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2.『羽根』の誇り(1)
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『…ラズーンを…亡ぼそう…』
確かにそう聞こえた、あの夜、ユーノを抱きしめたアシャの唇から。
病床から蘇ったアシャは、あまりにも人離れしていて『魔』の匂いが濃く、なのに切なげな訴えはあまりにも迷いに満ちて幼く、『人』と『魔』の間に存在するものはこれほど胸を疼かせるのかと思ったが。
『ユーノ………俺を…離すな』
堪えきれずに泣きじゃくったユーノを守るかのように包むかのように抱いたアシャの囁き。
酷い男だ、人の気持ちを省みることのない人間だ、ユーノを切り捨て、しかも自分の守護を命じるような奴だ、それでも……救う人間を選抜すると言う役目を受け入れた、ラズーンの王子。
「…」
『氷の双宮』の入り口付近を振り返る。
レアナが付き添ったと聞いた。重荷の幾分かは軽くなっただろうか。
そうして今、ラズーン外壁内側を回りながら万が一の綻びを探すユーノの働きも、少しはアシャの負担を減らせるだろうか。
「…」
首を振って向き直る。
(そんなはずはない)
アシャの背負う責務は重く厳しい。『氷の双宮』という人の最後の砦の中へ、守られるべき命だけを選別して迎え入れる。『死の女神(イラークトル)』を代行するかのような暴挙、神々への不敬と囁く声も聞かれる。ましてや、自分達の命をたった一人で振り分けようとする男、それがたとえラズーン唯一の正統後継者であり、先日までは誇り讃え祭り上げていた王子であっても、受け入れがたいと思うのは人の常だ。
(姉さま)
レアナのしなやかな指先と温かな面ざしを思い出す。
(アシャを支えて)
人と魔の間で、必死に正しくあろうとする彼を。
(守ってあげて)
責務に潰され、再び炎と化すアシャを見たくない。
(私にはアシャを斬ることしかできない)
お前は人に値しない。お前は人を裏切った。その贖いとして命を差し出せと、立ちはだかることしか許されていない。
「…」
唇を強く引き締め、昂然と顔を上げて、ヒストの手綱を握る。
「行こう」
軽く首を振ったヒストが、ゆっくりとまた歩みを始める。
現在、ラズーン外壁の四つの門は閉じられていた。特に、その外壁遠くで夜戦部隊(シーガリオン)と『鉄羽根』がぶつかり出したと聞くミダス公管理下にあった南の門は、堅くしっかりと閉じられている。次にここが開くのは、『氷の双宮』への人々の選別と退避が終了し、門が閉ざされ籠城の構えとなってからだ。南での戦線を徐々に引き上げて、ラズーン内部へ敵を引き摺り込み、地の利を生かして『運命(リマイン)』の戦力を削っていく。
セシ公発案で、既にラズーン外壁の内側は、建物や木々などを生かして幾つの区画に分断されていた。各門を巧みに開け閉めすることで、敵を散らし、撃破しやすく切り離していく。確かに兵の数などは大差ないかもしれないが、『運命(リマイン)』そのものも無限に人間に乗り移り支配できないことは、これまでの戦いからわかっている。支配下(ロダ)にあるラズーン反勢力の人間達も、司令官を欠けば烏合の衆に戻る。
東は既に荒れ野となった。西はパディスの草原が進軍を阻み『金羽根』が抑えてくれている。押し寄せてくる南の戦力をやり過ごせば、ラズーンにも勝機はある。そのためには、ラズーン外壁内側のこの場所を、如何にぎりぎりまで侵攻から防ぎ、効果的に使えるかにかかっている。
ユーノの頭の中に、三角州から消えた大量の兵士が過ぎる。
もしあの軍が、裏切り者の視察官(オペ)に拠って、この外壁内側の何処かに潜ませられていたら。退避の混乱に乗じて、密かに拠点を築かれていたら。外壁から慣れた内側に敵を招じ入れ叩き潰すはずの計画に、背後から撃たれるようなことがあったら。
例えば、宙道を使って引き入れられているのに気づかなかったら。
