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第4章
8.ワイヤード(11)
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恵子には美並のジーパンとシャツを与えて、タクシーで放り出した。
「いやよ、こんな夜にどうやって帰れっていうの」
「警察の方が安心ですか」
「……いやだわ、こんなの、趣味も違うし、サイズも」
ほらここのところがきついし。
胸と腰を指差す恵子に、
「着てこられたものは焼却炉に回しますが、何か?」
「ちょっと」
「その服も好きなように扱ってかまいませんよ」
「あなた」
一体何様のつもりよ。
恵子は再び唇を尖らせる。
シャワーで洗い流された口に新しく引かれた紅の色は鮮やかすぎて、薄白くなった顔色に浮いて見えた。
「何様でもないですね」
ただなりふり構わずというところです。
冷ややかに応じてやると、あら、と恵子は目を見開いて、微笑んだ。
「大輔が気にするのもわかるわね。あなた京ちゃんに似てるわ」
「…」
「大輔と張り合う時の京ちゃんに。屈しそうで屈しない、追い詰めて勝利を確信した最後の瞬間に噛みつかれそうでゾクゾクするって。わかるわね」
趣味が悪い男よ、と恵子は掠れた声で嗤った。
「寝物語に、私に抱いてる男のことを話すのよ」
くつくつ、と今まで聞いたことがないしわがれた声が響いた。
「殺してやりたいと思うのも飽きたわ」
瞬きをして、きつそうな胸を無理矢理シャツに押し詰めてボタンを止める。
「子どもの事、聞いた?」
「いえ」
「二人居るでしょ。どっちも大輔の子どもじゃないわよ」
「……」
「一人は誰か知らないわ、大輔が連れてきた仲間って人」
品が良さそうな穏やかそうな男だったけど。
「女をモノ扱いするのに慣れてた男だった」
恵子はジーンズのチャックを弄った。
「セックスは楽しかったけど、二度とはごめんね。女が惨めになるような抱き方しかできない男」
「もう一人は」
その答えがうっすらと透けて見える。
「孝」
大輔と結婚して、孝と別れて。
「街へ出た孝が、誰でも寝てるって聞いたから」
歪んだ笑みを浮かべて恵子は美並を見返した。
「試したの、うまくなってるか」
男が惨めになるような抱き方。
恵子がさっき口にしたことばが、立場を変えてそのまま鳴り響いた気がした。
「うまかったわよ、夢中になった。何度でも繰り返したかった。夢中になって、夢中にさせたくて、大輔をまねたの、孝ならきっと京ちゃんと同じぐらい悦ぶんじゃないかって」
ひどいことを。
一瞬、ことばが出なかった。
「悦んだわよ、気が狂ったみたいに……叫んだの、大ちゃん、もっと、って」
「、」
「大ちゃん、もっと、って」
繰り返した恵子の瞳が真っ黒に光を吸う。
「京ちゃんも同じ。何度も聞いたわ、悲鳴みたいに叫んでるのを。気持ちよさそうに貫かれて、喘ぎながら何度も何度も駆け上がって、汚した布団の中で薔薇色の体して眠ってるのを見て、ずっと欲しかった」
綺麗だった。涙にまみれて、汗に濡れて。
「伊吹さん」
恵子が薄笑いする。
「あなたが知ってる京ちゃんは、どんな男なの」
私が見たのと同じ、大輔に抱かれてよがってる男じゃないの。
「誰にでも体を重ねて、誰にでも気持ちよくなって、その底にはあの男しか入ってなくて」
それとも、そんなところまでも抱いてないかしら。
「京ちゃんが我を忘れるほども、満たしてあげてないんじゃないの」
恵子は唇を歪める。
「だから、こんなにあっさりと私を迎え入れるのよ」
見せてあげたかったわ、玄関でどんな顔して私の唇を待ってたか。
「ねっからの淫乱よ、あの子は」
抱かれていないとコワレルだけなの。
「孝もそう」
私でなくても、大輔を思わせる誰かに抱かれてさえいればよかった。
