『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

1.一人と二人(5)

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「……彼には」
 話しかけられて我に返る。
 『飯島』のこと、事件のこと、そしてそれに美並が不思議なほど深く関わっていたこと。
 ひょっとしたら、美並がどこかの時点で自分の力を受け入れて動いていたら防げたかもしれない、真崎に続く数々の傷みのこと。
「……まだ話してません」
 どこから話せばいいだろう。
 何を話せばいいだろう。
 どこまで信じてもらえるだろう。
 そして。
「決心が、つかなくて」
 それでも美並のことを必要だと思ってもらえるだろうか、自分の傷みの底に美並が居たと知っても?
「きっと傷つくと思うから」
 孝のことも、美並のことも、そして今こうして真崎に話さないままに動き出していることを後で聞かされて。
「……君のせいじゃない」
 有沢が優しい声で呟いて触れてくる。
 きっと真崎もそう言うだろう、美並の気持ちを守ろうとして。
 けれどその代わりに、真崎はまた自分を疑うのではないだろうか。自分が頼りないから美並が自分をあてにしてくれなかったと。自分はやはり存在していても意味がないのだと。
 守りたいから、傷つけたくないから、だから黙っているのだとわかってくれというのは無理だろうか。
「君が悪いんじゃない」
 だだをこねる小さな娘を慰めるように、有沢はぽんぽんと軽く叩いてくる。
 けれどそれは見当違いだ、と美並は思った。
 美並が今一番案じているのは、自分が真崎に嫌われることではないし、自分の責任を問われることなどではない。そんなものならいくらでも背負える。
 一番怖いのは、ようやく解れて笑って歩き出した真崎を、再び傷めつけること、それだけだ。
 それさえ防げるなら、何を恐れることがあろう、かけがえのない大切な人さえ守れれば、その人が笑ってさえいてくれるなら。
「……そっか……」
 小さく呟いて頷いた。
「でも」
「……ん?」
 覗き込む有沢を見上げた。
 簡単なことだ、何をすればいいのかなんて決まっている。
「近いうちに、ちゃんと話します」
 選ばれた指輪。込められた祈り。真崎の望みが何か、美並はよく知っているはずではないのか。
「わかってくれないかもしれないけど」
 話し方がへたで、うまく話せなくて。
「ひょっとしたら、憎まれるかもしれないけど」
 僕が君を一人にしておいても平気だと思ってたの、とぶち切れるかもしれないけれど。
 でも伝えることはいつも一つだ。
「私は京介が大事ですから」
 最初から最後まで、心臓の奥まで切り開かれても、それしかないんだから。
 伝えきれなければ、もう一度はじめから全部全部やり直す、何十年かかっても。
 それが指輪の意味ではないのか、それが一緒に生きるという意味ではないのか。
「……」
 有沢がゆっくり瞬きする。
 茫然としたその顔に笑った。
「最後に一緒に居られればなんとでもなります」
「………伊吹、さん」
「……はい?」
 のろのろと俯いた有沢が掠れた声で笑う。
「……死にたく、ないなあ」
 垂れた前髪で表情が見えなくなる。
「俺がもし、真崎さんなら」
 君のためだけにでも生き延びたくなる。
「もっと早く……」
 君の側にくれば、よかった。
 低い笑い声と一緒に光るものが地面に落ちた。
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