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第4章
6.コーリング・ステーション(2)
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「本日はお忙しいところをお集り頂き、ありがとうございます」
部屋の中は場所の狭さだけでなく、正面のホワイトボードの前に立っている源内を見定めようとでもするように、人が溢れ返っていた。
手元の資料を眺めつつ、隣と頭を寄せあい、どう見ても打ち合わせというよりは雑談の気配が濃厚な出席者は、50人を軽く越えている。各団体から1~2人来ているにしても多いと思ったら、壁際の数人がメディア系らしく、カメラを手にしていた。
「『ニット・キャンパス』のコーディネーター、『企画・イベント 晴』の源内頼起です。本来なら全体打ち合わせを本部のある大辻美術専門学校でするべきなんですが、出席者が予想以上に多かったのでこちらをお借りしました」
相変わらず上から下まで黒づくめの源内はにこやかに室内を見渡した。
「本日のスケジュールをご案内します。始めにこちらで全体の進行についてご説明し、ご質問を受け付けます。続いてホール、オープンと屋台、ソーシャルの3部門に分かれて、打ち合わせと調整を行います。ホールは私が、オープンと屋台は今回辻美文化祭と重ねるということで辻美校長と市役所担当が、ソーシャルは社会連絡協議会会長がそれぞれ担当責任者となります。各企業と参加団体は事前申し込みの通り各部屋にて打ち合わせを行って下さい」
それぞれの担当と示された人間が起立し、一礼して自己紹介し、拍手で迎えられる。
「…よろしくお願いいたします。終了後は再びこちらで進行報告と決定案をお伝えしますが、後日資料送付することもできますので、出席可能な方だけで結構です。事前配布資料でお伝えした通り、『ニット・キャンパス』の趣旨は学校や地域や行政が芸術部門において、互いの発想や力を持ち寄ってみんなの喜びをつくり出そうというものです。ブレインストーミング方式を使って可能不可能の検討の前に自由な発案を引き出して下さい。各部門ごとに柔軟で豊かなアイディアの提案を楽しみましょう」
うまいな、と京介は思った。
これだけの多人数、多団体参加のイベントは、理念だの意味だの責任だのの検討に時間を奪われがちで、実際にどのように実現していくかについては末端に丸投げされてしまい、子どものための豊かな時間をつくり出すと銘打ちながら、業者を雇ってイベントを行い、何人参加したか動員数で評価を行うような虚しい展開になりやすい。
だが源内は「基本」についてはラインをあらかじめ打ち出しておき、そこから具体的にどう参加するかで各部門に参加団体を引き入れると同時に、お互いにそれとない競争心を煽っていくことで活気を引き出しているわけだ。
おそらくは窓際のメディアも、それぞれの部門会議に散っていくのだろう。あえて録音系を準備していないのも、個人攻撃や演出としてのつまらない言い争いを防ぐ意図があると見える。
「ではイベントのスケジュールを御案内します。このスケジュールは『ニット・キャンパス』そのもののスケジュールでもありますが、事前準備や会議日程を含みます」
お手元の資料を御覧下さい、そう源内が続けたとたん、一人の男がのっそりと立ち上がった。
「すまないが」
「はい?」
源内が動きを止め、ざわめいていた部屋が静まる。
「質問したいんだが」
「申し訳ありません」
源内は爽やかに遮った。
「ご質問はスケジュール説明の後にお願いいたします」
「この会議打ち合わせ自体に異論がある」
男は構わずことばを継いだ。
「は?」
「君はコーディネーターと言ったな?」
「はい」
「なぜ『君』が『ニット・キャンパス』のコーディネーターになったのか、その経過を知りたい」
ああ、やっぱりこういうのが出てくるか。
京介は冷笑しながら男を見た。
年齢は50~60代、いかにも実直で地味な背広上下だが、高価そうなネクタイや時計をこれみよがしに見せているあたりがどうにもうさん臭い。会議の進行を遮る方法も物慣れているし、不審そうな周囲の視線にたじろいだ気配もないあたり、雇われた可能性もなきにしもあらずだ。
「…さて、どうする」
源内のお手並み拝見だな、と京介が見つめていると、源内は如何にも困惑したような顔でゆっくり部屋の中を見渡した。
「みなさん、説明が必要ですか?」
「俺はあんたに聞いてるんだ」
男の口調が荒くなった。
「答えをごまかす気か」
