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第4章
6.コーリング・ステーション(1)
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一体何を考えてるの、伊吹さん。
ともすれば、疑問がぐるぐるしそうになるのを堪えつつ、京介は市役所の会議室へ向かっている。
今日は参加企業と支援団体、教育関係者や地域自治会などとの調整とスケージュール確認が行われることになっていて、京介は桜木通販の担当者として出席することになっていた。
『一緒に来ますか?』
伊吹がさらりと誘ったから、思わずうん、と応えてしまったけれど、ひょっとして渡来と仲がいいところを見せつけられたりするのだろうか、そう不安になる。
「第一、デートに他の男が同行するって」
困るのは伊吹だろうに、そう考えて気付く。
「……僕を気遣ってくれた?」
何があったんだろう、どんなことを話したんだろうと気にするだろうと、だから京介に同行するかと尋ねてくれたのか。
「……行くって言っちゃ、まずかったかな」
ここは大人の余裕で、いいよ行ってきて、とか笑ってみせるところだったのかな。
「伊吹さんを信じていないみたいに思われる?
右手の指輪を見つめる。
伊吹はやっぱり会社では指輪を嵌めてくれないけれど、昨日の朝、ほらここにありますからねと胸のポケットから小さな袋を取り出して見せてくれた。フェルトのようなやわらかくて厚めの布、手作りらしいそれに包まれている指輪は、まるで特別なケースにおさめられたもののように柔らかく光っていてほっとしたけれど、身体には着けてくれてないんだ、と拗ねてしまった京介に、軽くキスしてくれて。
『大事にしてるんですよ』
『だって』
『私は事務補佐ですんで、いろんな仕事をしますから』
『?』
『固い荷物だって運ぶし、印刷インクだって付くし、トイレ掃除の洗剤とか、お茶当番の流し用クレンザーとかいろいろ使うんですよ?』
『ああ…』
確かに京介はそういう仕事はしない。もっぱらデスクワーク、パソコンと電話が相手だ。
『石が付いていると大切に扱ってやらないとすぐに変色するし傷つくし』
『………うん』
『京介と一緒に居る時は付けますから』
変色しても傷ついても、僕のものだと叫びたいから、とはさすがに言えなくなってしまった。同時に、自分が伊吹の仕事を何ほどもわかっていないのを改めて知って、それが情けなくて恥ずかしかった。
『ごめんね?』
『え?』
『僕…わがままだった?』
「いいえ』
にっこり笑った伊吹が、わがままを言ってくれる距離に居て下さいね、京介、そう囁きながら耳にキスしてくれて、もう少し時間があればもっと愛してもらえたのに、とひどく悔しかった。
「……うん」
そうだ、伊吹は京介を大事にしてくれるし、気遣ってくれる。その伊吹が渡来とのデートに一緒に来るかと誘ってくれたのだ、きっと何か考えがあるのだろう。
「僕は伊吹を信じる」
うん、と一つ頷いて、京介は市役所の中に入っていった。
ともすれば、疑問がぐるぐるしそうになるのを堪えつつ、京介は市役所の会議室へ向かっている。
今日は参加企業と支援団体、教育関係者や地域自治会などとの調整とスケージュール確認が行われることになっていて、京介は桜木通販の担当者として出席することになっていた。
『一緒に来ますか?』
伊吹がさらりと誘ったから、思わずうん、と応えてしまったけれど、ひょっとして渡来と仲がいいところを見せつけられたりするのだろうか、そう不安になる。
「第一、デートに他の男が同行するって」
困るのは伊吹だろうに、そう考えて気付く。
「……僕を気遣ってくれた?」
何があったんだろう、どんなことを話したんだろうと気にするだろうと、だから京介に同行するかと尋ねてくれたのか。
「……行くって言っちゃ、まずかったかな」
ここは大人の余裕で、いいよ行ってきて、とか笑ってみせるところだったのかな。
「伊吹さんを信じていないみたいに思われる?
右手の指輪を見つめる。
伊吹はやっぱり会社では指輪を嵌めてくれないけれど、昨日の朝、ほらここにありますからねと胸のポケットから小さな袋を取り出して見せてくれた。フェルトのようなやわらかくて厚めの布、手作りらしいそれに包まれている指輪は、まるで特別なケースにおさめられたもののように柔らかく光っていてほっとしたけれど、身体には着けてくれてないんだ、と拗ねてしまった京介に、軽くキスしてくれて。
『大事にしてるんですよ』
『だって』
『私は事務補佐ですんで、いろんな仕事をしますから』
『?』
『固い荷物だって運ぶし、印刷インクだって付くし、トイレ掃除の洗剤とか、お茶当番の流し用クレンザーとかいろいろ使うんですよ?』
『ああ…』
確かに京介はそういう仕事はしない。もっぱらデスクワーク、パソコンと電話が相手だ。
『石が付いていると大切に扱ってやらないとすぐに変色するし傷つくし』
『………うん』
『京介と一緒に居る時は付けますから』
変色しても傷ついても、僕のものだと叫びたいから、とはさすがに言えなくなってしまった。同時に、自分が伊吹の仕事を何ほどもわかっていないのを改めて知って、それが情けなくて恥ずかしかった。
『ごめんね?』
『え?』
『僕…わがままだった?』
「いいえ』
にっこり笑った伊吹が、わがままを言ってくれる距離に居て下さいね、京介、そう囁きながら耳にキスしてくれて、もう少し時間があればもっと愛してもらえたのに、とひどく悔しかった。
「……うん」
そうだ、伊吹は京介を大事にしてくれるし、気遣ってくれる。その伊吹が渡来とのデートに一緒に来るかと誘ってくれたのだ、きっと何か考えがあるのだろう。
「僕は伊吹を信じる」
うん、と一つ頷いて、京介は市役所の中に入っていった。
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