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第5章
10.アウト・ドロー(8)
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「っっ?!」
さすがに赤来が跳ね飛ぶように美並から離れた。いきなり解放された体に入ってきた空気に噎せて咳き込む美並の耳に、もう一度。
『繰り返します、第2会議室におられる赤来課長』
何々、どうしたの、どういう放送、これ。
廊下のざわめきが聞こえてくる。喘ぎながら美並も訝しく天井を見上げた。
『至急の案件が発生しました。今すぐ社長室へおいで下さい』
声はゆっくりと響き渡る。
『繰り返します。赤来課長、至急の案件がございます。今すぐ社長室までおいで下さい』
「そんな……どうして……ここに居るのが…」
赤来がぼんやりした声で呟き、はっとしたように周囲を見回し、見る見る顔を真っ赤にする。
「監視…カメラ……っ」
赤来の声に振り返り、美並も見つけた。部屋の隅にプロジェクターなどが載せられた演台、よくよく見ると、その中にカメラが一台こちらにレンズを向けた状態で混ざり込んでいる。
「ここにはつけていなかったはず…っ」
唸った赤来が鋭く目を光らせて振り返る。
「まさか、お前…っ」
座り込んだままの美並に身を翻して詰め寄ろうとした矢先、
「はいはい、それ以上やるのは『無し』な、公務執行妨害ついちゃうから」
「っ」
突然扉を開けて入ってきたのは檜垣、数人の警官が続いて窓に至る経路を塞ぐ。うろたえて周囲を見回した赤来が、さすがに逃げ場はないと思ったのだろう、動きを止めた。
「今でも殺人未遂ついてる感じだけど…大丈夫かい、オカルト巫女さん?」
「美並っ」
檜垣を押しのけるように真崎が飛び込んで来て、抱き締めてくれる。その体が冷え切りがたがた震えているのに、美並はほっとして手を伸ばし、しがみついた。
「京介……無事でしたよ」
「うん……うんっ」
「12時38分、赤来豊、伊吹美並さん傷害容疑にて現行犯逮捕する」
檜垣がちらりと美並の首を眺め、赤来の手首を掴む。
がちゃりと落ちた手錠を、赤来はのろのろと見下ろした。
「…どうして…」
平坦な声で呟き、訝るように首を傾げる。
「どうして……捕まった…?」
「詳しくは署で聞いてやる……じっくり……そりゃあじっくり、どうして捕まっちまったのかわかるまで、な」
檜垣が低く唸る。
「少なくとも、有沢さんが楽しめるぐらいには、丁寧に聞き取ってやるさ、安心しろ」
吊り上がった唇から、獰猛な獣のように歯が覗く。
「行くぞ……なんだ?」
戸口から連れ出されかけた赤来が唐突に立ち止まった。。のっぺりとした奇妙な表情で美並を振り返り、続いて真崎に目を向けた。
「真崎君…尋ねたいことがあるんだけど」
美並を抱き締めていた真崎が鋭い視線を返しながら立ち上がる。
「何?」
美並を背後に庇いながら、用心深く応じた。
「…監視カメラの台数と設置場所、経理に回した分だけじゃなかった?」
「そうだね」
「……誤魔化したのか」
一瞬、課長の顔に戻った赤来に真崎は淡々と応じる。
「誤魔化してないよ。書類通りの台数を書類通りの場所に設置している……あなたも確認したはずだ」
「ならば、なぜここにも設置されている?」
「ポケットマネーで」
「…は?」
「僕は嫉妬深い男だから、婚約者が連れ込まれそうな部屋全部にカメラを設置したんだ」
檜垣が突然吹き出した。
「ひでえ、笑えるな、それ」
赤来が目を細め、細く長く溜め息をついた。
「…そういう……ことか……」
冷えた声が続く。
「さっさとヤっておくべきだったな」
呟いて、赤来は今度は美並に目を向けた。
「さっきのはどういう魔法?」
「何のことですか」
「君は霊とか呼び寄せられるの?」
「…いいえ」
「…風鈴の音がした」
赤来が目を細める。一瞬懐かしげに微笑み、
「あれは妹が取り損ねた風鈴の音だ」
「妹さん?」
「…風鈴を取りたいと言ったから」
どこか幼い声で続けた。
「手を伸ばさせて、支えてたはずだったけど……落ちちゃったよ」
「…」
「…僕が押したのかな。君ならわかるかい、伊吹さん?」
振り向く瞳の奥に、孝に似た小さな姿が微かに見えた。
「わかったらまた教えてよ」
