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第2章
9.女と男(1)
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「く、しゅんっ」
珍しく長い間風呂に入っていた伊吹がくしゃみをしながらリビングに入ってきて、京介は開いていたパソコンを閉じ、眼鏡を外して側に寄った。
後は明日。今は揺れてる伊吹を追い落としたい。
「風邪引いた?」
「みたい、です」
首を傾げながら髪の毛を擦っている伊吹の細い首に、一気に吸いついてみたくなったのをかろうじて自制した。
「あんなとこで、あんなことするからでしょう」
「そうですね」
抱き締めて叱る。
「11月なんだよ?」
「そうですね」
甘えるように目を閉じた伊吹が胸に頭を寄せてくる。
これはひょっとして、ひょっとする?
下腹部に微妙な気分が溜まってくる。
「……僕なんかのために…」
餓えているのが声で明からさまになってしまうみたいで少し怯む。薄目を開けて夢見心地から戻ってしまいそうな伊吹に、急いでキスを降らせる。すべらかな額、繊細な目蓋、温かな頬を唇で辿って、そのまま唇を味わおうとしたら、寸前あっさり指で押さえられた。
「だめ」
「だめ?」
伊吹の身体は温められて、極上のスポンジケーキみたいに甘い香りがしてる。濡れた髪の毛はシャンプーの匂い、けれどそれさえも体臭にまじってくらくらするほど蠱惑的で。
「どうして、伊吹さん?」
焦って尋ねてしまった。
どうしていきなりこんなにおいしそうになってるの。
どうしていきなり、こんなに誘惑してくるの。
「風邪が移ります」
「いいよ」
ひょっとして、家に戻ってくるまでに何かあったんだろうか。ひょっとして、お風呂の中で何かきわどいことでも考えてくれてたとか。
ごく、と喉を鳴らしてしまったのをいいことに、また強く抱き締める。なのに。
「だめです」
伊吹がそっけなくてじれったい。
「だって、明日一日しか休めないでしょう? 明後日には企画を提案しなくちゃならないでしょう?」
そんなもの、と鼻で嗤ってしまった。
「まだ全然考えてないって」
「考えてないけど」
熱くなった息を逃しながら、美並の頬に顔を擦り寄せる。気持ちよさそうに目を閉じる相手に、そうか、こういうのは好きなんだ、と覚えながら弱い耳元に息を吹き込む。
「僕は真崎京介だよ?」
ひく、と伊吹の身体が揺れた。
「しかも伊吹さんが居るのにできないことなんかないでしょう」
「…凄い自信ですね」
掠れた声が抵抗している。
「事実だよ……同じ会話をしたよね」
頑張ってるけれど、もうぼちぼち限界だろう、耳たぶが薄赤く染まって、まるで白桃のキャンディみたい。舌で舐め取って唇に挟みながら、音をたててキスする。
「っ」
小さな声が伊吹の身体の中で弾けたのがわかった。呼応するように京介の身体も揺れる。
「いい匂い……来てって、誘ってるみたい」
「う」
呻いた伊吹の声が空に途切れる。
「風邪には人肌がいいんだよ?」
これは戯れ言、くすくす胸の中で笑いながら続ける。
「僕で実証済みだから、試してみない?」
ことばを囁く息で嬲る。
「、んっ」
堪えかねたように開く美並の唇の誘いに応じて、舌を這わせて囁いた。
「その風邪は元々僕のものだよね?」
うろたえたように伊吹の呼吸が早くなる。気付いてるのかな、身体が震えてすがりついてきているのは。
「だから返して、伊吹さん」
「あ…っ」
閉じようとした唇に滑り込ませた舌は、覚えのある中身をすぐに探し出す。
「ん、ん……っ」
逃げようとして身体を引くけど、そんなこと許さない。頭を抱えて唇を押し開くと、拒めないまま辛そうに眉をひそめて舌を差し出す、その獲物を蹂躙する。
ああ、可哀想に。
襲ってる相手にしがみついちゃうほど、もうだめみたい?
嬉しくて、何度も何度も舌を嬲る。弱いところを確かめて、微かに呻く伊吹が泣きそうな顔で胸を叩いて押しやってくる。仰け反らせて離れた口に赤く染まった舌が頼りなく晒されて。
「、は」
放っておけないでしょう、そんな可愛いところ。
腕を伸ばして頭を抱え、必死に手を突っ張るのも構わずまた口を犯そうとしたら、急に力が抜けるままに胸元にくっついてきて、ちょっと戸惑う。はあはあと喘いでいる呼吸に息苦しかったんだ、と気付いて、妙な気分になった。
なんで? だって、こんなの普通のキス、いやそれこそ、大石に抱かれてたら、経験してるぐらいのキスだよね?
もっとしよう、そう誘うつもりで髪にキスしたらぎゅっと胸元を握りしめられ震えられる。
あれ?