遠からずラズーンは『氷の双宮』を包囲され、滅亡する。
がさっ。
「っ!」
既に人々の退避が進み、無人の街となったはずの区画から音が響いて、ユーノは素早く振り返った。ここには野山を駆ける獣もほとんどいない。人気のなくなった街、静かに視線を巡らせる。
動きはない。
昼過ぎての日差しは辺りを眩く照らしていた。右側少し離れた位置に、ラズーン外壁内側が見える。
立ち並ぶ建物のほとんどは小さなもので、外壁近くは中央と違って人通りも元より少なく、どちらかというと裕福ではない老人や身寄りのないものが多く住まうと聞いていた。木や石、塗り込められた土などで作られた素朴な建物、セレドにもこういう区画はあったが、と見回していて、ぎくりと体を強張らせる。
同じような建物が並ぶ一つの家の窓から、木が突き出していた。よく見ると、かしいで少し開いた扉の内側からも、鮮やかな緑がはみ出している。カーテンを押しのけるように、枝が布地を内側から掻き分けて葉が茂っている。
ユーノの警戒を感じたのだろう、緊張を高めるヒストを宥めながら、静かに馬を降りて近づいた。
「……住んでいなかったんだ…」
覗き見ると、木々の枝は家の中から突き上げ屋根を突き破り、別の家の壁へと伸びていた。日差しが入り込み、中にあったテーブルと倒れた椅子、棚が崩れて食器が転げ落ちているのを照らしている。奥の方には寝床らしいものを蔦が覆い、床の敷物はぼろぼろになって散らばっている。
誰もいない。
いや、誰もいなかったのだ、ずっと前から。
いつからだろう。この木の伸び具合から見ると、『氷の双宮』への退避が始まってから、住民が家を捨てたのではなさそうだ。
思わず体を引いて、通りを埋めるほど並んだ建物の群れを見やる。一度崩壊を見つけた目には、さっき通っただけでは見えなかった光景、幾つもの建物がもう随分前に人が手放して木々や野草に好き放題に食い尽くされつつあるのが見えた。
「半分……いや、もっと…?」
セレドから旅をしてきて、ラズーンに入った時の光景を思い出す。大きな金属の磨き抜かれた門、反り返った見事な外壁、白く真っ直ぐに伸びる街路を、色とりどりの旗を翻して近づいている騎士軍、周囲に歓声をあげて迎える人々の明るい声と眩い日差し。
何と素晴らしい都だろうと思った。祖国セレドを思い出し、ラズーンの煌びやかさと壮麗さ、『氷の双宮』の不思議で理解の及ばない技術や知識に圧倒された。ここに住む人々は、確かに世界の中心に居て、その繁栄を享受しているのだと信じていた。
けれども、今見えているこの光景は、この国が鮮やかな繁栄の裏で、静かに穏やかに活力を失い始めていたことを示している。『運命(リマイン)』が襲ってきたから滅びていくのではない。戦争が起こり、政治が不安定になったから崩壊していくのではない。誰もが見過ごしていた、こんな明るい場所で、人が少しずつ居なくなり消えていっていたのに、誰も気づかなかっただけではないのか。
いつか通り過ぎたキャサランを思い出す。
あの場所は『運命(リマイン)』に侵攻されて誰も住まない場所となった。暗闇が支配し、恐怖が暗躍する世界となった。
けれどここは。
静かで穏やかで明るい、この守られたラズーン外壁の中、まだ敵の姿さえ見えないのに、街は人々の姿を失い、世界は人の手から切り離されていっている。
がたたっ。
「、待って!」
振り向き、背後の扉を開け放って飛び出した小さな影に思わず声を掛けた。びくりと震えた相手は固まって立ち止まり、恐る恐る振り返る。
まだ4、5歳の女の子だった。粗末ではあるがこざっぱりとした衣服を着て、手足も汚れていない。けれども両手に抱えているのは、今にも千切れそうな布の人形と小さな木の食器だった。
「それは?」
「あ、あの…っ」
答えようとした子どもの目に涙が溢れた。
「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、わかってるの、お荷物、一つって聞いたの、わかってるの、けど」
