『闇を闇から』

segakiyui

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第5章

1.翻す手(5)

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 カフェや喫茶店のようなところでは逆に人目が気になるだろうと、京介はオープン・イベントが行われる予定の市役所横の公園に高崎を連れて行った。
「はい、コーヒー」
「…ありがとう…ございます…」
 さすがの高崎も堪えたのだろう、ぐったりした様子でベンチに腰掛け、京介の渡した缶コーヒーを両手で握りしめて俯いている。
 そのコートのポケットには、逃げ出してしまった志賀が落とした缶コーヒーが拾われて入っているのを京介は知っていた。
「…俺……へま……しました…」
 高崎が唸る。
「…うん」
「……貴重な準備時間、無駄にして」
「…うん」
「……課長に迷惑、かけて」
「…うん」
「………俺…」
 ひどく小さな声で高崎が呟く。
 あいつ、プライド、高いのに。
 ぎゅっと缶コーヒーを握りしめる。
「…あんなこと、言わせちまって……」
「……」
 『最後の砦』かあ。
 京介は缶コーヒーを開けて一口含む。
「…わかるような気がするな」
「…え?」
「『最後の砦』」
「……からかってんすか」
「ううん」
 空を見上げる。
 孝とは違った。志賀はきちんと自分の気持ちを抱えてたし、手放さなかったし、確かにとんでもないところでとんでもない状況の告白だっただろうけど。
「気持ちはまっすぐだねえ」
「…うん。…昔から」
 高崎が小さく笑う。
「昔っから、あのまんまです、あいつ」
「そうだね、強いね」
「強いです」
 もし、高崎にキスしていたのなら、そして高崎はそれを受け入れられるような状態ではなかっただろうけど、それでも好きだと言い放てるなら。
「高崎くんは、志賀さんのこと、好きなの?」
「……俺、女の方がいいです」
 けど、敬意はあります、あいつは凄いやつですから。
「じゃあ、はい」
「? 何ですか、この番号」
「志賀さんの連絡先。知らないでしょ」
「え、えええっ、課長っ、何であいつのケー番なんかっ」
 いや、その対応が十分いろいろことばと違ってる気がするけどね。
 京介は苦笑しつつ、続ける。
「何言ってんの、仕事相手なんだし、知らない方がおかしいよ」
「あ、あ、そう、そうか」
「だから、はい」
「はい?」
「さっさと電話して謝罪して関係を繋いでおいてくれる?」
「え、ええええっ」
「あのね、高崎くん」
 にっこり笑って付け加える。
「貴重な時間を無駄にされた上司としては、浪費した部下に残りの仕事を依頼しても当然だと思うけど?」
「あ、あー、はい、そうっすね、ああ、はい」
 取り出した携帯に高崎の指が忙しく動く。
 今目の前で連絡しろって言ったわけじゃなかったんだけど。
 京介は面映ゆい気持ちで高崎を眺める。
 不思議な感覚だった。今までは敵か味方か、そうでなくとも使えるか使えないかで人を見ていたような気がする。そこから離れて全く別次元の存在だったのは、伊吹美並ただ一人だった、のに。
 今京介は、高崎の一所懸命さが気に入っている。不器用に友情と愛情を取り違えないようにしようと足掻いている姿が微笑ましいと思っている。志賀とどのような関係になるにせよ、お互いの気持ちが十分に伝えあえればいいのにと願っている。
「……親愛、と言うことかな」
「え?」
「いや、こっちの話。出た?」
 まだ会社までは戻っていないでしょう。
「たぶん……出ないな」
 高崎が唸った。
「出ない……出ないな、何やってんだ、ちくしょう」
 呟く高崎はまたもや側に居る京介の存在を忘れてしまったようだ。
 たぶん。
 そうだ、今ならわかる、たぶんそうだ、孝は京介を性愛の対象として見ていた。
 大輔に抱かれたせいなのか、それとも同じ境遇に共感している間に芽生えた感情なのか、それはわからない。
 孝。
 胸の中で呼んでみる。
 僕は君を失ってから、君を殺した奴をずっと探していたけれど、ひょっとすると全く見当違いの場所をずっと見ていたのかも知れない。
 大輔に縛り付けられて、生きている意味さえ失って、そんな日々は僕にとって地獄でしかなかったけれど、ひょっとすると君は全く違う気持ちであの日々を暮らしていたんだろうか。
「っ、もしもしっ、もしもしっ、あっ、切るな!」
 咳き込むように高崎が話し出して、京介は苦笑しつつベンチに凭れ、また空を見上げる。
 恵子さんのことは本当はどう思ってたんだ? カムフラージュ? 本気? 大輔のことは? 悪魔? それとも。
「…」
 ふと体を走ったのは伊吹に愛された感覚だ。内側に火が灯り、震えが生まれる。切なくて焦れったくて、このまま蕩けていきそうになる。
 望んだものではなかったかも知れない。普通じゃないかも知れない、それでも注ぎ込まれた快楽は容易く感覚を支配する。
 それとも。
 京介は目を細める。
 孝が大輔から受け取っていたのは、京介が伊吹から受け取るような快感だったとしたら。
 大輔は気まぐれで抑えが効かない。欲しいものがあれば次々とそれを奪いに走る。
 そんな飽きっぽい男からしか受け取れない快楽を、ずっと受け取り続けていたいと願うなら、自分の体なんか、どうなっても良かったのかも知れない……?
 京介に向けていたのは既に、同じ苦しい過去を分かち合った仲間への友情ではなく、喜びを与えてくれる支配者の寵愛を奪う者への敵意だけだった、としたら。
 僕は一体何をしていたんだろう。
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