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第5章
2.ダブル・ベリー・バスター(5)
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二人が話し込んでいる間に、客は一人減り二人減りして、もう二人だけになってしまっていた。
村野は急かさない。真崎から言い含められているのか、特別料金が支払われたのか。
キャンドルの揺れる灯りに励まされるように、美並は一つ一つ話していった。
小学生の頃見た、コンビニでの集団万引き。
高校生の頃に関わった『飯島』を巡る有沢との関係。
ハルが知っている『羽鳥』の色と美並が知っているという指摘。
有沢から知らされた『羽鳥』と彼が率いる『赤』、大輔との繋がり。
桜木通販のトイレで聞いたやりとりと聞き覚えのある声。
そして、殺された『飯島』の家から出てきた映像とカード、青い針の時計。
「同じ時計を赤来課長がしていました。手を差し出した仕草が全く同じ仕草でした」
「……」
京介は最後のデザートを前に長い間考え込んでいた。
柚子のシャーベットがゆっくりと溶けて皿に広がって行く。
「……伊吹さん」
ようやく低い声が呼んだ。
「はい」
「僕は、社長から話を聞いた時、君を手放そうと思ったんだ」
「それは」
「うん」
瞬きして頷く顔は暗くない。ただただ静かだ。
「これから桜木通販が辿る道は楽じゃない。捜査が進む中、『ニット・キャンパス』を絶対に成功させて、通常の仕事も滞りなく進めて。それだけ頑張っても、岩倉産業に飲み込まれて終わるかもしれない」
そんな生活に君を巻き込むわけにはいかないって。
指先がそっとシャツの胸に触れる。
そこに何があるのか、美並もよく知っている。
「けれど、あいつは君を狙ってる」
低い声が殺気を帯びた。
「本当に赤来課長が『羽鳥』だったとしても、警察の手が届くまでに、君が無事でいる保証がない」
有沢って刑事さんはいるけどね。
「……なぜ僕じゃいけない?」
「…京介」
「君の側で君を守るのが、なぜ僕じゃいけない」
指を下ろしてテーブルに触れた。
「ずっと、それを考えてる」
ゆっくり上がった視線がまっすぐ美並を捉えた。
「考えてた、だな」
くす、と小さな声が笑った。落ちた髪の毛がかかった瞳が光っている。
「社長に全部話してきた」
「はい?」
「大輔のしたことも、全部」
「え…ええっ」
悪戯っぽい笑みに美並は驚いた。
「伊吹さんが何をしようとしているのかに気づいて、僕に何ができるのか考えてたら、僕のことなんてどうでもいいと気がついたんだよ」
美並、と呼ばれて体を乗り出すと、拒む間もなく唇を重ねられる。
「、っ」
「僕は君が要らないと言ったら、いつでも死ねる」
少し離れた唇が囁く。
「京介…」
「君が死ねと言うなら、すぐに道路に飛び込んで見せる」
微笑みながら宣言される、これほど心臓に悪い告白もない。
「その誓いを、もっと別なことに使えるんじゃないかって、初めて考えた」
「別なこと?」
眼鏡の奥の瞳は楽しげに細められている。
「伊吹さんを守るために、伊吹さんを生かすために、何ができるかって考えたらさ」
僕の中に爪も牙もあったんだ。
ふいに美並にも『それ』が見えた。
真崎京介はシュレッダーと呼ばれていた。
穏やかで物静かな姿の下に、割れ砕けたガラスの欠片を満たしていて、それが飛び込んでくるものだから、揉め事は収まり諍いは消え苦情も非難も霧散する。
それがいずれはまとまり磨かれ、剣となって抜き放たれ、敵に向かって縦横無尽に翻るのだろうと思っていた。望む未来を切り開くため、鮮やかな舞を見せるのだろうと。
だがそんなものではなかった。
この男は最大級の危機に対して、最上級の報復攻撃を返そうとしている。
「伊吹さんを守れる道具は、もう僕の中に揃っていたんだよ」
婉然と微笑む、まるでこれから甘い夜を過ごそうと決めているように。
ネクタイを緩め、シャツのボタンを外した。ゆっくりと鎖を引っ張って、二つの指輪を抜き出し、鎖から外す。熱っぽい吐息、美並の視線を浴びて、満足そうに美並の指に指輪を戻す仕草はうやうやしげで、誇らしげで。
「京介…」
呆然としながら凝視する。