ごまかす気はない、そう受けた瞬間に、今のやりとりに噛みついてくるのは必至、もめごとの気配を察して既に及び腰になっている出席者も居る。
「誤解しておられるようですね」
「なに」
「私はコーディネーターです」
「そんなことはわかってる」
「この『ニット・キャンパス』は私が主催してるんじゃない」
「…」
男が訝しげに眉を寄せた。
「発案は辻美の高校生、協賛される企業や支援団体があって、『ニット・キャンパス』が動き出した」
「それがどうした」
「だから『ニット・キャンパス』の主催は、ここにおられるみなさんです」
「……だから」
「みなさんが説明が必要だとおっしゃるのなら、私にはそれを説明する義務がある。ですが」
源内は微笑した。
「その経過については既にご説明していますし、パンフレットにも載せていました。読まれた上でのご参加だと思っていたんですが、読まれておられない?」
「……」
男の顔に微かに怯みが出た。公的な場所で源内の責任の範囲を問い正し、そこに付け込んで何かの利益を得ようとしていたはずなのに、逆に参加した自己責任と判断を衆人環視の中で問い正される羽目になってしまったのに気付いたのだ。
「どこに、そんな、ものが」
「失礼ながら、お名前を」
源内が薄く笑って、京介は苦笑した。
終わったな、と男を見遣る。
「パンフレット送付時に漏れがあったとしたら大変申し訳ないことでした。是非改善の糸口にしたいと思いますので、どうぞお名前を」
名前を告げた途端に源内の側に控えている女性がリストをチェックし出すのは明らかだ。
「名前など、今はどうでもっ」
「では、参加部門を」
部門会議でそれを持ち越されては会議が進行しにくくなりますから、私がそちらに参加します。
「その際に適宜ご質問を承りましょう」
「う……、」
男は一瞬真っ赤になり、やがてふいに懐に手を入れた。
「連絡だ、失礼する!」
ぐるっと身を翻して周囲をうっとうしがらせながら部屋を出て行く。わざとらしく携帯を耳に当て、ドアを開けながら、私だ、今は会議中だ、と話しつつ遠ざかるのに、ほっと部屋の空気が弛んだ。
「……で、みなさん」
源内が声をかけると注目が一気に動く。
「私がコーディネーターである説明が必要ならばさせて頂きますが」
「必要ないでしょう」
聞き覚えのある声は大石だった。
「私には不要だ」
確かに、ああ、と周囲に頷く輪が広がり、源内が微笑しながら、ではスケジュールを、とボードに向き直った。
部屋の中は場所の狭さだけでなく、正面のホワイトボードの前に立っている源内を見定めようとでもするように、人が溢れ返っていた。
手元の資料を眺めつつ、隣と頭を寄せあい、どう見ても打ち合わせというよりは雑談の気配が濃厚な出席者は、50人を軽く越えている。各団体から1~2人来ているにしても多いと思ったら、壁際の数人がメディア系らしく、カメラを手にしていた。
「『ニット・キャンパス』のコーディネーター、『企画・イベント 晴』の源内頼起です。本来なら全体打ち合わせを本部のある大辻美術専門学校でするべきなんですが、出席者が予想以上に多かったのでこちらをお借りしました」
相変わらず上から下まで黒づくめの源内はにこやかに室内を見渡した。
「本日のスケジュールをご案内します。始めにこちらで全体の進行についてご説明し、ご質問を受け付けます。続いてホール、オープンと屋台、ソーシャルの3部門に分かれて、打ち合わせと調整を行います。ホールは私が、オープンと屋台は今回辻美文化祭と重ねるということで辻美校長と市役所担当が、ソーシャルは社会連絡協議会会長がそれぞれ担当責任者となります。各企業と参加団体は事前申し込みの通り各部屋にて打ち合わせを行って下さい」
それぞれの担当と示された人間が起立し、一礼して自己紹介し、拍手で迎えられる。
「…よろしくお願いいたします。終了後は再びこちらで進行報告と決定案をお伝えしますが、後日資料送付することもできますので、出席可能な方だけで結構です。事前配布資料でお伝えした通り、『ニット・キャンパス』の趣旨は学校や地域や行政が芸術部門において、互いの発想や力を持ち寄ってみんなの喜びをつくり出そうというものです。ブレインストーミング方式を使って可能不可能の検討の前に自由な発案を引き出して下さい。各部門ごとに柔軟で豊かなアイディアの提案を楽しみましょう」
うまいな、と京介は思った。
これだけの多人数、多団体参加のイベントは、理念だの意味だの責任だのの検討に時間を奪われがちで、実際にどのように実現していくかについては末端に丸投げされてしまい、子どものための豊かな時間をつくり出すと銘打ちながら、業者を雇ってイベントを行い、何人参加したか動員数で評価を行うような虚しい展開になりやすい。