堪え切れなくて泣きじゃくりながら訴える。
「これはアサドちゃんからもらって、ずっとずっと一緒にいて、大事にしてたの、アサドちゃんのお母さんもお父さんも、黒い影に殺されて、おじさんところに行って、もう会えないの、だからこの子だけでも、連れて行こうって決めてたの、お荷物に入らないの、わかってたけど、でもこうやって抱えてたら、私でも持てるから、お荷物にのせなくていいから…っ」
「…」
『氷の双宮』に退避した家族なのだろう。入る直前、どうしても思い切れなくて、取りに戻って来たのだろう。子どもの足で、ここまで来るのは遠く大変だったことだろう、それでも持ち帰らねばと決めて駆け戻り、ユーノを見つけて隠れたのだろう。
ヒストで連れ帰るのは簡単だ。そうしてやりたいと胸が痛む。『氷の双宮』に入ろうとして、この子を待っている家族も案じているだろう、戻る間に何があるかもわからない。
だが、この子は、自ら守ると決めた。
「…私は見なかったよ」
「え…」
「私は君の名前も知らない。引き続き巡視に戻る」
「あのっ」
「それに」
ユーノは微笑んだ。
「それは君の『荷物』だろう。各人荷物は1つ、ならば、それは『君』が運べばいい」
「……うんっ!」
背中を向けたユーノに、ありがとう、と叫んで走り出す音がする。
既に誰も住んでいない、亡びを迎えた街に、大事な友人の気持ちを守ろうと走る一人の足音が響く。
「…私だって、同じだ」
もう一度、ユーノは周囲を見回した。
ラズーンは滅びに向かっている。生き残る道はか細く、選べる選択肢は少なく、どれほど頑張っても未来は遠く、ユーノの手に掴めるものは何もないのかも知れない。
「…アシャを、斬る」
ヒストに跨りながら、言い放った。
「もし、あなたが『魔』となって、この世界を滅ぼす気なら」
胸の悪夢に怯え続け、それでも人でいたいと願ったアシャの気持ちを守るために。
ユーノの剣は、そのために磨かれて来たのかも知れない。
「……あなたを、守る」
小さく誓った。
確かにそう聞こえた、あの夜、ユーノを抱きしめたアシャの唇から。
病床から蘇ったアシャは、あまりにも人離れしていて『魔』の匂いが濃く、なのに切なげな訴えはあまりにも迷いに満ちて幼く、『人』と『魔』の間に存在するものはこれほど胸を疼かせるのかと思ったが。
『ユーノ………俺を…離すな』
堪えきれずに泣きじゃくったユーノを守るかのように包むかのように抱いたアシャの囁き。
酷い男だ、人の気持ちを省みることのない人間だ、ユーノを切り捨て、しかも自分の守護を命じるような奴だ、それでも……救う人間を選抜すると言う役目を受け入れた、ラズーンの王子。
「…」
『氷の双宮』の入り口付近を振り返る。
レアナが付き添ったと聞いた。重荷の幾分かは軽くなっただろうか。
そうして今、ラズーン外壁内側を回りながら万が一の綻びを探すユーノの働きも、少しはアシャの負担を減らせるだろうか。
「…」
首を振って向き直る。
(そんなはずはない)
アシャの背負う責務は重く厳しい。『氷の双宮』という人の最後の砦の中へ、守られるべき命だけを選別して迎え入れる。『死の女神(イラークトル)』を代行するかのような暴挙、神々への不敬と囁く声も聞かれる。ましてや、自分達の命をたった一人で振り分けようとする男、それがたとえラズーン唯一の正統後継者であり、先日までは誇り讃え祭り上げていた王子であっても、受け入れがたいと思うのは人の常だ。
(姉さま)
レアナのしなやかな指先と温かな面ざしを思い出す。
(アシャを支えて)
人と魔の間で、必死に正しくあろうとする彼を。
(守ってあげて)
責務に潰され、再び炎と化すアシャを見たくない。
(私にはアシャを斬ることしかできない)
お前は人に値しない。お前は人を裏切った。その贖いとして命を差し出せと、立ちはだかることしか許されていない。
「…」
唇を強く引き締め、昂然と顔を上げて、ヒストの手綱を握る。
「行こう」
軽く首を振ったヒストが、ゆっくりとまた歩みを始める。
現在、ラズーン外壁の四つの門は閉じられていた。特に、その外壁遠くで夜戦部隊(シーガリオン)と『鉄羽根』がぶつかり出したと聞くミダス公管理下にあった南の門は、堅くしっかりと閉じられている。次にここが開くのは、『氷の双宮』への人々の選別と退避が終了し、門が閉ざされ籠城の構えとなってからだ。南での戦線を徐々に引き上げて、ラズーン内部へ敵を引き摺り込み、地の利を生かして『運命(リマイン)』の戦力を削っていく。
セシ公発案で、既にラズーン外壁の内側は、建物や木々などを生かして幾つの区画に分断されていた。各門を巧みに開け閉めすることで、敵を散らし、撃破しやすく切り離していく。確かに兵の数などは大差ないかもしれないが、『運命(リマイン)』そのものも無限に人間に乗り移り支配できないことは、これまでの戦いからわかっている。支配下(ロダ)にあるラズーン反勢力の人間達も、司令官を欠けば烏合の衆に戻る。
東は既に荒れ野となった。西はパディスの草原が進軍を阻み『金羽根』が抑えてくれている。押し寄せてくる南の戦力をやり過ごせば、ラズーンにも勝機はある。そのためには、ラズーン外壁内側のこの場所を、如何にぎりぎりまで侵攻から防ぎ、効果的に使えるかにかかっている。
ユーノの頭の中に、三角州から消えた大量の兵士が過ぎる。
もしあの軍が、裏切り者の視察官(オペ)に拠って、この外壁内側の何処かに潜ませられていたら。退避の混乱に乗じて、密かに拠点を築かれていたら。外壁から慣れた内側に敵を招じ入れ叩き潰すはずの計画に、背後から撃たれるようなことがあったら。
例えば、宙道を使って引き入れられているのに気づかなかったら。
遠からずラズーンは『氷の双宮』を包囲され、滅亡する。
がさっ。
「っ!」
既に人々の退避が進み、無人の街となったはずの区画から音が響いて、ユーノは素早く振り返った。ここには野山を駆ける獣もほとんどいない。人気のなくなった街、静かに視線を巡らせる。
動きはない。
昼過ぎての日差しは辺りを眩く照らしていた。右側少し離れた位置に、ラズーン外壁内側が見える。
立ち並ぶ建物のほとんどは小さなもので、外壁近くは中央と違って人通りも元より少なく、どちらかというと裕福ではない老人や身寄りのないものが多く住まうと聞いていた。木や石、塗り込められた土などで作られた素朴な建物、セレドにもこういう区画はあったが、と見回していて、ぎくりと体を強張らせる。
同じような建物が並ぶ一つの家の窓から、木が突き出していた。よく見ると、かしいで少し開いた扉の内側からも、鮮やかな緑がはみ出している。カーテンを押しのけるように、枝が布地を内側から掻き分けて葉が茂っている。
ユーノの警戒を感じたのだろう、緊張を高めるヒストを宥めながら、静かに馬を降りて近づいた。
「……住んでいなかったんだ…」
覗き見ると、木々の枝は家の中から突き上げ屋根を突き破り、別の家の壁へと伸びていた。日差しが入り込み、中にあったテーブルと倒れた椅子、棚が崩れて食器が転げ落ちているのを照らしている。奥の方には寝床らしいものを蔦が覆い、床の敷物はぼろぼろになって散らばっている。
誰もいない。
いや、誰もいなかったのだ、ずっと前から。
いつからだろう。この木の伸び具合から見ると、『氷の双宮』への退避が始まってから、住民が家を捨てたのではなさそうだ。
思わず体を引いて、通りを埋めるほど並んだ建物の群れを見やる。一度崩壊を見つけた目には、さっき通っただけでは見えなかった光景、幾つもの建物がもう随分前に人が手放して木々や野草に好き放題に食い尽くされつつあるのが見えた。
「半分……いや、もっと…?」
セレドから旅をしてきて、ラズーンに入った時の光景を思い出す。大きな金属の磨き抜かれた門、反り返った見事な外壁、白く真っ直ぐに伸びる街路を、色とりどりの旗を翻して近づいている騎士軍、周囲に歓声をあげて迎える人々の明るい声と眩い日差し。