言い捨てて背中を向け、警官に両側から付き添われて歩いていく赤来は、二度と後ろを振り返らなかった。
さすがに赤来が跳ね飛ぶように美並から離れた。いきなり解放された体に入ってきた空気に噎せて咳き込む美並の耳に、もう一度。
『繰り返します、第2会議室におられる赤来課長』
何々、どうしたの、どういう放送、これ。
廊下のざわめきが聞こえてくる。喘ぎながら美並も訝しく天井を見上げた。
『至急の案件が発生しました。今すぐ社長室へおいで下さい』
声はゆっくりと響き渡る。
『繰り返します。赤来課長、至急の案件がございます。今すぐ社長室までおいで下さい』
「そんな……どうして……ここに居るのが…」
赤来がぼんやりした声で呟き、はっとしたように周囲を見回し、見る見る顔を真っ赤にする。
「監視…カメラ……っ」
赤来の声に振り返り、美並も見つけた。部屋の隅にプロジェクターなどが載せられた演台、よくよく見ると、その中にカメラが一台こちらにレンズを向けた状態で混ざり込んでいる。
「ここにはつけていなかったはず…っ」
唸った赤来が鋭く目を光らせて振り返る。
「まさか、お前…っ」
座り込んだままの美並に身を翻して詰め寄ろうとした矢先、
「はいはい、それ以上やるのは『無し』な、公務執行妨害ついちゃうから」
「っ」
突然扉を開けて入ってきたのは檜垣、数人の警官が続いて窓に至る経路を塞ぐ。うろたえて周囲を見回した赤来が、さすがに逃げ場はないと思ったのだろう、動きを止めた。
「今でも殺人未遂ついてる感じだけど…大丈夫かい、オカルト巫女さん?」
「美並っ」
檜垣を押しのけるように真崎が飛び込んで来て、抱き締めてくれる。その体が冷え切りがたがた震えているのに、美並はほっとして手を伸ばし、しがみついた。
「京介……無事でしたよ」
「うん……うんっ」
「12時38分、赤来豊、伊吹美並さん傷害容疑にて現行犯逮捕する」
檜垣がちらりと美並の首を眺め、赤来の手首を掴む。
がちゃりと落ちた手錠を、赤来はのろのろと見下ろした。
「…どうして…」
平坦な声で呟き、訝るように首を傾げる。
「どうして……捕まった…?」
「詳しくは署で聞いてやる……じっくり……そりゃあじっくり、どうして捕まっちまったのかわかるまで、な」
檜垣が低く唸る。
「少なくとも、有沢さんが楽しめるぐらいには、丁寧に聞き取ってやるさ、安心しろ」
吊り上がった唇から、獰猛な獣のように歯が覗く。
「行くぞ……なんだ?」
戸口から連れ出されかけた赤来が唐突に立ち止まった。。のっぺりとした奇妙な表情で美並を振り返り、続いて真崎に目を向けた。
「真崎君…尋ねたいことがあるんだけど」
美並を抱き締めていた真崎が鋭い視線を返しながら立ち上がる。
「何?」
美並を背後に庇いながら、用心深く応じた。
「…監視カメラの台数と設置場所、経理に回した分だけじゃなかった?」
「そうだね」
「……誤魔化したのか」
一瞬、課長の顔に戻った赤来に真崎は淡々と応じる。
「誤魔化してないよ。書類通りの台数を書類通りの場所に設置している……あなたも確認したはずだ」
「ならば、なぜここにも設置されている?」
「ポケットマネーで」
「…は?」
「僕は嫉妬深い男だから、婚約者が連れ込まれそうな部屋全部にカメラを設置したんだ」
檜垣が突然吹き出した。
「ひでえ、笑えるな、それ」
赤来が目を細め、細く長く溜め息をついた。
「…そういう……ことか……」
冷えた声が続く。
「さっさとヤっておくべきだったな」
呟いて、赤来は今度は美並に目を向けた。
「さっきのはどういう魔法?」
「何のことですか」
「君は霊とか呼び寄せられるの?」
「…いいえ」
「…風鈴の音がした」
赤来が目を細める。一瞬懐かしげに微笑み、
「あれは妹が取り損ねた風鈴の音だ」
「妹さん?」
「…風鈴を取りたいと言ったから」
どこか幼い声で続けた。
「手を伸ばさせて、支えてたはずだったけど……落ちちゃったよ」
「…」
「…僕が押したのかな。君ならわかるかい、伊吹さん?」
振り向く瞳の奥に、孝に似た小さな姿が微かに見えた。
「わかったらまた教えてよ」
言い捨てて背中を向け、警官に両側から付き添われて歩いていく赤来は、二度と後ろを振り返らなかった。
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