「……伊吹さん」
「な、に?」
掠れた声で必死に強がって見上げてくる顔は真っ赤だった。ぼんやりとした瞳がけぶって、今にも泣き出しそうに潤んでいる。開いた唇がふっくら色づいていて、それを見た瞬間、限界まで駆け上がりそうになって慌てて顔を上げた。
うわ。
うわ、何これ。
どうしよう、泣き叫ばれても押し倒しそう。極悪非道な振る舞いしそう。
誰か僕を正気にさせて、そう願ったのに応じたのか、ぽんと大石の冷やかな顔が思い浮かんで、少し我に返った。
こんな顔の伊吹を大石は何度見たんだろう。
コロスゾ、コラ。
わあ。何を、僕は。
やばいって、と焦りながら理性を総動員する。
「大石と、どこまでいったの?」
「……今それを、聞きますか」
「だって、あまりにも慣れてない反応するから」
「から?」
「…っ」
伊吹が不思議そうに瞬いて、堪えた京介をあっさり再び追い上げてくる。
だめ。限界。欲しい。全部。すぐに。奥まで。嫌がっても。
抱き締めて飛び散った言語中枢をかき集める。
可愛くて、たまらない。
つぶやいたことばはとりあえず場繋ぎで、本音はその先。
「このまま最後までいってもいい?」
「名前を呼んで?」
「僕の、名前を」
伊吹の返事なんか聞く気はなくて、京介、そう呼ばれたらOKの合図と勝手に決めて追い込む。
「ねえ、ほら」
「あの、」
「なに」
「風邪、なんですけど?」
一瞬、惚けてしまった。
真っ赤な顔をしながら、それでも至極生真面目に見上げてくる相手に大きく深く溜め息をついて。
「伊吹さぁん…ここまで来てそれはないでしょう」
ぎゅうううううっと抱きついて、耳元でくすん、と聞こえよがしに洟を啜ってやると、伊吹の身体が少し緩む。
怖かったんだ。
いきなりざぶっ、と頭から水をかけられた気がした。
それから、そうだ、僕も怖かった、とふいに気付いた。
このまま抱いていたら、京介は伊吹に何をしたかわからない。
そうか、と小さく吐息をついた。
今夜はもうここまでにしよう、この先も一緒に居たいから。
「寝ようか」
囁いてこくんと頷いた伊吹が大事で大事でたまらなかった。
珍しく長い間風呂に入っていた伊吹がくしゃみをしながらリビングに入ってきて、京介は開いていたパソコンを閉じ、眼鏡を外して側に寄った。
後は明日。今は揺れてる伊吹を追い落としたい。
「風邪引いた?」
「みたい、です」
首を傾げながら髪の毛を擦っている伊吹の細い首に、一気に吸いついてみたくなったのをかろうじて自制した。
「あんなとこで、あんなことするからでしょう」
「そうですね」
抱き締めて叱る。
「11月なんだよ?」
「そうですね」
甘えるように目を閉じた伊吹が胸に頭を寄せてくる。
これはひょっとして、ひょっとする?
下腹部に微妙な気分が溜まってくる。
「……僕なんかのために…」
餓えているのが声で明からさまになってしまうみたいで少し怯む。薄目を開けて夢見心地から戻ってしまいそうな伊吹に、急いでキスを降らせる。すべらかな額、繊細な目蓋、温かな頬を唇で辿って、そのまま唇を味わおうとしたら、寸前あっさり指で押さえられた。
「だめ」
「だめ?」
伊吹の身体は温められて、極上のスポンジケーキみたいに甘い香りがしてる。濡れた髪の毛はシャンプーの匂い、けれどそれさえも体臭にまじってくらくらするほど蠱惑的で。
「どうして、伊吹さん?」
焦って尋ねてしまった。
どうしていきなりこんなにおいしそうになってるの。
どうしていきなり、こんなに誘惑してくるの。
「風邪が移ります」
「いいよ」
ひょっとして、家に戻ってくるまでに何かあったんだろうか。ひょっとして、お風呂の中で何かきわどいことでも考えてくれてたとか。
ごく、と喉を鳴らしてしまったのをいいことに、また強く抱き締める。なのに。
「だめです」
伊吹がそっけなくてじれったい。
「だって、明日一日しか休めないでしょう? 明後日には企画を提案しなくちゃならないでしょう?」
そんなもの、と鼻で嗤ってしまった。
「まだ全然考えてないって」
「考えてないけど」
熱くなった息を逃しながら、美並の頬に顔を擦り寄せる。気持ちよさそうに目を閉じる相手に、そうか、こういうのは好きなんだ、と覚えながら弱い耳元に息を吹き込む。
「僕は真崎京介だよ?」
ひく、と伊吹の身体が揺れた。
「しかも伊吹さんが居るのにできないことなんかないでしょう」