こんなものを見たことはない。
真崎の体の中には、全方位に向けて飛び出してきそうな、無数の刃が煌めいていた。
村野は急かさない。真崎から言い含められているのか、特別料金が支払われたのか。
キャンドルの揺れる灯りに励まされるように、美並は一つ一つ話していった。
小学生の頃見た、コンビニでの集団万引き。
高校生の頃に関わった『飯島』を巡る有沢との関係。
ハルが知っている『羽鳥』の色と美並が知っているという指摘。
有沢から知らされた『羽鳥』と彼が率いる『赤』、大輔との繋がり。
桜木通販のトイレで聞いたやりとりと聞き覚えのある声。
そして、殺された『飯島』の家から出てきた映像とカード、青い針の時計。
「同じ時計を赤来課長がしていました。手を差し出した仕草が全く同じ仕草でした」
「……」
京介は最後のデザートを前に長い間考え込んでいた。
柚子のシャーベットがゆっくりと溶けて皿に広がって行く。
「……伊吹さん」
ようやく低い声が呼んだ。
「はい」
「僕は、社長から話を聞いた時、君を手放そうと思ったんだ」
「それは」
「うん」
瞬きして頷く顔は暗くない。ただただ静かだ。
「これから桜木通販が辿る道は楽じゃない。捜査が進む中、『ニット・キャンパス』を絶対に成功させて、通常の仕事も滞りなく進めて。それだけ頑張っても、岩倉産業に飲み込まれて終わるかもしれない」
そんな生活に君を巻き込むわけにはいかないって。
指先がそっとシャツの胸に触れる。
そこに何があるのか、美並もよく知っている。
「けれど、あいつは君を狙ってる」
低い声が殺気を帯びた。
「本当に赤来課長が『羽鳥』だったとしても、警察の手が届くまでに、君が無事でいる保証がない」
有沢って刑事さんはいるけどね。
「……なぜ僕じゃいけない?」
「…京介」
「君の側で君を守るのが、なぜ僕じゃいけない」
指を下ろしてテーブルに触れた。
「ずっと、それを考えてる」
ゆっくり上がった視線がまっすぐ美並を捉えた。
「考えてた、だな」
くす、と小さな声が笑った。落ちた髪の毛がかかった瞳が光っている。
「社長に全部話してきた」
「はい?」
「大輔のしたことも、全部」
「え…ええっ」
悪戯っぽい笑みに美並は驚いた。
「伊吹さんが何をしようとしているのかに気づいて、僕に何ができるのか考えてたら、僕のことなんてどうでもいいと気がついたんだよ」
美並、と呼ばれて体を乗り出すと、拒む間もなく唇を重ねられる。
「、っ」
「僕は君が要らないと言ったら、いつでも死ねる」
少し離れた唇が囁く。
「京介…」
「君が死ねと言うなら、すぐに道路に飛び込んで見せる」
微笑みながら宣言される、これほど心臓に悪い告白もない。
「その誓いを、もっと別なことに使えるんじゃないかって、初めて考えた」
「別なこと?」
眼鏡の奥の瞳は楽しげに細められている。
「伊吹さんを守るために、伊吹さんを生かすために、何ができるかって考えたらさ」
僕の中に爪も牙もあったんだ。
ふいに美並にも『それ』が見えた。
真崎京介はシュレッダーと呼ばれていた。
穏やかで物静かな姿の下に、割れ砕けたガラスの欠片を満たしていて、それが飛び込んでくるものだから、揉め事は収まり諍いは消え苦情も非難も霧散する。
それがいずれはまとまり磨かれ、剣となって抜き放たれ、敵に向かって縦横無尽に翻るのだろうと思っていた。望む未来を切り開くため、鮮やかな舞を見せるのだろうと。
だがそんなものではなかった。
この男は最大級の危機に対して、最上級の報復攻撃を返そうとしている。
「伊吹さんを守れる道具は、もう僕の中に揃っていたんだよ」
婉然と微笑む、まるでこれから甘い夜を過ごそうと決めているように。
ネクタイを緩め、シャツのボタンを外した。ゆっくりと鎖を引っ張って、二つの指輪を抜き出し、鎖から外す。熱っぽい吐息、美並の視線を浴びて、満足そうに美並の指に指輪を戻す仕草はうやうやしげで、誇らしげで。
「京介…」
呆然としながら凝視する。
こんなものを見たことはない。
真崎の体の中には、全方位に向けて飛び出してきそうな、無数の刃が煌めいていた。
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