『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

11.六人と七人(2)

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 ありがとうございます、と石塚には伝えた。
 未来の夫の職が失われるかも知れないのよ、それどころか、警察沙汰になって、ほんと大変な思いするかも知れないのよ。
 案じる石塚にむしろ泣きそうになって、もう一度、ありがとうございます、と頭を下げた。
 心配してくれている。
 真実とはまだ遠い場所には居ても、それでもそこに立たざるを得ない美並を、真崎を案じてくれている。
 嬉しい。ありがたい。
 人の思いがこれほど柔らかくて温かいものだと初めて知った気がする。
 同時に天の采配の容赦なさと言うか峻烈さと言うか、そう言うものを感じて身が引き締まる。
 この力の前で怯むことは許されない。
 この動きの前で逃げることも許されない。
 ただ、できる限りを全うするしかない。
 元子はもう一度、今度は携帯に連絡をよこし、『村野』を指定してきた。
 家に戻って衣服を整えた。
 紺色のワンピースに灰色のボレロ。
 そのまま真崎と映画に行けるように準備をする。
 朝のトイレで高崎が声をかけてくれたことが不思議な感覚で残っている。
 非日常と日常は紙一重なんだ。
 どちらかに居続けなくてはならないとか、どちらかを選ばなくてはいけないと言うことではなく、その二つはごく薄い膜で隔てられている。
 それさえ気づいていればいいと言うことではないのか。
 美並、あんた、やばくない?
「…ふふ」
 思わず笑いがこぼれた。
「勘違い、してたなあ…」
 自分ばかりが「見ている」と思っていた。
 自分だけが「見えている」と思っていた。
 けれど本当は、誰もが見ていて、誰もが見られている、それに気づかないだけ。
「なんだ、そう言うこと…か」
 ぽろぽろとこぼれ出した涙を拭わず、こぼしながらバッグに化粧品を詰める。
「そう言うことなのか…」
 ごそりと鎧が剥がれ落ちていく。
「一人で居なくていいんだ」
 条件は同じ。
 「見えていて」も「見えてなく」ても。
 与えられた能力と環境の中で、何を選び何を選ばないかだけ。
 ハルは知っていたのだろう、自分に見える景色が特別なのではなく、誰もがそれぞれ特別な世界を眺めている、それに気づいていないだけなのだと。誰かと比較して、どの世界が美しい、どの世界が優れていると競うことなど、全く意味がないことを。他より優れた能力が求めるのは、その能力の限界までどうやってたどり着けるかであって、その能力がどう評価されるかではないことを。
 だから揺らがない、真価を問われるならば、なおさら。
「すごいな…ハル君…」
 能力を受け入れて向かい合って生きて来た心は、あれほど強く豊かなのだ。
 例えある日突然、ハルにあの色に対する感覚がなくなったとしても、彼は驚き楽しむだけなのだろう、また違う世界に飛び込んで来たのか、と。
 では美並は。
「……怖いなあ……」
 そろそろとティッシュを引き出し涙を抑える。
「私、こんなに『見える』ことに頼ってたんだ?」
 『それ』がなくなった自分など、思いもしていなかったと気づく。
「……何も、ないのかな…」
 「見える」以外の美並に、真崎は何を求めるのだろう。
 応えられる、何が美並にあるのだろう。
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