「…凄い自信ですね」
掠れた声が抵抗している。
「事実だよ……同じ会話をしたよね」
頑張ってるけれど、もうぼちぼち限界だろう、耳たぶが薄赤く染まって、まるで白桃のキャンディみたい。舌で舐め取って唇に挟みながら、音をたててキスする。
「っ」
小さな声が伊吹の身体の中で弾けたのがわかった。呼応するように京介の身体も揺れる。
「いい匂い……来てって、誘ってるみたい」
「う」
呻いた伊吹の声が空に途切れる。
「風邪には人肌がいいんだよ?」
これは戯れ言、くすくす胸の中で笑いながら続ける。
「僕で実証済みだから、試してみない?」
ことばを囁く息で嬲る。
「、んっ」
堪えかねたように開く美並の唇の誘いに応じて、舌を這わせて囁いた。
「その風邪は元々僕のものだよね?」
うろたえたように伊吹の呼吸が早くなる。気付いてるのかな、身体が震えてすがりついてきているのは。
「だから返して、伊吹さん」
「あ…っ」
閉じようとした唇に滑り込ませた舌は、覚えのある中身をすぐに探し出す。
「ん、ん……っ」
逃げようとして身体を引くけど、そんなこと許さない。頭を抱えて唇を押し開くと、拒めないまま辛そうに眉をひそめて舌を差し出す、その獲物を蹂躙する。
ああ、可哀想に。
襲ってる相手にしがみついちゃうほど、もうだめみたい?
嬉しくて、何度も何度も舌を嬲る。弱いところを確かめて、微かに呻く伊吹が泣きそうな顔で胸を叩いて押しやってくる。仰け反らせて離れた口に赤く染まった舌が頼りなく晒されて。
「、は」
放っておけないでしょう、そんな可愛いところ。
腕を伸ばして頭を抱え、必死に手を突っ張るのも構わずまた口を犯そうとしたら、急に力が抜けるままに胸元にくっついてきて、ちょっと戸惑う。はあはあと喘いでいる呼吸に息苦しかったんだ、と気付いて、妙な気分になった。
なんで? だって、こんなの普通のキス、いやそれこそ、大石に抱かれてたら、経験してるぐらいのキスだよね?
もっとしよう、そう誘うつもりで髪にキスしたらぎゅっと胸元を握りしめられ震えられる。
あれ?
「……伊吹さん」
「な、に?」
掠れた声で必死に強がって見上げてくる顔は真っ赤だった。ぼんやりとした瞳がけぶって、今にも泣き出しそうに潤んでいる。開いた唇がふっくら色づいていて、それを見た瞬間、限界まで駆け上がりそうになって慌てて顔を上げた。
うわ。
うわ、何これ。
どうしよう、泣き叫ばれても押し倒しそう。極悪非道な振る舞いしそう。
誰か僕を正気にさせて、そう願ったのに応じたのか、ぽんと大石の冷やかな顔が思い浮かんで、少し我に返った。
こんな顔の伊吹を大石は何度見たんだろう。
コロスゾ、コラ。
わあ。何を、僕は。
やばいって、と焦りながら理性を総動員する。
「大石と、どこまでいったの?」
「……今それを、聞きますか」
「だって、あまりにも慣れてない反応するから」
「から?」
「…っ」
伊吹が不思議そうに瞬いて、堪えた京介をあっさり再び追い上げてくる。
だめ。限界。欲しい。全部。すぐに。奥まで。嫌がっても。
抱き締めて飛び散った言語中枢をかき集める。
可愛くて、たまらない。
つぶやいたことばはとりあえず場繋ぎで、本音はその先。
「このまま最後までいってもいい?」
「名前を呼んで?」
「僕の、名前を」
伊吹の返事なんか聞く気はなくて、京介、そう呼ばれたらOKの合図と勝手に決めて追い込む。
「ねえ、ほら」
「あの、」
「なに」
「風邪、なんですけど?」
一瞬、惚けてしまった。
真っ赤な顔をしながら、それでも至極生真面目に見上げてくる相手に大きく深く溜め息をついて。
「伊吹さぁん…ここまで来てそれはないでしょう」
ぎゅうううううっと抱きついて、耳元でくすん、と聞こえよがしに洟を啜ってやると、伊吹の身体が少し緩む。
怖かったんだ。
いきなりざぶっ、と頭から水をかけられた気がした。
それから、そうだ、僕も怖かった、とふいに気付いた。
このまま抱いていたら、京介は伊吹に何をしたかわからない。
そうか、と小さく吐息をついた。
今夜はもうここまでにしよう、この先も一緒に居たいから。
「寝ようか」
囁いてこくんと頷いた伊吹が大事で大事でたまらなかった。
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