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第2章
12.アンダー・ザ・ガン(4)
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「お先~……あんたのはそこね」
たぶん、出てきた真崎に美並の考えたものを重ねたのだろう、くつくつ笑いながら明が促す。
「あ、僕、お酒はちょっと」
真崎が戸惑った顔で眼鏡を直しながらジャージ姿で座った。
「飲めないの? ひどいなあ、義理の弟が選んだビールなのに」
「義理の…っ。何、どうしたの、明」
十分テンションが高い明がなお不気味なことを言い出さないかと美並は焦った。それに、それよりも、そんなことがあったなら真崎の気持ちが心配だとそっと水を向けてみる。
「何があったんですか、課長」
「あ…うん」
「大体明と会うなんて言ってなかったじゃないですか」
風呂上がりの温かい匂いを立ち上らせながら、真崎がうろたえた顔でビールのコップを掴む。あれ、と思う間もなく一気に飲み干し、美並はぎょっとした。
「おお~、一気!」
「……おいし…」
ちょっと驚いた顔で、けれど、ひどく嬉しそうに真崎がにこりと笑った。無防備な笑顔に一瞬見愡れ、我に返って、空になったコップにいそいそと追加を注ごうとする明を制する。
「大丈夫? って、こら、もう注いじゃだめ、明!」
「や、だって、旨そうに呑むんだもん、ねえ、京介」
そういえば、と今さら気付く。
「京介? 呼び捨て? いつのまに?」
「あ、ありがとう」
「こら!」
戸惑う美並を放り出して男二人が勝手に酒盛りし始めて、あっという間に真崎が数杯ビールをあけた。こらこら、あんたは何をさくさくと、と思わず止めにかかってしまう。
「駄目です、ちゃんと御飯食べてから」
「大丈夫、だよ」
「お酒全然弱いんでしょ?」
「うん、全然弱い」
「あ、ほんと、もう赤くなってきてるし~~かーわいい」
明がけらけら笑って、真崎がまた顔を赤らめた。
空腹だったところへ立続けに呑んだせいか、焼きそばを食べる手元が危うい。ぼろぼろ零すのに困った顔で拾っているのが異常に可愛らしく見える。かなり酔っている感じだ。
それとも酔っているのは自分だろうか、と美並は思った。
どうしてもどうしても真崎の仕草に眼が魅きつけられて、きわどい場面を重ねてしまう。
ま~ず~い~~。
焦りながら、そういう自分に歯止めをかけるように明をなじる。
「あんたも弱いくせに」
「うちで強いの姉ちゃんだけじゃん~」
「はいはい、黙れ酔っぱらい」
「伊吹さん、強いの?」
「普通です、って、こら、何次注ごうとしてるか!」
潤んだ瞳で頬を赤く染めて、真崎がにこにこ笑う。その顔を、またついぼうっと見つめてしまった隙に明がビールを注ぎ、真崎がまるで操られたみたいにくいくい飲み干して、口元を横殴りにした。
「焼そば食べたよ、凄くおいしい」
もう、あっちこっちべとべとですよ、とティッシュで拭いてやれば、へへへ、とくらくらするような甘い声で笑う。
そうですか、そうですか、あんたは酔っぱらうとこんなに可愛くなっちゃう系統だったんですか。
今まで会社の忘年会とか新年会とかは一体どうなっていたんだろう、と美並は頭が痛くなった。
「あ、嬉しいなあ、俺、料理趣味なんだ」
「趣味なの?」
「七海も喜んでくれるんだよ、俺の飯は天下一品って!」
「わかるな~、おいしいよ~~」
美並の懸念をよそに、ふわふわ男が二人でくすくす笑っている。
「もう止めましょう、ほら真っ赤」
つん、と真崎の頬を突くと、くすぐったそうにちろんと視線を流しながら肩を竦めて笑ってきた。
この男は自分の性別とか年齢とか意識……してないんだろうなあ、とうんざりしながら思う。ひょっとして、こういう真崎に落ちちゃった『男』も実は結構居たんじゃないか。
「お茶もいれときますね」
溜め息まじりに別のコップにお茶を入れると、またとても嬉しそうに頷くから思わず尋ねる。
「どうしたの?」
「大丈夫」
「いつもと違いますよ?」
「だいじょうぶ」
舌足らずの声で応じてこくん、とまた頷いた。
「ほら、京介~」
「うん」
明が投げ入れた焼そばを一所懸命に口に運んで、また注がれたビールを呑んで。
