『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

12.トゥ・ゴゥ(7)

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 わたしのいみはなんですか。
「美並?」
 真崎が先に立ってマンションに入り、外の廊下に立ったままの美並を振り向く。
「美並」
 手を握り、動かない美並を部屋の中へ引き入れていく。
「終電まで、あまり時間ないよ?」
 コーヒーを飲もう。
 それは二人の間で交わされた了解、今夜は真崎の部屋で過ごす。
 わたしのいみはなんですか。
 あなたの性欲を満たし孤独を埋め持て余す時間をやり過ごすための道具でしょうか。
 それで真崎が幸せになるなら正しい?
 引き寄せられて抱き締められて、口づけを受ける、髪にこめかみに頬に閉じた睫毛に。
「入って。すぐ……部屋を暖めるから、その間にシャワーする?」
 抱かせてくれ、快感を与えてくれ、そういうあからさまな誘いに凝視を返す。
「京介」
 部屋の準備を進める真崎に呼びかけて、ためらう。求められているのに、なぜ拒もうとしている。
「……何」
 真崎が警戒したような顔で動きを止める。
 体の奥深くで何かにじっと耳を傾けている自分が居る。
「私は………ここに居て、いいんでしょうか」
「っ」
 堪えかねたように真崎が戻ってきた。のろのろと三和土から上がる体を抱き寄せられ、壁に押し付けられて口を塞がれる。熱い掌で顔を包まれ、何度も何度も啄まれ、我慢できなくなったように唇に噛みつかれ、開いた瞬間舌を押し込まれた。
「ん」
 腕を抑えようとしたが無理だった。足を踏み込まれ壁に貼り付けられ、舌を吸い取られて甘噛みされる。声は飲み込まれ、溢れる唾液も奪われる。吸い込もうとした空気さえも。
 息ができない。
 加熱した頭が朦朧とする。
 真崎の胸に当てていた手が、突然引き下ろされ熱の籠った塊に添わされた。思わず目を開くと、じっと見下ろしていたのだろう、大きく開かれた瞳がきらきら潤みながら見返してきて細められる。
 視界を覆う欲情の光。
「……み…なみ…」
 口を離され思わず喘いだ。額から汗、いやいつの間にか体が熱くて吹き出す汗に濡れている。
「おね…がい…」
 掠れた声がこめかみのキスに続いた。
「おねが……っ」
 掌に委ねられた塊は熱を増して重くなっていく。支えきれなくなりそうで思わず指をずらすと、切ない声をあげて真崎が肩に顔を伏せた。
「みなみ…っ」
 荒い息に消えそうな声がねだる。
「おねがい…っ」
 抱き締めて来た真崎の首筋が濡れている。思わず舌先で触れた。
「あ…っあ」
 声が華やいだ。もっと、と聞こえたから、そのまま唇を当てて吸い、舌を動かしながら顎の線を辿る。ざらつく感触を通り過ぎ、熱を帯びていく喉へと辿ると、真崎が喘ぎながら仰け反った。
「み……なみ…っ」
 喉仏が弱いのか。
 冷えた思考のまま、含んで舐めると美並の両肩を掴んだ真崎が腰を押し付けてくる。美並の掌に一杯になったものを包んで欲しくなったのだろう、動かない手に業を煮やしたように、片手を壁についてもう片手でネクタイを引き抜いた。シャツを脱ごうとスラックスへ手を伸ばすのに気がついて、シャツを引き抜くのを手伝って、その下の肌に触れた。
 柔らかくはない。張り詰めていて、緩みはない、けれど皮膚がしっとりと掌に張り付いてくる。
 両手を当てて、そっと胸へと撫で上げた。
「は…、っ…、あ」
 切れ切れに吐き出す呼吸、手が這い上がるたびに震えが全身を走っていく。見上げると俯いている眉をひそめ顔を歪めて堪える表情、唇が蕩けそうな光に濡れて開いている。泣き出しそうな瞳をもっと見たくてメガネを外し、ぽとりと落ちる前に、唇を寄せて雫を吸い取った。
「気持ちいい?」
 真崎が頷く。
「じゃあ……そのまま壁に手をついてて下さいね?」
 自分が薄笑いをしている。
 眼鏡を折り畳み、シャツのポケットに入れる。不安そうに美並の両側の壁に手をついて体を支える真崎がキスをしてくる。答えながらシャツに入れた手で指先を立てて撫で上げる。
「あ、っふ…っ」
 驚いた顔で瞬きした真崎が激しく震えるのに要求した。
「そのまま……動かないで? …頑張って体を支えて下さい?」
 できなければここで終わり。
 意味を真崎は読み取った。拳を握って壁にすがり、美並の指先を必死に堪える。
「みな…っ」
 シャツの下の皮膚は、まるで手触りのいいビロードのようだった。滑らかで柔らかで、指先を受け止め追いすがるように撓みながら、切り開かれる鋭さにひくひくと震える。腰が揺れている。スラックスで押さえつけられながら、感触を少しでも増やそうとするように前後し、美並の腰にすり寄せる。
「みなみ……もっと……ちゃんと、触って」
 懇願が繰り返される。
「ちが…う………あ、っ」
 一瞬体を強張らせて仰け反り、真崎がきつく歯を食いしばった。駆け上がろうとするのをずらせて息を吐き、首を振りながら呻く。
「や……」
 肌は汗に濡れ熱を帯び震え続けている。シャツが張り付き膨らんだ粒が目に飛び込んで、思わず舌で愛したくなって呼びかける。
「京介?」
「は…い………あ、あ…」
 真崎が二つの場所を見つめた。促されるように下半身の切っ先と尖った頂きに指を触れた瞬間、赤くなった顔を歪めて深く屈み込んでくる。逃げたいと欲しい、両方訴えられ、迷うことなく欲しい、に応じた。
「あ、ああっっ」
 声が高く上がった。足りない足りないと腰を振ってくる相手に快感の中枢を指で弄びながら、なぜだろう、どんどん自分の中心が冷えてくるのを感じ取って美並は訝った。
 真崎は感じ続けている。美並の拙い指先にも十分な快感を拾って、じりじりと駆け上がっていくのが見ていてもわかる。汗に濡れた髪が張り付く額、苦痛を感じているように寄せている眉、忙しなく吐き出される呼吸、時々びくりと跳ねる体を持て余し、壁にすがりついて倒れるのを堪えている。
 わたしのいみはなんですか。
 今していることは何だろう。
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