「……孝を殺したかったのは、私よ」
言い捨てて、恵子は美並の前を通り過ぎた。
「いやよ、こんな夜にどうやって帰れっていうの」
「警察の方が安心ですか」
「……いやだわ、こんなの、趣味も違うし、サイズも」
ほらここのところがきついし。
胸と腰を指差す恵子に、
「着てこられたものは焼却炉に回しますが、何か?」
「ちょっと」
「その服も好きなように扱ってかまいませんよ」
「あなた」
一体何様のつもりよ。
恵子は再び唇を尖らせる。
シャワーで洗い流された口に新しく引かれた紅の色は鮮やかすぎて、薄白くなった顔色に浮いて見えた。
「何様でもないですね」
ただなりふり構わずというところです。
冷ややかに応じてやると、あら、と恵子は目を見開いて、微笑んだ。
「大輔が気にするのもわかるわね。あなた京ちゃんに似てるわ」
「…」
「大輔と張り合う時の京ちゃんに。屈しそうで屈しない、追い詰めて勝利を確信した最後の瞬間に噛みつかれそうでゾクゾクするって。わかるわね」
趣味が悪い男よ、と恵子は掠れた声で嗤った。
「寝物語に、私に抱いてる男のことを話すのよ」
くつくつ、と今まで聞いたことがないしわがれた声が響いた。
「殺してやりたいと思うのも飽きたわ」
瞬きをして、きつそうな胸を無理矢理シャツに押し詰めてボタンを止める。
「子どもの事、聞いた?」
「いえ」
「二人居るでしょ。どっちも大輔の子どもじゃないわよ」
「……」
「一人は誰か知らないわ、大輔が連れてきた仲間って人」
品が良さそうな穏やかそうな男だったけど。
「女をモノ扱いするのに慣れてた男だった」
恵子はジーンズのチャックを弄った。
「セックスは楽しかったけど、二度とはごめんね。女が惨めになるような抱き方しかできない男」
「もう一人は」
その答えがうっすらと透けて見える。
「孝」
大輔と結婚して、孝と別れて。
「街へ出た孝が、誰でも寝てるって聞いたから」
歪んだ笑みを浮かべて恵子は美並を見返した。
「試したの、うまくなってるか」
男が惨めになるような抱き方。
恵子がさっき口にしたことばが、立場を変えてそのまま鳴り響いた気がした。
「うまかったわよ、夢中になった。何度でも繰り返したかった。夢中になって、夢中にさせたくて、大輔をまねたの、孝ならきっと京ちゃんと同じぐらい悦ぶんじゃないかって」
ひどいことを。
一瞬、ことばが出なかった。
「悦んだわよ、気が狂ったみたいに……叫んだの、大ちゃん、もっと、って」
「、」
「大ちゃん、もっと、って」
繰り返した恵子の瞳が真っ黒に光を吸う。
「京ちゃんも同じ。何度も聞いたわ、悲鳴みたいに叫んでるのを。気持ちよさそうに貫かれて、喘ぎながら何度も何度も駆け上がって、汚した布団の中で薔薇色の体して眠ってるのを見て、ずっと欲しかった」
綺麗だった。涙にまみれて、汗に濡れて。
「伊吹さん」
恵子が薄笑いする。
「あなたが知ってる京ちゃんは、どんな男なの」
私が見たのと同じ、大輔に抱かれてよがってる男じゃないの。
「誰にでも体を重ねて、誰にでも気持ちよくなって、その底にはあの男しか入ってなくて」
それとも、そんなところまでも抱いてないかしら。
「京ちゃんが我を忘れるほども、満たしてあげてないんじゃないの」
恵子は唇を歪める。
「だから、こんなにあっさりと私を迎え入れるのよ」
見せてあげたかったわ、玄関でどんな顔して私の唇を待ってたか。
「ねっからの淫乱よ、あの子は」
抱かれていないとコワレルだけなの。
「孝もそう」
私でなくても、大輔を思わせる誰かに抱かれてさえいればよかった。
「……孝を殺したかったのは、私よ」
言い捨てて、恵子は美並の前を通り過ぎた。
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