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第4章
2.ビハインド(7)
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ずるずる。
「おいしいですね」
ずるずるずるずる。
「スープにちょっととろみがあるのかな」
「……冷えた体に、いいからって」
「ああ、なるほど」
「……………久しぶりに、食べました」
「…そうですか」
美並の前で五目そばを啜りながら、有沢はずっと俯いている。
数人居た客も全員帰って、店の中は有沢と美並と店主だけだ。
店主がふいにのっそりと側にやってきて、揚げと昆布の煮物の器を置いた。
「? 頼んでませんよ?」
「それも好きだったんだ」
「……かなり濃い味ですね」
店主が泣き笑いのような顔をして唇を歪める。
「酒飲みは濃い味を好むもんだろって。後で水をがぶ飲みしてたよ」
「……なるほど」
美並は頷いた。
用意周到だ。
太田は周囲が考えているより、うんと用意周到な人間だ。
なのに、有沢に頼まれたとはいえ、ちょっと気にかかったからと疑わしい男を追跡してしまう? 応援一人とも連絡をつけずに?
いやむしろ。
「私も頂いていいですか」
「どうぞ」
有沢がそっと煮物に箸をつける。もぐもぐと噛み締める顔はひどく幼い。
太田は百戦錬磨のしたたかで有能な刑事だった。日常生活も刑事の小道具として生かすことを考えていて、それを見事にこなしていた。
そんな男が、両手を縛られ滅多突きにされるような状況になる? 多勢に無勢だったのか? いやそれでも、太田ならそういう事態を考えなかったはずはないだろう。万が一の対策を、何も考えずに追ったはずもない。
だから店主や顔見知りの客達は有沢が太田を見殺しにしたと考えているのだ、無意識に。太田の死に様があまりにも彼自身の在り方とそぐわないから、そこには何か知らされている以外のことがあったと感じている。
そうだ、そこにはもう一つ考えなくてはならないことがある。
おそらくは有沢もそれを。
「有沢さん」
「はい?」
「この後は向田署に行くんですか?」
「っ」
ぎくりと顔を強張らせて、有沢が視線を上げる。
「なぜ?」
「同じことを考えているのだと思います」
美並の返事に、有沢は静かに目を細めた。
「おいしいですね」
ずるずるずるずる。
「スープにちょっととろみがあるのかな」
「……冷えた体に、いいからって」
「ああ、なるほど」
「……………久しぶりに、食べました」
「…そうですか」
美並の前で五目そばを啜りながら、有沢はずっと俯いている。
数人居た客も全員帰って、店の中は有沢と美並と店主だけだ。
店主がふいにのっそりと側にやってきて、揚げと昆布の煮物の器を置いた。
「? 頼んでませんよ?」
「それも好きだったんだ」
「……かなり濃い味ですね」
店主が泣き笑いのような顔をして唇を歪める。
「酒飲みは濃い味を好むもんだろって。後で水をがぶ飲みしてたよ」
「……なるほど」
美並は頷いた。
用意周到だ。
太田は周囲が考えているより、うんと用意周到な人間だ。
なのに、有沢に頼まれたとはいえ、ちょっと気にかかったからと疑わしい男を追跡してしまう? 応援一人とも連絡をつけずに?
いやむしろ。
「私も頂いていいですか」
「どうぞ」
有沢がそっと煮物に箸をつける。もぐもぐと噛み締める顔はひどく幼い。
太田は百戦錬磨のしたたかで有能な刑事だった。日常生活も刑事の小道具として生かすことを考えていて、それを見事にこなしていた。
そんな男が、両手を縛られ滅多突きにされるような状況になる? 多勢に無勢だったのか? いやそれでも、太田ならそういう事態を考えなかったはずはないだろう。万が一の対策を、何も考えずに追ったはずもない。
だから店主や顔見知りの客達は有沢が太田を見殺しにしたと考えているのだ、無意識に。太田の死に様があまりにも彼自身の在り方とそぐわないから、そこには何か知らされている以外のことがあったと感じている。
そうだ、そこにはもう一つ考えなくてはならないことがある。
おそらくは有沢もそれを。
「有沢さん」
「はい?」
「この後は向田署に行くんですか?」
「っ」
ぎくりと顔を強張らせて、有沢が視線を上げる。
「なぜ?」
「同じことを考えているのだと思います」
美並の返事に、有沢は静かに目を細めた。
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
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