404 / 503
第5章
1.翻す手(5)
しおりを挟む
カフェや喫茶店のようなところでは逆に人目が気になるだろうと、京介はオープン・イベントが行われる予定の市役所横の公園に高崎を連れて行った。
「はい、コーヒー」
「…ありがとう…ございます…」
さすがの高崎も堪えたのだろう、ぐったりした様子でベンチに腰掛け、京介の渡した缶コーヒーを両手で握りしめて俯いている。
そのコートのポケットには、逃げ出してしまった志賀が落とした缶コーヒーが拾われて入っているのを京介は知っていた。
「…俺……へま……しました…」
高崎が唸る。
「…うん」
「……貴重な準備時間、無駄にして」
「…うん」
「……課長に迷惑、かけて」
「…うん」
「………俺…」
ひどく小さな声で高崎が呟く。
あいつ、プライド、高いのに。
ぎゅっと缶コーヒーを握りしめる。
「…あんなこと、言わせちまって……」
「……」
『最後の砦』かあ。
京介は缶コーヒーを開けて一口含む。
「…わかるような気がするな」
「…え?」
「『最後の砦』」
「……からかってんすか」
「ううん」
空を見上げる。
孝とは違った。志賀はきちんと自分の気持ちを抱えてたし、手放さなかったし、確かにとんでもないところでとんでもない状況の告白だっただろうけど。
「気持ちはまっすぐだねえ」
「…うん。…昔から」
高崎が小さく笑う。
「昔っから、あのまんまです、あいつ」
「そうだね、強いね」
「強いです」
もし、高崎にキスしていたのなら、そして高崎はそれを受け入れられるような状態ではなかっただろうけど、それでも好きだと言い放てるなら。
「高崎くんは、志賀さんのこと、好きなの?」
「……俺、女の方がいいです」
けど、敬意はあります、あいつは凄いやつですから。
「じゃあ、はい」
「? 何ですか、この番号」
「志賀さんの連絡先。知らないでしょ」
「え、えええっ、課長っ、何であいつのケー番なんかっ」
いや、その対応が十分いろいろことばと違ってる気がするけどね。
京介は苦笑しつつ、続ける。
「何言ってんの、仕事相手なんだし、知らない方がおかしいよ」
「あ、あ、そう、そうか」
「だから、はい」
「はい?」
「さっさと電話して謝罪して関係を繋いでおいてくれる?」
「え、ええええっ」
「あのね、高崎くん」
にっこり笑って付け加える。
「貴重な時間を無駄にされた上司としては、浪費した部下に残りの仕事を依頼しても当然だと思うけど?」
「あ、あー、はい、そうっすね、ああ、はい」
取り出した携帯に高崎の指が忙しく動く。
今目の前で連絡しろって言ったわけじゃなかったんだけど。
京介は面映ゆい気持ちで高崎を眺める。
不思議な感覚だった。今までは敵か味方か、そうでなくとも使えるか使えないかで人を見ていたような気がする。そこから離れて全く別次元の存在だったのは、伊吹美並ただ一人だった、のに。
今京介は、高崎の一所懸命さが気に入っている。不器用に友情と愛情を取り違えないようにしようと足掻いている姿が微笑ましいと思っている。志賀とどのような関係になるにせよ、お互いの気持ちが十分に伝えあえればいいのにと願っている。
「……親愛、と言うことかな」
「え?」
「いや、こっちの話。出た?」
まだ会社までは戻っていないでしょう。
「たぶん……出ないな」
高崎が唸った。
「出ない……出ないな、何やってんだ、ちくしょう」
呟く高崎はまたもや側に居る京介の存在を忘れてしまったようだ。
たぶん。
そうだ、今ならわかる、たぶんそうだ、孝は京介を性愛の対象として見ていた。
大輔に抱かれたせいなのか、それとも同じ境遇に共感している間に芽生えた感情なのか、それはわからない。
孝。
胸の中で呼んでみる。
僕は君を失ってから、君を殺した奴をずっと探していたけれど、ひょっとすると全く見当違いの場所をずっと見ていたのかも知れない。
大輔に縛り付けられて、生きている意味さえ失って、そんな日々は僕にとって地獄でしかなかったけれど、ひょっとすると君は全く違う気持ちであの日々を暮らしていたんだろうか。
「っ、もしもしっ、もしもしっ、あっ、切るな!」
咳き込むように高崎が話し出して、京介は苦笑しつつベンチに凭れ、また空を見上げる。
恵子さんのことは本当はどう思ってたんだ? カムフラージュ? 本気? 大輔のことは? 悪魔? それとも。
「…」
ふと体を走ったのは伊吹に愛された感覚だ。内側に火が灯り、震えが生まれる。切なくて焦れったくて、このまま蕩けていきそうになる。
望んだものではなかったかも知れない。普通じゃないかも知れない、それでも注ぎ込まれた快楽は容易く感覚を支配する。
それとも。
京介は目を細める。
孝が大輔から受け取っていたのは、京介が伊吹から受け取るような快感だったとしたら。
大輔は気まぐれで抑えが効かない。欲しいものがあれば次々とそれを奪いに走る。
そんな飽きっぽい男からしか受け取れない快楽を、ずっと受け取り続けていたいと願うなら、自分の体なんか、どうなっても良かったのかも知れない……?
