『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

12.トゥ・ゴゥ(9)

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 小学生の時だった。コンビニの万引き事件に巻き込まれた。それがきっかけのいじめには明に支えられて耐え抜けた、だがしかし、あの時の奇妙な感覚はすぐに思い出せる。
 店員が店にたむろしていた小学生を怒鳴りつけた。雪崩を打つように子ども達が逃げ出したその前で、ドアは無情に閉ざされた。悲鳴と怒号、混乱の中で美並の視界に一瞬飛び込んだそれは、静けさに満ちていて、目を奪われた。
 なぜそこで笑っていられるのか。
「……そうか…」
 今ならわかる。
「あの子が…『羽鳥』だ…」
 あの万引き事件は計画されたものだった。いや、きっと、万引きではなくて、計画されたのは、万引きに面白がって参加していた子ども達の捕縛だ。
 あの子が笑っていたのは、計画したのがあの子で、それが思い通りに起こったからだ。
 嬉しかったのだ、純粋に。
「そうか……それが『離れがたい理由』か…」
 『羽鳥』が望んでいるのは、犯罪者としての名声でも、使い切れないほどの大金でも、憎しみや怒りの表現でもない。ましてや、警察を出し抜くことでも被害者を弄ぶことでさえもない。
 真崎をいたぶった大輔の中にも居る。
 自殺を装った大石の中にも居る。
 不安がり美並にしがみつく真崎の中にも居る。
 そして、ハルが指摘したように、美並の中にも『羽鳥』は居る。
 その名は『支配』。
 『誰か』を認識していないのは当然だ、対象は『誰か』ではないのだから。
 望んでいるのは運命そのもの。
 多くの者が関わり、何ひとつ自由にならない現実を、自分だけの意のままに捻じ曲げること。
 ハルはその優れた才能で理解していた、自分の力が現実を変形させるのに十分であること、それを使ってはならないこと。
 おそらくは、自分の手の届かない力で形作られている『美しい世界』に敬意を評して。
 ならば、『羽鳥』が桜木通販に居るのは簡単な理由だ。
 『羽鳥』は桜木通販に居ることで何かの計画を動かしている。
 もしくは、自分の計画が思い通りに動いていくことを見守っている、特等席で。
「…5年前の事件……緑川の事件…」
 『羽鳥』はそれにも関わっているのではないか。
 石塚が漏らした『社長の親類の、経理部の緑川課長が似たようなグループと関わりを持ってかなりややこしいことになった』という事件に、もし孝が関わっていたら。
 知っているのは誰だろう。
 大輔恵子は知っているだろうが、今接触できないし、まともに答えてくれそうにない。有沢の調査は進んでいるだろうが、こちらも無条件には教えてくれないだろう。
 もう一人、頭に浮かんだ顔に美並は頷く。
 そうだ、ひょっとすると。
 桜木通販を案じ、仕事を重んじる彼ならば。
 一人では無理、とハルは教えてくれた。
 美並の味方は真崎、元子社長、石塚、高崎、ハル、明、七海。
 そこにもう一人加われば、きっと何かを動かせる。
 わたしのいみはなんですか。
 もし天意があるならば、もし美並の能力に意味があるならば、もし……全てのことがつながるものならば。
 なぜ美並は今ここに、配置されているのだろう。
 今ただここに居ただけ。
 本当にそうだろうか。
 『羽鳥』は見えない存在だ。
 いろいろな事件と被害者の向こうに在りながら、日常生活という日差しの中で非日常という陰影でようやく浮かび上がる建物のように、輪郭を辿ろうとしても辿りきれない。
 大輔は早晩裁かれるだろう。恵子もそれなりに真崎から遠ざかることになるだろう。
 だがしかし、『羽鳥』はそれらの悪意の背後に、うすらぼんやりと立ち上りながら、決して捕まることはないだろう。
 そうして、時を越えて存在しつづける呪いのように、繰り返し繰り返し人の世界に悲しみをもたらして行く。
 大輔は『羽鳥』を知っていて、保身のために告発するかもしれない。
 けれど証拠はおそらく何もなく、『羽鳥』自身が犯罪に関わった痕跡などどこにも残っていないだろう。
 唯一、孝の事件、以外には。
 『孝』は『羽鳥』が現実の世界と繋がっている、ただ一つの扉。
「……」
 わたしのいみはなんですか。
 そうだ、美並の感覚や確信だけでは足りなさすぎる。
 この現実に楔を打ち込むためには、もっと別の力、別の手立てが必要だ。
 ざあああああ。
 汗を落として美並はシャワーを止める。
 もし桜木通販の関係者の中で真崎以外に『難波孝』を知る者が居たら、『羽鳥』を追い詰める次の手が見つかるのではないか。
 ひょっとするとそれは、『羽鳥』自身かも、知れないが。
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