかしがられても、とちょっと怯みながら肩を撫でていると、へへ、と笑って桃花は続けた。
「って言うのは表向き。実はね、何度か、好きです付き合って下さいって言いかけたんだけど、なんでかすうっと三上さんが自販機に寄ったり、違う人に話しかけたりして、タイミング悪いんだよ」
 知ってる、な。
 三上は確実に桃花の気配に気づいていて、うまく巧みに躱されているのだ。
 そういうのはピンと来ないんだなあ。
 また溜め息を重ねて、そっか、僕もそうだったかもしれない、と思う。
 涼子が何度か「別れる話」を持ち出そうとしていたのを、すいすいと何となく見逃してしまっていたのかもしれない。だから涼子もはっきりきっぱりさせようと思ったのかもしれない。
 そらそうだよな、と三上のことに意識を戻す。
 桃花の性格を知ってて、気持ちを知っていれば、曖昧なところで話がつかないのは目に見えている。かといって、自分はゲイです、と言い切れないのは三上がバイでもあるからで、ついでに猛と付き合ってますと公言するわけにもいかないし、公言したところでバイならあたしにもチャンスはあるよね、とやられたらもっと面倒になる、そういう読みなのだろう。
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