『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

9.五人と六人(8)

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 『BLUES RAIN』は思っていたよりずっとシビアな物語だった。
 主人公の女性刑事に、戸惑いつつ気持ちを募らせていく護衛ロボット、そしてその存在に嫉妬する犯人が容赦なく主人公を追い詰めていくに従って、護衛ロボットは自分の本分を逸脱していく。
 本来ならば主人公の安全を守るために側にいるはずが、いつの間にか主人公を守るためと称して、拘束し囲い込み身動きとれない状態にしていく。そしてそれは犯人が主人公を追い詰めるのと変わらないのではないかと考えて、護衛ロボットは主人公から離れる決意をする。
『俺の宝物はあなたです』
 離れる瞬間にロボットが囁く睦言のような甘い囁きにハルを思い、主人公が引き止めるのも構わずくるりと背中を向ける姿に、さっき見たばかりの有沢の背中を思った。
「……違うじゃないか」
 違う。
 君は犯人とは全く違う。
 二度目なのに、食い入るように画面を見ている伊吹を視界の端に入れて、京介は映画の中のロボットに話しかける。
 君は彼女に愛されている。
 君は彼女に必要とされている。
 君は彼女を守ろうとし、彼女のために命を捧げる。
 君は彼女にとって唯一無二、なのにそれがなぜ犯人と同じだなんて思える。
 犯人の男は彼女を奪おうとしている。
 彼女の意志を無視し、自分の欲望だけに従っているのに、それを彼女が望んでいると思い込んで暴走する。
 自分のすることは彼女にとって一番いいことだと信じ込み、彼女を心身ともに壊していく。
 犯人は彼女を傷つけ、ロボットは彼女を守ろうとしている。
 その二人の在り方が同じはずが。
『幸せになってやってくれ』
『あの子と一緒に居ることで、幸福だと喜んでやってくれ』
「っ…」
 ふいに京介の耳元に哀しみを秘めた深い声が響いた。
『あの子は大事な人間に幸せになってもらいたいんだ』
 でもそれはかなわなかった、伊吹が伊吹である限り。
 伊吹が伊吹でしかない限り。
『あの子の願いを、満たしてやってくれ』
『どうか一人にしないでくれ』
「おと……さ…ん」
 このロボットは、そうした、か?
 主人公と居ることで幸せだと喜んだか?
 主人公の願いは物語の中で繰り返し語られている。
 あなたはあなたとして生きていてほしい。
 ロボットだとか人間だとか、そういうことは関係なく。
 その願いを満たしたか?
 ……一人に、しなかった、か?
「……」
 違う、じゃないか。
 思わず隣の伊吹を見て、息を呑む。
 場面は主人公を守るために、ロボットが自らの手足を犠牲にするところだ。自らを犠牲にすることさえ厭わない、そこまで愛され大事にされている、そう表現されていると取れるはずの場面で、伊吹は静かに泣いている。
 まっすぐに画面を見据えて、声一つ立てずに、けれど揺らぎもしないその瞳が苦しそうで悲しそうで。
 その顔が画面の主人公の女性そっくりで。
『それに、あんたはあんただけのためじゃなくて、その指輪のためにも戦わなくちゃいけないんじゃないか』
 源内のことばが響き渡る。
『京介は誰のものですか?』
 僕が、傷つくと、伊吹さんは、どう思う?
 思わず画面を見直す。
 傷だらけになって、今まさに犯人を屠ろうとするロボット。
 そんなことを望まない、そう主人公は訴えているのに。
 望むのはただ、ロボットの無事。
 握りしめたこぶしに触れた指輪を意識する。
 伊吹の望みは?
 京介の、無事と、幸福?
 僕はそれを、満たした、か?
「あ……ぁ…」
 同じなんだ。
 このロボットと犯人は同じだ。
 主人公の願いを無視し、意志を曲解し、自分の欲望のためだけに暴走し。
 ロボットは自分を傷つけることでロボットを大事に愛しむ主人公の心を刻み、犯人は主人公を傷つけることで自分の存在を主人公に刻もうとしている。歪んだ、けれどそっくりな、二つの思い。
「……み……なみ…」
「……きょうすけ……」
 そっと触れた手は何かを堪えるように強く固く握りしめられている。
「……わたしは……あなたを」
 守れないんですね。
 掠れた今にも消えそうな声。
「どんなに……ねがっても……」
 どんなに、大切でも。
「………わたしの……いみは……」
 なんですか…?
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