『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
328 / 503
第4章

6.コーリング・ステーション(2)

しおりを挟む
「本日はお忙しいところをお集り頂き、ありがとうございます」
 部屋の中は場所の狭さだけでなく、正面のホワイトボードの前に立っている源内を見定めようとでもするように、人が溢れ返っていた。
 手元の資料を眺めつつ、隣と頭を寄せあい、どう見ても打ち合わせというよりは雑談の気配が濃厚な出席者は、50人を軽く越えている。各団体から1~2人来ているにしても多いと思ったら、壁際の数人がメディア系らしく、カメラを手にしていた。
「『ニット・キャンパス』のコーディネーター、『企画・イベント 晴』の源内頼起です。本来なら全体打ち合わせを本部のある大辻美術専門学校でするべきなんですが、出席者が予想以上に多かったのでこちらをお借りしました」
 相変わらず上から下まで黒づくめの源内はにこやかに室内を見渡した。
「本日のスケジュールをご案内します。始めにこちらで全体の進行についてご説明し、ご質問を受け付けます。続いてホール、オープンと屋台、ソーシャルの3部門に分かれて、打ち合わせと調整を行います。ホールは私が、オープンと屋台は今回辻美文化祭と重ねるということで辻美校長と市役所担当が、ソーシャルは社会連絡協議会会長がそれぞれ担当責任者となります。各企業と参加団体は事前申し込みの通り各部屋にて打ち合わせを行って下さい」
 それぞれの担当と示された人間が起立し、一礼して自己紹介し、拍手で迎えられる。
「…よろしくお願いいたします。終了後は再びこちらで進行報告と決定案をお伝えしますが、後日資料送付することもできますので、出席可能な方だけで結構です。事前配布資料でお伝えした通り、『ニット・キャンパス』の趣旨は学校や地域や行政が芸術部門において、互いの発想や力を持ち寄ってみんなの喜びをつくり出そうというものです。ブレインストーミング方式を使って可能不可能の検討の前に自由な発案を引き出して下さい。各部門ごとに柔軟で豊かなアイディアの提案を楽しみましょう」
 うまいな、と京介は思った。
 これだけの多人数、多団体参加のイベントは、理念だの意味だの責任だのの検討に時間を奪われがちで、実際にどのように実現していくかについては末端に丸投げされてしまい、子どものための豊かな時間をつくり出すと銘打ちながら、業者を雇ってイベントを行い、何人参加したか動員数で評価を行うような虚しい展開になりやすい。
 だが源内は「基本」についてはラインをあらかじめ打ち出しておき、そこから具体的にどう参加するかで各部門に参加団体を引き入れると同時に、お互いにそれとない競争心を煽っていくことで活気を引き出しているわけだ。
 おそらくは窓際のメディアも、それぞれの部門会議に散っていくのだろう。あえて録音系を準備していないのも、個人攻撃や演出としてのつまらない言い争いを防ぐ意図があると見える。
「ではイベントのスケジュールを御案内します。このスケジュールは『ニット・キャンパス』そのもののスケジュールでもありますが、事前準備や会議日程を含みます」
 お手元の資料を御覧下さい、そう源内が続けたとたん、一人の男がのっそりと立ち上がった。
「すまないが」
「はい?」
 源内が動きを止め、ざわめいていた部屋が静まる。
「質問したいんだが」
「申し訳ありません」
 源内は爽やかに遮った。
「ご質問はスケジュール説明の後にお願いいたします」
「この会議打ち合わせ自体に異論がある」
 男は構わずことばを継いだ。
「は?」
「君はコーディネーターと言ったな?」
「はい」
「なぜ『君』が『ニット・キャンパス』のコーディネーターになったのか、その経過を知りたい」
 ああ、やっぱりこういうのが出てくるか。
 京介は冷笑しながら男を見た。
 年齢は50~60代、いかにも実直で地味な背広上下だが、高価そうなネクタイや時計をこれみよがしに見せているあたりがどうにもうさん臭い。会議の進行を遮る方法も物慣れているし、不審そうな周囲の視線にたじろいだ気配もないあたり、雇われた可能性もなきにしもあらずだ。
「…さて、どうする」
 源内のお手並み拝見だな、と京介が見つめていると、源内は如何にも困惑したような顔でゆっくり部屋の中を見渡した。
「みなさん、説明が必要ですか?」
「俺はあんたに聞いてるんだ」
 男の口調が荒くなった。
「答えをごまかす気か」
 ごまかす気はない、そう受けた瞬間に、今のやりとりに噛みついてくるのは必至、もめごとの気配を察して既に及び腰になっている出席者も居る。
「誤解しておられるようですね」
「なに」
「私はコーディネーターです」
「そんなことはわかってる」
「この『ニット・キャンパス』は私が主催してるんじゃない」
「…」
 男が訝しげに眉を寄せた。
「発案は辻美の高校生、協賛される企業や支援団体があって、『ニット・キャンパス』が動き出した」
「それがどうした」
「だから『ニット・キャンパス』の主催は、ここにおられるみなさんです」
「……だから」
「みなさんが説明が必要だとおっしゃるのなら、私にはそれを説明する義務がある。ですが」
 源内は微笑した。
「その経過については既にご説明していますし、パンフレットにも載せていました。読まれた上でのご参加だと思っていたんですが、読まれておられない?」
「……」
 男の顔に微かに怯みが出た。公的な場所で源内の責任の範囲を問い正し、そこに付け込んで何かの利益を得ようとしていたはずなのに、逆に参加した自己責任と判断を衆人環視の中で問い正される羽目になってしまったのに気付いたのだ。
「どこに、そんな、ものが」
「失礼ながら、お名前を」
 源内が薄く笑って、京介は苦笑した。
 終わったな、と男を見遣る。
「パンフレット送付時に漏れがあったとしたら大変申し訳ないことでした。是非改善の糸口にしたいと思いますので、どうぞお名前を」
 名前を告げた途端に源内の側に控えている女性がリストをチェックし出すのは明らかだ。
「名前など、今はどうでもっ」
「では、参加部門を」
 部門会議でそれを持ち越されては会議が進行しにくくなりますから、私がそちらに参加します。
「その際に適宜ご質問を承りましょう」
「う……、」
 男は一瞬真っ赤になり、やがてふいに懐に手を入れた。
「連絡だ、失礼する!」
 ぐるっと身を翻して周囲をうっとうしがらせながら部屋を出て行く。わざとらしく携帯を耳に当て、ドアを開けながら、私だ、今は会議中だ、と話しつつ遠ざかるのに、ほっと部屋の空気が弛んだ。
「……で、みなさん」
 源内が声をかけると注目が一気に動く。
「私がコーディネーターである説明が必要ならばさせて頂きますが」
「必要ないでしょう」
 聞き覚えのある声は大石だった。
「私には不要だ」
 確かに、ああ、と周囲に頷く輪が広がり、源内が微笑しながら、ではスケジュールを、とボードに向き直った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

【R18】淫乱メイドは今日も乱れる

ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。 毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を…… ※性的な表現が多分にあるのでご注意ください

処理中です...