『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

10.ホール・カード(2)

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『あなたからのラインは期待できそうにないから、こちらもそれなりに動いてみていますよ』
 有沢は皮肉な響きを効かせて笑い、すぐに真面目な声になった。
『飯島は最近では仕事もせずにずっとふらふらしてたようです。おそらくは何かの金ヅルを掴んでいた、そう見てます』
「真崎大輔…?」
『「ニット・キャンパス」で表立って動いているから、その可能性もあるが、手を下したのは違うでしょう。アリバイがあるんです』
 飯島が殺されたと思われる時間に、大輔は『ハイウィンド・リール』で女性と会っています。
「じゃあ…」
『羽鳥、本人の可能性もあるかと』
「今さら、ですか?」
『現在調べているところですが、飯島もそれなりに食えない男だったようで、知人に預けていたパソコンにいろいろデータを隠していたんですよ』
 知人というのは飯島がコンビニで務めていた頃からの知り合いで、安全保証の意味もあったとも考えられる。
『あなたがさっきおっしゃった5年前の事件からこっち、飯島の金回りが急によくなっているのも確認しました。不似合いだとは思いますが、定期預金も始めている。コンスタントに金が入る手立てができたということでしょう』 
 ひょっとすると、それがらみで何か関係に問題が起きたのかもしれないですね。
『コンビニ強盗で稼いだ金を元手に暴行を主体とするパーティを繰り返していた、これだけで十分真崎大輔を追い込めますが、その影に動く「羽鳥」の姿が掴み切れないと、大輔一人押さえただけで終わってしまうかもしれない。大輔を追い込んでいけば、「羽鳥」の正体も割れるかもしれませんが、後に喜田村会長が居る。これ幸いと大輔をスケープゴートに残りを始末されかねません』
 もっとも交渉は進めているんですが。
 有沢は低い嗤い声を立てた。
『皮肉かもしれませんが、喜田村会長は「ニット・キャンパス」での桜木通販の動きを評価しています。特に真崎京介の手腕をね』
 不出来な兄より有能な弟を取り込むために、餌をうまく使いたいと考えているのかもしれません。
「……大輔の失脚をちらつかせて、桜木通販を利用する?」
『それこそ、5年前の話もありますしね』
 使い捨て切られていく末端の惨さということか、と美並は溜め息をついた。
 つまり、喜田村会長は目をかけていた真崎大輔の度重なる不評にいい加減うんざりしていて、どこかで真崎兄弟の噂も聞きつけたのだろう、大輔を始末するかわりに京介を手駒にしようという算段を組み始めているということか。喜田村にすれば、「ニット・キャンパス」の手腕を評価したと言い訳もつくし、個人的にも社会的にも申し分ないいい手だ。
 おいそれと桜木元子が頷くはずもないだろうが、そこは5年前の桜木通販の事件をネタに揺さぶってくるかもしれない、ということだ。高山や石塚の危惧も満更外れてはいなかったらしい。
『できれば「羽鳥」を視野に入れてから、大輔確保に踏み切りたい』
「…」
『こっちも危うい賭けの繰り返しですよ』
 有沢が声を途切れさせた。
『……ぎりぎりだ』
「お体が?」
『痛み止めが効かなくなってきた。…だからこうやって』
 あなたの声で一時休もうとしてるんじゃないですか。
 柔らかな声がまた甘えを帯びる。真崎が見せない、他の誰でも休めない、美並だけだとほのめかす忠誠。
『正直きつい。あなたと話してると、まだ少しは手が打てると安心できる。あなたは……安らぎだ』
 体より先に気持ちが死にそうですよ。
『……慰めてくれませんか』
 じわりと滲んだ艶にぎくりとする。
『すぐに駆けつけますよ?』
「無駄です」
『頑固だな』
「しつこいって言われません?」
『刑事ですからね』
 はぁ、と苦しげに吐いた呼吸が熱っぽい響きを宿した。
『一度だけ、助けてほしいんだ』
 もう少し粘りたい。
『あなたにとっても大事なことでしょう?』
 私がここで倒れるのは望んでいないはず。
『あなたにしかできないことなんだ……一度だけでも、いい』
「…」
 真崎だって恵子と会っていた。これほど求められて、これほど必要とされて、しかも相手には時間が限られていて、そのぎりぎりの中で美並を望んでいてくれる。
 なぜ有沢ではいけない? なぜ美並はここでわかりました、と頷けない?
「電話でなら」
 自分の声が遠くで響く。
「お力になります」
『ああ…よかった』
 耳元で温かな声が笑って、ぞくりとした。
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