何と素晴らしい都だろうと思った。祖国セレドを思い出し、ラズーンの煌びやかさと壮麗さ、『氷の双宮』の不思議で理解の及ばない技術や知識に圧倒された。ここに住む人々は、確かに世界の中心に居て、その繁栄を享受しているのだと信じていた。
けれども、今見えているこの光景は、この国が鮮やかな繁栄の裏で、静かに穏やかに活力を失い始めていたことを示している。『運命(リマイン)』が襲ってきたから滅びていくのではない。戦争が起こり、政治が不安定になったから崩壊していくのではない。誰もが見過ごしていた、こんな明るい場所で、人が少しずつ居なくなり消えていっていたのに、誰も気づかなかっただけではないのか。
いつか通り過ぎたキャサランを思い出す。
あの場所は『運命(リマイン)』に侵攻されて誰も住まない場所となった。暗闇が支配し、恐怖が暗躍する世界となった。
けれどここは。
静かで穏やかで明るい、この守られたラズーン外壁の中、まだ敵の姿さえ見えないのに、街は人々の姿を失い、世界は人の手から切り離されていっている。
がたたっ。
「、待って!」
振り向き、背後の扉を開け放って飛び出した小さな影に思わず声を掛けた。びくりと震えた相手は固まって立ち止まり、恐る恐る振り返る。
まだ4、5歳の女の子だった。粗末ではあるがこざっぱりとした衣服を着て、手足も汚れていない。けれども両手に抱えているのは、今にも千切れそうな布の人形と小さな木の食器だった。
「それは?」
「あ、あの…っ」
答えようとした子どもの目に涙が溢れた。
「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、わかってるの、お荷物、一つって聞いたの、わかってるの、けど」
堪え切れなくて泣きじゃくりながら訴える。
「これはアサドちゃんからもらって、ずっとずっと一緒にいて、大事にしてたの、アサドちゃんのお母さんもお父さんも、黒い影に殺されて、おじさんところに行って、もう会えないの、だからこの子だけでも、連れて行こうって決めてたの、お荷物に入らないの、わかってたけど、でもこうやって抱えてたら、私でも持てるから、お荷物にのせなくていいから…っ」
「…」
『氷の双宮』に退避した家族なのだろう。入る直前、どうしても思い切れなくて、取りに戻って来たのだろう。子どもの足で、ここまで来るのは遠く大変だったことだろう、それでも持ち帰らねばと決めて駆け戻り、ユーノを見つけて隠れたのだろう。
ヒストで連れ帰るのは簡単だ。そうしてやりたいと胸が痛む。『氷の双宮』に入ろうとして、この子を待っている家族も案じているだろう、戻る間に何があるかもわからない。
だが、この子は、自ら守ると決めた。
「…私は見なかったよ」
「え…」
「私は君の名前も知らない。引き続き巡視に戻る」
「あのっ」
「それに」
ユーノは微笑んだ。
「それは君の『荷物』だろう。各人荷物は1つ、ならば、それは『君』が運べばいい」
「……うんっ!」
背中を向けたユーノに、ありがとう、と叫んで走り出す音がする。
既に誰も住んでいない、亡びを迎えた街に、大事な友人の気持ちを守ろうと走る一人の足音が響く。
「…私だって、同じだ」
もう一度、ユーノは周囲を見回した。
ラズーンは滅びに向かっている。生き残る道はか細く、選べる選択肢は少なく、どれほど頑張っても未来は遠く、ユーノの手に掴めるものは何もないのかも知れない。
「…アシャを、斬る」
ヒストに跨りながら、言い放った。
「もし、あなたが『魔』となって、この世界を滅ぼす気なら」
胸の悪夢に怯え続け、それでも人でいたいと願ったアシャの気持ちを守るために。
ユーノの剣は、そのために磨かれて来たのかも知れない。
「……あなたを、守る」
小さく誓った。
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