こんなに楽しく食事をしたのは初めてなのかもしれない、とふと思った。
たぶん、出てきた真崎に美並の考えたものを重ねたのだろう、くつくつ笑いながら明が促す。
「あ、僕、お酒はちょっと」
真崎が戸惑った顔で眼鏡を直しながらジャージ姿で座った。
「飲めないの? ひどいなあ、義理の弟が選んだビールなのに」
「義理の…っ。何、どうしたの、明」
十分テンションが高い明がなお不気味なことを言い出さないかと美並は焦った。それに、それよりも、そんなことがあったなら真崎の気持ちが心配だとそっと水を向けてみる。
「何があったんですか、課長」
「あ…うん」
「大体明と会うなんて言ってなかったじゃないですか」
風呂上がりの温かい匂いを立ち上らせながら、真崎がうろたえた顔でビールのコップを掴む。あれ、と思う間もなく一気に飲み干し、美並はぎょっとした。
「おお~、一気!」
「……おいし…」
ちょっと驚いた顔で、けれど、ひどく嬉しそうに真崎がにこりと笑った。無防備な笑顔に一瞬見愡れ、我に返って、空になったコップにいそいそと追加を注ごうとする明を制する。
「大丈夫? って、こら、もう注いじゃだめ、明!」
「や、だって、旨そうに呑むんだもん、ねえ、京介」
そういえば、と今さら気付く。
「京介? 呼び捨て? いつのまに?」
「あ、ありがとう」
「こら!」
戸惑う美並を放り出して男二人が勝手に酒盛りし始めて、あっという間に真崎が数杯ビールをあけた。こらこら、あんたは何をさくさくと、と思わず止めにかかってしまう。
「駄目です、ちゃんと御飯食べてから」
「大丈夫、だよ」
「お酒全然弱いんでしょ?」
「うん、全然弱い」
「あ、ほんと、もう赤くなってきてるし~~かーわいい」
明がけらけら笑って、真崎がまた顔を赤らめた。
空腹だったところへ立続けに呑んだせいか、焼きそばを食べる手元が危うい。ぼろぼろ零すのに困った顔で拾っているのが異常に可愛らしく見える。かなり酔っている感じだ。
それとも酔っているのは自分だろうか、と美並は思った。
どうしてもどうしても真崎の仕草に眼が魅きつけられて、きわどい場面を重ねてしまう。
ま~ず~い~~。
焦りながら、そういう自分に歯止めをかけるように明をなじる。
「あんたも弱いくせに」
「うちで強いの姉ちゃんだけじゃん~」
「はいはい、黙れ酔っぱらい」
「伊吹さん、強いの?」
「普通です、って、こら、何次注ごうとしてるか!」
潤んだ瞳で頬を赤く染めて、真崎がにこにこ笑う。その顔を、またついぼうっと見つめてしまった隙に明がビールを注ぎ、真崎がまるで操られたみたいにくいくい飲み干して、口元を横殴りにした。
「焼そば食べたよ、凄くおいしい」
もう、あっちこっちべとべとですよ、とティッシュで拭いてやれば、へへへ、とくらくらするような甘い声で笑う。
そうですか、そうですか、あんたは酔っぱらうとこんなに可愛くなっちゃう系統だったんですか。
今まで会社の忘年会とか新年会とかは一体どうなっていたんだろう、と美並は頭が痛くなった。
「あ、嬉しいなあ、俺、料理趣味なんだ」
「趣味なの?」
「七海も喜んでくれるんだよ、俺の飯は天下一品って!」
「わかるな~、おいしいよ~~」
美並の懸念をよそに、ふわふわ男が二人でくすくす笑っている。
「もう止めましょう、ほら真っ赤」
つん、と真崎の頬を突くと、くすぐったそうにちろんと視線を流しながら肩を竦めて笑ってきた。
この男は自分の性別とか年齢とか意識……してないんだろうなあ、とうんざりしながら思う。ひょっとして、こういう真崎に落ちちゃった『男』も実は結構居たんじゃないか。
「お茶もいれときますね」
溜め息まじりに別のコップにお茶を入れると、またとても嬉しそうに頷くから思わず尋ねる。
「どうしたの?」
「大丈夫」
「いつもと違いますよ?」
「だいじょうぶ」
舌足らずの声で応じてこくん、とまた頷いた。
「ほら、京介~」
「うん」
明が投げ入れた焼そばを一所懸命に口に運んで、また注がれたビールを呑んで。
こんなに楽しく食事をしたのは初めてなのかもしれない、とふと思った。
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