『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

6.バッド・ビート(3)

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 寝室を出てドアを閉め、熱っぽい体に無理矢理薬を放り込み、着替えてパソコンを開く。
「!」
 トップ画面にニュースタイトルが浮かび上がって京介はぎょっとした。
『連鎖する虐待』
 思わずクリックして記事を追う。
 そこには、虐待されて育った人間はそれしか方法を知らないために、次世代を育てる時にどうしても自分のされた虐待を繰り返す傾向にある、という内容が書かれていた。
 食い入るように見つめながら、大輔や恵子のことが京介の頭を過る。
 結婚して子供を持って、今の京介は絶対そんなことはしないと思う。けれど、それは単に思い込みで、何かの拍子には箍が外れて、子供に似たようなことをしかけてしまうのだろうか。
 伊吹の、子供に。
 竦むような思いで寝室を振り返った。
 聞こえてくる、微かな寝息。それは音ではなくて、空気を伝わって響いてくる、伊吹の存在の確かさ。
「………」
 のろのろと顔を戻して画面を切り替える。
 『Brechen』のサイト、TOPに上がっている大石圭吾の顔を眺めた。
 しっかりしていて、安定していて、自信のある男の顔だ。自分の信念と、それを支えるスタッフに囲まれて、まっすぐ未来を見据える顔だ。
 スクロールしながらスタッフの顔と経歴を頭に叩き込む。
 企画概要に書かれている方向性ではなく、こういう人間達が集まれば、何を優先し何を重要と考えるかを絞り込む。幾つも残った可能性を、今『Brechen』が動いている状況を重ねて、可能性の高いものからピックアップしまとめていく。
 次はこちら、桜木通販側だ。状況とスタッフ、可能性と動ける範囲を同じように策定する。
 両者の可能性が交差する場所がぶつかってくるのが問題の箇所、回避するためにはこちらの要因を変化させて接点をなくすか、それともぶつかる場所で勝因を探すか。
 次々開かれていっては変化する画面、本当に全部見ているんですか、と石塚に驚かれたことがあるが、そんな能力なんて慣れればすぐに身につく。
 大事なのは、たくさんの情報の中からそれらを結び直すラインを見つけることだ。
 『Brechen』を有利にしている多くの情報から、反転すれば致命的な問題を引き起こしかねないものを見つけだし、それをこちらがどう使えばいいのかを考えること。
「…鳴海、工業か」
 京介は呟いて目を細めた。
 今回の桜木通販の下請けをしている会社だ。
 HPは立ち上げていない。たいした情報もない。岩倉産業の中では末端も末端だということがわかる。
 だが、付き合い自体は古い。岩倉産業の前社長、つまり大石を引き抜いた人物がもともとやりとりしていた相手らしい。
 だからこそ、いささか時代遅れになってきた会社であっても安易に切り捨てられない、けれど十分にお荷物にはなってきている、そういう構図が浮かび上がる。
 住所をあたって場所を調べた。
 古い工場が集まっていて、昔は活気があったが、今は廃れつつある町外れにある。近くにあった駅が工場の閉鎖に伴ってなくなってしまい、一層寂れていったようだ。
 新しい道路が通る予定もなさそうだし、流通に関してはどうしようもないほど身動きが取れない。周囲に住宅地は開発されていっているが、それもドーナツ状に外側に広がっていて、工場街が取り残されていっている。
「ふ、ん」
 大石がここをこちらの下請けに選んだ理由が透けて見えるような気がした。
 先代からの取り引き相手、プライドも付き合いもある、が、今の岩倉産業には重要ではない。
 でもだからといって、無視するわけにはいかないし、仕事を与えなくてはならないが、かける手間ひまが惜しい。
 桜木通販の商品開発は、そういう意味では願ったり叶ったりだった。面倒で手間がかかって、しかも利の薄い商品だ。仕上げたところでどれほどのメリットもないが、仕事としての質は悪くない、そう判断して鳴海工業に白羽の矢を立てた。
 改めて鳴海工業について検索し、数件だけ取り引きしていた相手らしい会社を見つけた。記事はどれも古くて二、三年前のものだ。その会社を一つ一つ当たる。
 それぞれに悪くない業績をあげている。
 面白いのは、それらの定番商品のもとが大抵は鳴海工業が作ったものだということだ。生産量の増加についていけない鳴海工業に焦れ、ノウハウを別工場で利用した商品で売り上げを支え、結果自社で賄えるようになってしまって鳴海工業と取り引きを停止したパターンが多い。
『昔かたぎの職人肌』
 別の方向から検索して、鳴海工業の主、鳴海正三郎をそう表現した記事を見つけた。
 かなり前の新聞記事、ピントのぼけた画像の中で水色の作業着を着た男がむっつりと見返してくる。頑固で融通がきかなくて、けれど仕事は一流で粘りもあるし発想もある。難点は売れ出した時に応じられるだけの底力がないということか、と京介は理解した。
「使えるかも」
 浮かんだ一連のプランをまとめて打ち込んでいると、かちゃ、と寝室のドアが開いた。
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