だが源内は「基本」についてはラインをあらかじめ打ち出しておき、そこから具体的にどう参加するかで各部門に参加団体を引き入れると同時に、お互いにそれとない競争心を煽っていくことで活気を引き出しているわけだ。
おそらくは窓際のメディアも、それぞれの部門会議に散っていくのだろう。あえて録音系を準備していないのも、個人攻撃や演出としてのつまらない言い争いを防ぐ意図があると見える。
「ではイベントのスケジュールを御案内します。このスケジュールは『ニット・キャンパス』そのもののスケジュールでもありますが、事前準備や会議日程を含みます」
お手元の資料を御覧下さい、そう源内が続けたとたん、一人の男がのっそりと立ち上がった。
「すまないが」
「はい?」
源内が動きを止め、ざわめいていた部屋が静まる。
「質問したいんだが」
「申し訳ありません」
源内は爽やかに遮った。
「ご質問はスケジュール説明の後にお願いいたします」
「この会議打ち合わせ自体に異論がある」
男は構わずことばを継いだ。
「は?」
「君はコーディネーターと言ったな?」
「はい」
「なぜ『君』が『ニット・キャンパス』のコーディネーターになったのか、その経過を知りたい」
ああ、やっぱりこういうのが出てくるか。
京介は冷笑しながら男を見た。
年齢は50~60代、いかにも実直で地味な背広上下だが、高価そうなネクタイや時計をこれみよがしに見せているあたりがどうにもうさん臭い。会議の進行を遮る方法も物慣れているし、不審そうな周囲の視線にたじろいだ気配もないあたり、雇われた可能性もなきにしもあらずだ。
「…さて、どうする」
源内のお手並み拝見だな、と京介が見つめていると、源内は如何にも困惑したような顔でゆっくり部屋の中を見渡した。
「みなさん、説明が必要ですか?」
「俺はあんたに聞いてるんだ」
男の口調が荒くなった。
「答えをごまかす気か」
ごまかす気はない、そう受けた瞬間に、今のやりとりに噛みついてくるのは必至、もめごとの気配を察して既に及び腰になっている出席者も居る。
「誤解しておられるようですね」
「なに」
「私はコーディネーターです」
「そんなことはわかってる」
「この『ニット・キャンパス』は私が主催してるんじゃない」
「…」
男が訝しげに眉を寄せた。
「発案は辻美の高校生、協賛される企業や支援団体があって、『ニット・キャンパス』が動き出した」
「それがどうした」
「だから『ニット・キャンパス』の主催は、ここにおられるみなさんです」
「……だから」
「みなさんが説明が必要だとおっしゃるのなら、私にはそれを説明する義務がある。ですが」
源内は微笑した。
「その経過については既にご説明していますし、パンフレットにも載せていました。読まれた上でのご参加だと思っていたんですが、読まれておられない?」
「……」
男の顔に微かに怯みが出た。公的な場所で源内の責任の範囲を問い正し、そこに付け込んで何かの利益を得ようとしていたはずなのに、逆に参加した自己責任と判断を衆人環視の中で問い正される羽目になってしまったのに気付いたのだ。
「どこに、そんな、ものが」
「失礼ながら、お名前を」
源内が薄く笑って、京介は苦笑した。
終わったな、と男を見遣る。
「パンフレット送付時に漏れがあったとしたら大変申し訳ないことでした。是非改善の糸口にしたいと思いますので、どうぞお名前を」
名前を告げた途端に源内の側に控えている女性がリストをチェックし出すのは明らかだ。
「名前など、今はどうでもっ」
「では、参加部門を」
部門会議でそれを持ち越されては会議が進行しにくくなりますから、私がそちらに参加します。
「その際に適宜ご質問を承りましょう」
「う……、」
男は一瞬真っ赤になり、やがてふいに懐に手を入れた。
「連絡だ、失礼する!」
ぐるっと身を翻して周囲をうっとうしがらせながら部屋を出て行く。わざとらしく携帯を耳に当て、ドアを開けながら、私だ、今は会議中だ、と話しつつ遠ざかるのに、ほっと部屋の空気が弛んだ。
「……で、みなさん」
源内が声をかけると注目が一気に動く。
「私がコーディネーターである説明が必要ならばさせて頂きますが」
「必要ないでしょう」
聞き覚えのある声は大石だった。
「私には不要だ」
確かに、ああ、と周囲に頷く輪が広がり、源内が微笑しながら、ではスケジュールを、とボードに向き直った。
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