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第1章
9.オープン・ザ・ゲイト(9)
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「馬鹿なことしてるよね」
はあはあと息を弾ませがら、京介は駐車場の方へ回る。伊吹はたぶんまっすぐ玄関へ向かっただろうから、それ以外のところは一通り押さえておこう。
「何のためにしてんだか」
自分の恋敵探して走り回ってさ。
「……簡単、だけど」
伊吹が辛そうだったから。
いつもあれほど穏やかで静かで、あの山で京介が抱き締めても、寝床で襲いかかってもうろたえなかった伊吹が、大石が生きていた、それだけで、まるで花が開いたみたいに鮮やかに反応したから。
僕じゃない。
伊吹が大事なのは、僕じゃない。
怯みかける脚を自分で必死に引き起こす。
通り過ぎて失っていく、最後の一つまで自分で投げ捨てるなんて。
「ほんと……マゾかも」
「は? どうしたんです、真崎さん」
顔見知りの守衛は京介が駆け込んできたのに驚いた顔になった。
「いや、あのね」
大石のことを確認すると、やはり社用車で来ていたらしい。しかも。
「それならついさっき出ていかれましたよ」
「あー」
「他にも回られるところがあるそうで」
「行き先聞いてる?」
「さすがにそこまでは」
「だよね……ありがとう」
これでは伊吹は会えなかっただろう、それなら次に打つ手は、と考えながら、一人取り残されているかもしれない相手を思ってまた駆け出す。
こんなに走ったの、勤めてから久し振りかも。
やがて玄関まで辿り着いて、そこで会社の外の道路を何度も見遣っている後ろ姿に気がついた。きゅ、と握られた両こぶし、少し上下している肩、やっぱりエレベーターなんて待っていられなかったのだろう。
「伊吹さん…っ」
「課長…」
額に垂れ落ちてきた髪を掻き上げた視界に、半泣きになった伊吹が振り返ってどきりとした。
「見つかり……ません」
声が震えている。目元が赤く染まって、鼻の先も真っ赤になって、まるで泣きながら駆けてきたみたいで。
それほど大石が大事なのだと叫ばれているようで。
「……」
苦しい。
眉を寄せて舌打ちを堪えながら近付いていく。
「一斉放送を二度かけてもらったけれど、戻ってこなかった。さっき向こうの守衛に聞いたら、駐車場側を通って車で出て行ったらしい」
「車……」
茫然とした声が繰り返す。
「とりあえず、戻って」
連絡先を確認して、今日の予定を確かめて、そう続けようとした矢先、いきなり抱きつかれて驚いた。
「……っ?」
しがみついている伊吹が凄く小さく感じる。京介の腰を抱いている、まともに体を押しつけてきているから、触れるものさえあるだろうに、それにも気付かないほど強くすがりついてくるのが痛いほどに気持ちいい。身体の熱が一気に上がる。
今伊吹を抱いているのは京介だ。
大石じゃない。
「課に戻れば、連絡先はわかる」
静かに宥められたのはきっと優越感から。
どんなに好きでも、側に居なければ同じことだ、こうして伊吹を抱くこともできない。
「今うちと取り引きし始めているし、担当が大石、さん、だったから、この先…」
けれど。
伊吹は一体誰を抱いているつもりなのか。
急な寒さに襲われて、思わず伊吹を見下ろした。
はあはあと息を弾ませがら、京介は駐車場の方へ回る。伊吹はたぶんまっすぐ玄関へ向かっただろうから、それ以外のところは一通り押さえておこう。
「何のためにしてんだか」
自分の恋敵探して走り回ってさ。
「……簡単、だけど」
伊吹が辛そうだったから。
いつもあれほど穏やかで静かで、あの山で京介が抱き締めても、寝床で襲いかかってもうろたえなかった伊吹が、大石が生きていた、それだけで、まるで花が開いたみたいに鮮やかに反応したから。
僕じゃない。
伊吹が大事なのは、僕じゃない。
怯みかける脚を自分で必死に引き起こす。
通り過ぎて失っていく、最後の一つまで自分で投げ捨てるなんて。
「ほんと……マゾかも」
「は? どうしたんです、真崎さん」
顔見知りの守衛は京介が駆け込んできたのに驚いた顔になった。
「いや、あのね」
大石のことを確認すると、やはり社用車で来ていたらしい。しかも。
「それならついさっき出ていかれましたよ」
「あー」
「他にも回られるところがあるそうで」
「行き先聞いてる?」
「さすがにそこまでは」
「だよね……ありがとう」
これでは伊吹は会えなかっただろう、それなら次に打つ手は、と考えながら、一人取り残されているかもしれない相手を思ってまた駆け出す。
こんなに走ったの、勤めてから久し振りかも。
やがて玄関まで辿り着いて、そこで会社の外の道路を何度も見遣っている後ろ姿に気がついた。きゅ、と握られた両こぶし、少し上下している肩、やっぱりエレベーターなんて待っていられなかったのだろう。
「伊吹さん…っ」
「課長…」
額に垂れ落ちてきた髪を掻き上げた視界に、半泣きになった伊吹が振り返ってどきりとした。
「見つかり……ません」
声が震えている。目元が赤く染まって、鼻の先も真っ赤になって、まるで泣きながら駆けてきたみたいで。
それほど大石が大事なのだと叫ばれているようで。
「……」
苦しい。
眉を寄せて舌打ちを堪えながら近付いていく。
「一斉放送を二度かけてもらったけれど、戻ってこなかった。さっき向こうの守衛に聞いたら、駐車場側を通って車で出て行ったらしい」
「車……」
茫然とした声が繰り返す。
「とりあえず、戻って」
連絡先を確認して、今日の予定を確かめて、そう続けようとした矢先、いきなり抱きつかれて驚いた。
「……っ?」
しがみついている伊吹が凄く小さく感じる。京介の腰を抱いている、まともに体を押しつけてきているから、触れるものさえあるだろうに、それにも気付かないほど強くすがりついてくるのが痛いほどに気持ちいい。身体の熱が一気に上がる。
今伊吹を抱いているのは京介だ。
大石じゃない。
「課に戻れば、連絡先はわかる」
静かに宥められたのはきっと優越感から。
どんなに好きでも、側に居なければ同じことだ、こうして伊吹を抱くこともできない。
「今うちと取り引きし始めているし、担当が大石、さん、だったから、この先…」
けれど。
伊吹は一体誰を抱いているつもりなのか。
急な寒さに襲われて、思わず伊吹を見下ろした。
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