京介に向けていたのは既に、同じ苦しい過去を分かち合った仲間への友情ではなく、喜びを与えてくれる支配者の寵愛を奪う者への敵意だけだった、としたら。
僕は一体何をしていたんだろう。
「はい、コーヒー」
「…ありがとう…ございます…」
さすがの高崎も堪えたのだろう、ぐったりした様子でベンチに腰掛け、京介の渡した缶コーヒーを両手で握りしめて俯いている。
そのコートのポケットには、逃げ出してしまった志賀が落とした缶コーヒーが拾われて入っているのを京介は知っていた。
「…俺……へま……しました…」
高崎が唸る。
「…うん」
「……貴重な準備時間、無駄にして」
「…うん」
「……課長に迷惑、かけて」
「…うん」
「………俺…」
ひどく小さな声で高崎が呟く。
あいつ、プライド、高いのに。
ぎゅっと缶コーヒーを握りしめる。
「…あんなこと、言わせちまって……」
「……」
『最後の砦』かあ。
京介は缶コーヒーを開けて一口含む。
「…わかるような気がするな」
「…え?」
「『最後の砦』」
「……からかってんすか」
「ううん」
空を見上げる。
孝とは違った。志賀はきちんと自分の気持ちを抱えてたし、手放さなかったし、確かにとんでもないところでとんでもない状況の告白だっただろうけど。
「気持ちはまっすぐだねえ」
「…うん。…昔から」
高崎が小さく笑う。
「昔っから、あのまんまです、あいつ」
「そうだね、強いね」
「強いです」
もし、高崎にキスしていたのなら、そして高崎はそれを受け入れられるような状態ではなかっただろうけど、それでも好きだと言い放てるなら。
「高崎くんは、志賀さんのこと、好きなの?」
「……俺、女の方がいいです」
けど、敬意はあります、あいつは凄いやつですから。
「じゃあ、はい」
「? 何ですか、この番号」
「志賀さんの連絡先。知らないでしょ」
「え、えええっ、課長っ、何であいつのケー番なんかっ」
いや、その対応が十分いろいろことばと違ってる気がするけどね。
京介は苦笑しつつ、続ける。
「何言ってんの、仕事相手なんだし、知らない方がおかしいよ」
「あ、あ、そう、そうか」
「だから、はい」
「はい?」
「さっさと電話して謝罪して関係を繋いでおいてくれる?」
「え、ええええっ」
「あのね、高崎くん」
にっこり笑って付け加える。
「貴重な時間を無駄にされた上司としては、浪費した部下に残りの仕事を依頼しても当然だと思うけど?」
「あ、あー、はい、そうっすね、ああ、はい」
取り出した携帯に高崎の指が忙しく動く。
今目の前で連絡しろって言ったわけじゃなかったんだけど。
京介は面映ゆい気持ちで高崎を眺める。
不思議な感覚だった。今までは敵か味方か、そうでなくとも使えるか使えないかで人を見ていたような気がする。そこから離れて全く別次元の存在だったのは、伊吹美並ただ一人だった、のに。
今京介は、高崎の一所懸命さが気に入っている。不器用に友情と愛情を取り違えないようにしようと足掻いている姿が微笑ましいと思っている。志賀とどのような関係になるにせよ、お互いの気持ちが十分に伝えあえればいいのにと願っている。
「……親愛、と言うことかな」
「え?」
「いや、こっちの話。出た?」
まだ会社までは戻っていないでしょう。
「たぶん……出ないな」
高崎が唸った。
「出ない……出ないな、何やってんだ、ちくしょう」
呟く高崎はまたもや側に居る京介の存在を忘れてしまったようだ。
たぶん。
そうだ、今ならわかる、たぶんそうだ、孝は京介を性愛の対象として見ていた。
大輔に抱かれたせいなのか、それとも同じ境遇に共感している間に芽生えた感情なのか、それはわからない。
孝。
胸の中で呼んでみる。
僕は君を失ってから、君を殺した奴をずっと探していたけれど、ひょっとすると全く見当違いの場所をずっと見ていたのかも知れない。
大輔に縛り付けられて、生きている意味さえ失って、そんな日々は僕にとって地獄でしかなかったけれど、ひょっとすると君は全く違う気持ちであの日々を暮らしていたんだろうか。
「っ、もしもしっ、もしもしっ、あっ、切るな!」
咳き込むように高崎が話し出して、京介は苦笑しつつベンチに凭れ、また空を見上げる。
恵子さんのことは本当はどう思ってたんだ? カムフラージュ? 本気? 大輔のことは? 悪魔? それとも。
「…」
ふと体を走ったのは伊吹に愛された感覚だ。内側に火が灯り、震えが生まれる。切なくて焦れったくて、このまま蕩けていきそうになる。
望んだものではなかったかも知れない。普通じゃないかも知れない、それでも注ぎ込まれた快楽は容易く感覚を支配する。
それとも。
京介は目を細める。
孝が大輔から受け取っていたのは、京介が伊吹から受け取るような快感だったとしたら。
大輔は気まぐれで抑えが効かない。欲しいものがあれば次々とそれを奪いに走る。
そんな飽きっぽい男からしか受け取れない快楽を、ずっと受け取り続けていたいと願うなら、自分の体なんか、どうなっても良かったのかも知れない……?
京介に向けていたのは既に、同じ苦しい過去を分かち合った仲間への友情ではなく、喜びを与えてくれる支配者の寵愛を奪う者への敵意だけだった、としたら。
僕は一体何をしていたんだろう。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】淫乱メイドは今日も乱れる
ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。
毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を……
※性的な表現が多分にあるのでご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる