『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
492 / 503
第5章

11.天に還る(2)

しおりを挟む
 ふう、と珍しく疲れたような吐息を漏らして、もう一度祭壇の写真を眺めた。
「…もういよいよってあたりまで、結構喋れてたんだ、あの人」
「…」
「俺はあんたを呼ぼうとした。婚約者が居ようが、そんなことどうでもいい。有沢さんは死ぬんだから、それぐらいのワガママは良いですよって説得したんだ」
 背けたままの顔が、どんな表情をしているのか、美並達には見えない。
「なのに、呼ばないでくれって」
「……」
「呼ばないでくれって、頼むんだ、あの人」
 真崎が伊吹の側に近寄った。そっと手に触れて来る。
「あんたに見られたくないんだって、死ぬのが怖くて引きつってる顔」
「……」
「あんたの前ではずっとカッコいいままで居たいんだって」
 真崎が握りしめて来る手を、美並は静かに握り返す。
「笑うよなあ、生前墓参りに車椅子押させて出かけたくせに、何バカなこと言ってんだか。カッコつけても無駄だよなあ」
 けどさ。
「あれが、惚れるってことなんだよなあ」
「…」
 真崎が身体中を尖らせた気配が伝わった。指先が冷える。きっと振り捨てられるような気持ちで居るに違いない。美並の目に浮かぶ涙を、伝い始めた雫を、罵倒して詰りたい気分に違いない。
「バカじゃねえの、俺が頼んだのは、刑事として気持ちいい死に様だったはずだろ。なのに、何教えてんだか」
 檜垣が堪えかねたのだろう、俯いた。やがて、振り絞るように、
「……オカルト巫女さんっ」
 背中を向けたまま、続ける。
「嘘でいいから、今だけでいいから、有沢さんのこと、好きだって言ってやってくれよ、これが最後だ、もう二度と頼まねえから、俺じゃできない、あんたの気持ちで送ってやってくれよ!」
 悲痛な懇願に、真崎の指が緩んだ。
「…美並」
 静かな声が耳元で囁く。
「僕は…」
「わかりました」
 美並は真崎の指を離した。諦めたようにそのまま手を下ろす相手を後ろに、ハンカチで涙を拭き、俯いたままの檜垣の背中から、祭壇の有沢の顔に視線を移す。
 穏やかな顔だった。少し前の写真だとわかる、それとも加工してあるのか。
 高校の頃に覗き込んだ顔を思い出した。車の中で近づいた表情も思い出した。車椅子から見上げてきた目も思い出した。
「有沢さん…お疲れ様でした」
 痛みを堪え走り続けた時間だった。
「ありがとうございました」
 孤独に向き合い自分の意味を疑った。
「……お世話に、なりました」
 夢も持てず希望も抱かず、ただ毎日を生き延びていた。
 有沢と美並は、ある意味表裏一体だった。
 だからこそ、有沢の最後のことばが別の意味で響き渡る。
 美並に真崎が居たように、有沢には檜垣が居たことを、最後は理解したに違いない。
 呼ばないでいい。
 たぶん、そう呟いたはずだ。
 納得しない檜垣に苦笑して、カッコつけたいんだと話しただろう。
 看取って欲しければ、墓参りの時に望んだだろう。
 有沢の最期の視界には、檜垣が写っていたはずだ。
 病に伏す自分のために、署内での評価も警察官としての未来も投げ捨てて、まだ足りないまだ足りないと唸りながら駆け続ける部下。
 感謝を伝えたかっただろう。成果は上がった。有沢の疑いは事件終着を導いた。その結果をもたらしてくれたのは、美並ではない、檜垣だったと、ようやく気づいたことだろう。
 有沢が望んだのは、美並と作る家庭ではなく、事件を思いのままに追い続けること、そのために脇目も振らずに伴走してくれる相棒だった。
 だからこそ、美並はこれを伝える必要がある。
「…檜垣さん」
「……なんすか、まだ途中でしょ」
「有沢さんは、病室で、檜垣ならビールを買ってきてくれたって言ってましたよ」
 ぐうっ、と檜垣が唸った。
「私じゃ、ありませんでした」
「……オカルト…巫女さん……非道…すぎ……っう、ぉおあああああ!」
 檜垣が崩れ落ちる。祭壇に向かって吠える。
「馬鹿野郎うううううう!」
「…行きましょう、京介」
 美並は振り向いた。白い顔の真崎に微笑む。
「私の仕事は、終わりました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】淫乱メイドは今日も乱れる

ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。 毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を…… ※性的な表現が多分にあるのでご注意ください

Take me out~私を籠から出すのは強引部長?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺が君を守ってやる。 相手が父親だろうが婚約者だろうが」 そう言って私に自由を与えてくれたのは、父の敵の強引部長でした――。 香芝愛乃(かしば よしの) 24歳 家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部勤務 専務の娘 で IoT本部長で社長の息子である東藤の婚約者 父と東藤に溺愛され、なに不自由なく育ってきた反面、 なにひとつ自由が許されなかった 全てにおいて、諦めることになれてしまった人 × 高鷹征史(こうたか まさふみ) 35歳 家電メーカー『SMOOTH』経営戦略部部長 銀縁ボストン眼鏡をかける、人形のようにきれいな人 ただし、中身は俺様 革新的で社内の改革をもくろむ 保守的な愛乃の父とは敵対している 口、悪い 態度、でかい でも自分に正直な、真っ直ぐな男 × 東藤春熙(とうどう はるき) 28歳 家電メーカー『SMOOTH』IoT本部長 社長の息子で次期社長 愛乃の婚約者 親の七光りもあるが、仕事は基本、できる人 優しい。 優しすぎて、親のプレッシャーが重荷 愛乃を過剰なまでに溺愛している 実は……?? スイートな婚約者とビターな上司。 愛乃が選ぶのは、どっち……?

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...