『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

7.四人と五人(8)

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「人の色って変わるの?」
「変わる」
 環境や生き方や、いろいろなことで。変わらないほうがおかしい。
 苦笑したハルがふいとぼんやりした瞳になった。
「変わる……」
「ハルくん?」
「変わる……」
 もうテーブルの上を眺め、何かを探すように指を回す。
「バジルスパゲティ」
「うん?」
「から」
「うん…?」
「変わる……」
 ハルは何かを考えついたらしい。突然弾けるような笑顔が広がった。
「変わる」
「うん」
「楽しいな」
「うん……??」
 見る間に上機嫌になったハルにわけがわからないまま、美並はハルのことばを頭の中で繰り返す。
 顔を覚えている。会えばわかる。10年たって変わっていてもわかる。なぜなら変わらないから。
「ハルくん?」
「ん?」
「何が変わらないの?」
「色」
「? 人の色は変わるんでしょ?」
「変わってない」
「えーと……その人の赤が?」
「ずっとくさ…」
「あ、それはいいから、変わってないんだね、その人の色は。そうか、ふーん、変わってない、変わって……ない…?」
 どすん、と背中を何か重いもので叩きつけられた気がした。
「ハル、くん?」
 何て言った?
「変わってない」
「違う、そうじゃなくて、今」
 同じ色だって。
「うん、くさった」
「どうして?」
「え?」
 ハルが困惑した顔になる。
「どうして、そんなこと、わかるの?」
 答えがそこに見えている。だがその答えが怖すぎて見られない。
「美並の中」
「私の中にある色だからだよね? でもそれは、私が記憶を思い出している色なんだから、10年前とかそういう色なんだよ、それは今の色じゃないの」
 自分の声が不安定に揺れていくのに気づいていた。
 違う。そうじゃない。ハルは、この巨大な才能は、美並の中の記憶と現在を混同したりしない。
「…今の色じゃ、ない?」
 ハルが戸惑う。
「今ここにない?」
「じゃなくて、今現在のことじゃないんでしょ?」
「違う」
 残酷なほどはっきりとハルは首を振った。
「変わってない。今も10年前も同じ色」
「……どう、して…?」
 答えを見たくない。
「知ってる」
 ハルは明瞭に答えた。
「美並は、会ってる」
 美並は、会ってる、『羽鳥』と。
「……そんな」
 まさか、自分がその『羽鳥』に繋がっている人間、なのか?
 まさか、自分の間近に『羽鳥』が居る、のか?
 有沢は気づいていない。ハルも見かけていない。二人が接触していない人間で、美並の中に印象が残るほどの関係となると。
「っっ」
 桜木通販、の、中に、居る、のか?
 全身から一瞬にして血の気が引いた気がした。
 その美並の衝撃になおも淡々とハルがことばを重ねる。
「怖い?」
「え?」
「なぜ?」
「なぜって…」
 ハルを連れ回っていれば、すぐ『羽鳥』が誰かわかるだろう。証拠を集めるのは容易ではないし、有沢以外に誰が信じてくれるかと言うとどうにもならないが、ひょっとすると檜垣は『羽鳥』をそれと知らずに目にしているかもしれない。
 必死に考えていた美並の頭に浮かんだ一人の男の顔がにやりと目を細める。
 真崎大輔。
 そうだ、大輔なら『羽鳥』が当人かどうかを確実に知っている。大輔の証言が取れれば、『羽鳥』を捕まえられる。そして、大輔は我が身可愛さにかけては天下一品、自分に手が回っていると知れば、罪の重さを軽くするために仲間を売ることは十分考えられる。
 でもそうなった場合、桜木通販は? 『ニット・キャンパス』は? 
 孝を手に掛けたかもしれない人間と一緒に仕事をしていたと知った、京介は?
 それを暴いた、美並、は?
「美並の赤」
「…え」
 ぽつりとハルが呟いて、相手に意識を戻す。
 辿りついた結論と、それをどう扱うかで頭も心も一杯で、ハルのことばが十分に聴き取れない。瞬きして、眉を寄せ、必死にハルを見つめ返す美並に、
「さっきの赤」
「うん」
 ハルは静かに美並の手のタイルを指先で撫でた。
「凄く、近い」
 きん、と耳鳴りがした。
「何、に…?」
 聞くな。
 聞いちゃいけない。
 聞かなくていい。
 美並はそれを。
「知ってた?」
 寸分違わずことばを当てられる。
 ハルの凝視に全身射すくめられる。
「は、る…」
 声が揺らぐ。足下があやうい。
「その名は支配」
 また再び、あの声が響いた。
 美並を断罪する、天上の刃が見える。
「それでは人は守れないよ、美並」
 がちん、と固い音をたてて美並の指からカップが落ちた。
 
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