『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
327 / 503
第4章

6.コーリング・ステーション(1)

しおりを挟む
 一体何を考えてるの、伊吹さん。
 ともすれば、疑問がぐるぐるしそうになるのを堪えつつ、京介は市役所の会議室へ向かっている。
 今日は参加企業と支援団体、教育関係者や地域自治会などとの調整とスケージュール確認が行われることになっていて、京介は桜木通販の担当者として出席することになっていた。
『一緒に来ますか?』
 伊吹がさらりと誘ったから、思わずうん、と応えてしまったけれど、ひょっとして渡来と仲がいいところを見せつけられたりするのだろうか、そう不安になる。
「第一、デートに他の男が同行するって」
 困るのは伊吹だろうに、そう考えて気付く。
「……僕を気遣ってくれた?」
 何があったんだろう、どんなことを話したんだろうと気にするだろうと、だから京介に同行するかと尋ねてくれたのか。
「……行くって言っちゃ、まずかったかな」
 ここは大人の余裕で、いいよ行ってきて、とか笑ってみせるところだったのかな。
「伊吹さんを信じていないみたいに思われる?
 右手の指輪を見つめる。
 伊吹はやっぱり会社では指輪を嵌めてくれないけれど、昨日の朝、ほらここにありますからねと胸のポケットから小さな袋を取り出して見せてくれた。フェルトのようなやわらかくて厚めの布、手作りらしいそれに包まれている指輪は、まるで特別なケースにおさめられたもののように柔らかく光っていてほっとしたけれど、身体には着けてくれてないんだ、と拗ねてしまった京介に、軽くキスしてくれて。
『大事にしてるんですよ』
『だって』
『私は事務補佐ですんで、いろんな仕事をしますから』
『?』
『固い荷物だって運ぶし、印刷インクだって付くし、トイレ掃除の洗剤とか、お茶当番の流し用クレンザーとかいろいろ使うんですよ?』
『ああ…』
 確かに京介はそういう仕事はしない。もっぱらデスクワーク、パソコンと電話が相手だ。
『石が付いていると大切に扱ってやらないとすぐに変色するし傷つくし』
『………うん』
『京介と一緒に居る時は付けますから』
 変色しても傷ついても、僕のものだと叫びたいから、とはさすがに言えなくなってしまった。同時に、自分が伊吹の仕事を何ほどもわかっていないのを改めて知って、それが情けなくて恥ずかしかった。
『ごめんね?』
『え?』
『僕…わがままだった?』
「いいえ』
 にっこり笑った伊吹が、わがままを言ってくれる距離に居て下さいね、京介、そう囁きながら耳にキスしてくれて、もう少し時間があればもっと愛してもらえたのに、とひどく悔しかった。
「……うん」
 そうだ、伊吹は京介を大事にしてくれるし、気遣ってくれる。その伊吹が渡来とのデートに一緒に来るかと誘ってくれたのだ、きっと何か考えがあるのだろう。
「僕は伊吹を信じる」
 うん、と一つ頷いて、京介は市役所の中に入っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】淫乱メイドは今日も乱れる

ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。 毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を…… ※性的な表現が多分にあるのでご注意ください

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...