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『ミッドナイト・ウェイ』
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やってきた電車に急ぎ足に乗り込む人波、京介は押されるように社内に滑り込みながら、そのまま反対のドアまで辿り着いてもたれる。そうして一人体を抱いて、疲れ切って醒め切った心を動かないように虫ピンに止めて運ばれていた、これまでは。
けれど今は。
「伊吹さん、こっち」
「はい」
伸ばした掌にすがりつくように握りしめてくる伊吹の手を、微笑みながら受け取って体の近くに引き寄せて、そのまま抱き締めてしまいたくなるのを堪えるのもまた幸福。
「きつくない?」
「大丈夫」
ドアの近くの空間に伊吹を押し付けて、覆い被さるように人波から守れば、見上げてくる伊吹がちょいちょいと指で呼ぶ。
「?」
「そうしてると」
顔を降ろすと柔らかな声が届いた。
「ベッドみたい」
「っ」
顔をうつむけたせいでふわりと額にかかった前髪と指先でくすぐられて、じん、と甘い痺れが腰に走った。
「感じた?」
「……意地悪」
こんなところでそんなこと言わないで。
耳元に囁くと、ひくりと伊吹が身を竦めて、相手も準備しつつあると気づく。
「感じた?」
「いじわる」
小さな声に微笑むと、目を細めて微笑み返す伊吹のこめかみに素早くキスして顔を上げる。
ああ、どうしよう。
全部持ち運びたい。
切羽詰まった気持ちに、思わずちょっと目を閉じて顔を逸らした。
全部全部。
伊吹さんの顔も声も体温も手触りも匂いも全部。
そうしたら僕は。
「無敵だよね」
「はい?」
きょとんとした伊吹にううん、ちょっと、と囁いて、ドアの外に流れる景色を見た。
夜の街は眠りに落ちていこうとしている。灯る明かりは一つ一つ愛しい人の面影を宿す、そう思って眺められるなんて、昔は考えもしなかった。今は伊吹を思う、明かり一つにも伊吹の笑う顔を。
「……そうだ」
「?」
「家に帰ったら写真撮らせて」
「??」
「携帯の待ち受けにする」
「っ」
恥ずかしいでしょ? 開けるたびに見えるんですよ?
「嬉しいでしょ? 開けるたびに会えるんだよ?」
にこにこしながら言い返すと、ちょっと唇を尖らせた伊吹が、
「画像でいいんですね?」
「代用品に決まってるでしょ」
でも、一人でいるしかない時は効果的だし。
「う」
「なに?」
「まさか」
「まさか?」
「……」
トイレとか。
ぼそりと呟かれた一言に、やだなあ、そこまで僕は、と言いかけて、京介は黙る。
「おい」
「……ごめん」
約束できません、ごめんなさい。
謝った京介は軽く伊吹に足を踏まれた。
けれど今は。
「伊吹さん、こっち」
「はい」
伸ばした掌にすがりつくように握りしめてくる伊吹の手を、微笑みながら受け取って体の近くに引き寄せて、そのまま抱き締めてしまいたくなるのを堪えるのもまた幸福。
「きつくない?」
「大丈夫」
ドアの近くの空間に伊吹を押し付けて、覆い被さるように人波から守れば、見上げてくる伊吹がちょいちょいと指で呼ぶ。
「?」
「そうしてると」
顔を降ろすと柔らかな声が届いた。
「ベッドみたい」
「っ」
顔をうつむけたせいでふわりと額にかかった前髪と指先でくすぐられて、じん、と甘い痺れが腰に走った。
「感じた?」
「……意地悪」
こんなところでそんなこと言わないで。
耳元に囁くと、ひくりと伊吹が身を竦めて、相手も準備しつつあると気づく。
「感じた?」
「いじわる」
小さな声に微笑むと、目を細めて微笑み返す伊吹のこめかみに素早くキスして顔を上げる。
ああ、どうしよう。
全部持ち運びたい。
切羽詰まった気持ちに、思わずちょっと目を閉じて顔を逸らした。
全部全部。
伊吹さんの顔も声も体温も手触りも匂いも全部。
そうしたら僕は。
「無敵だよね」
「はい?」
きょとんとした伊吹にううん、ちょっと、と囁いて、ドアの外に流れる景色を見た。
夜の街は眠りに落ちていこうとしている。灯る明かりは一つ一つ愛しい人の面影を宿す、そう思って眺められるなんて、昔は考えもしなかった。今は伊吹を思う、明かり一つにも伊吹の笑う顔を。
「……そうだ」
「?」
「家に帰ったら写真撮らせて」
「??」
「携帯の待ち受けにする」
「っ」
恥ずかしいでしょ? 開けるたびに見えるんですよ?
「嬉しいでしょ? 開けるたびに会えるんだよ?」
にこにこしながら言い返すと、ちょっと唇を尖らせた伊吹が、
「画像でいいんですね?」
「代用品に決まってるでしょ」
でも、一人でいるしかない時は効果的だし。
「う」
「なに?」
「まさか」
「まさか?」
「……」
トイレとか。
ぼそりと呟かれた一言に、やだなあ、そこまで僕は、と言いかけて、京介は黙る。
「おい」
「……ごめん」
約束できません、ごめんなさい。
謝った京介は軽く伊吹に足を踏まれた。
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