『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
121 / 213

72.『王者』(2)

しおりを挟む
 それはカークの視野を広げた。判断を研ぎすませた。意志を明確にし、思考を深くした。
 荒れすさんだ『塔京』のあちこちに、カークの視線が指先が神経が届くようになった。外部からの流入を拒んでいることが、今は逆に幸いして、密閉された空間でカークは的確に問題を片付けていくようになった。
 最近ではライヤーを伴って下街へ出ることもあり、エバンスはもちろん、ファローズの驚いた顔も何度も目にしている。
 自分の心がライヤーを頼りに晴れやかになる瞬間も増えた。
「あ、そうだ」
 ふいにライヤーが何かを思い出した顔でカークを振り向き、慌てて視線を書類に落とす。
 見愡れていたなどと知られたくなかった。ましてや、側に居てくれてどれほど自分が安らいでいるか、力強く思っているか、つまりは居てくれるだけで嬉しいと思っているなどと。
 所詮、オウライカの子飼い。
 何度も言い聞かせたことばを繰り返すのも次第に億劫になってきている。
 いずれカークは『白竜』に喰われることになるのだろう。ハイトが父を手元に置いておきたいと望む限り、カークは遅かれ早かれ贄として差し出されるのだろう。
 それまでの時間の幾許かを、痛みなく過ごしたいと思ってはなぜいけない?
 夕べも好きな薔薇の香油が落とされた風呂でぼんやり過ごしながらそう思った。
 きっと自分は代用品なのだろう、ライヤーはオウライカのためにいつかカークを殺すのだろう、けれどそれまではこんな時間が続いてくれる。
 両方助けるなどという幻の誓いを本気にはしない、が、本気にしているふりで自分を騙すことなどカークにとっては容易いことだ。
 『塔京』の紛れもない王者として君臨する力を強めながら、自分の心が別な意味で脆く柔らかくなっていくのを感じている。
 それでも、ライヤーになら、殺されてもいい。
「午後ちょっと出てきていいでしょうか」
「案件か?」
「ええまあ、調査の一つですね」
「…そうか」
 ならば一緒に行ってもいいだろう、ライヤーの案件は『塔京』の案件、それはすなわちカークのものなのだから。
 そうことばを継ごうとした矢先、
「午後お出かけになるようでしたら、エバンスくんに頼んでおきましょうか」
「……」
 さりげなく一人で行くと示されて、一瞬胸が詰まった。
「いや、出かける予定はない」
 体が空いている、そう示したつもりで顔を上げて相手を見ると、ライヤーは素早くキーボードに指を走らせて苦笑した。
「では、御留守番をお願いします」
「留守番?」
 『塔京』のカークに留守番など言い付けるのは、きっとこの男ぐらいだろう。
「少し時間がかかるかもしれないし……ややこしいところへ行くことになるかもしれないですし」
 パタリとノートパソコンを閉じたライヤーは淡々と続けて立ち上がり、まっすぐカークを見下ろした。
「カークさんには入れない場所かもしれない」
「私に、入れない場所」
 下街の数カ所には確かにカークは入れなかった。カークへの根深い恨みや憎しみを積もらせた人間達の生きている所では、カークに似ているだけでリンチの対象になる、そうファローズに諭されて、それを恐れたわけではないが、殺されてせっかく整ってきた組織の動きが崩壊するのは不愉快だったから、大人しく車で待機した。
「わかった」
「申し訳ありません。じゃあ……夕方には戻ります」
 ライヤーは時計を確認しつつ、急ぎ足に部屋を出ていく。その後ろ姿を身動きもせず見遣って、それからふいに、何か妙な胸騒ぎがして、カークは席を立った。
「ライヤー」
 部屋を出て、これと思うルートを追う。
 何をしようというのだ、と胸で嘲笑が広がっている。
 『塔京』のカークが、男の名前を呼びながら足を速めているなどと知れたら、物笑いだ。
 そうわかっていても、速度を緩める気になれず、むしろ速めて後を追い、ひらりと翻った見覚えのあるスーツ姿に我知らず微笑んで近寄りかけて凍りついた。
「ファローズ…」
 おせえんだよ、ばか、とライヤーの頭を殴りつけているのは、他ならぬファローズだ。すみません、お詫びに何をしたらいいですか、と微笑むライヤーが、冗談のようにファローズの肩を抱き寄せて、こめかみのあたりに唇を寄せるのに、ぐら、と視界が揺れて慌てて身を引いた。
 ファローズのところに居た。
 調書にはそうあった。ファローズとただならぬ関係もあったらしい、とも。
 それが強制されたわけではないのは今のやりとりでよくわかる。
「ファローズ…?」
 ファローズをあんなふうに優しく扱う男が、カークを愛したりするだろうか。求めたりするだろうか。違いすぎるだろう、対象が。
「………道具、か」
 ゆっくりと歩いて執務室に戻った。
「そうだろうな」
 何を期待して追ったのだろう、そんなことはわかっていたはずのことではなかったか。
「それでこそ、オウライカさんの子飼いということじゃないか」
 執務室のドアを開けた瞬間、電話が鳴り出した。直通のそれが何を意味しているのか、わかっているだけに今はうっとうしいが、そうも言っていられないだろう、それが組織というものだから。
「はい、カークです」
『今夜だ』
 シュガットが低い声で嗤う。
『見て頂けるそうだぞ』
「……ハイトさんですか」
 父がいるんじゃなかったのか。
 口にしそうになった問いは虚しいと気付いて止めた。
『あいつの匂いは消して来いよ』
「……わかりました」
 ライヤーの匂いなんてつくほども手放したことがないくせに。
 切れた電話を置き、カークは浮かびかけた名前を心から削った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼に成る者

なぁ恋
BL
赤鬼と青鬼、 二人は生まれ落ちたその時からずっと共に居た。 青鬼は無念のうちに死ぬ。 赤鬼に残酷な願いを遺し、来世で再び出逢う約束をして、 数千年、赤鬼は青鬼を待ち続け、再会を果たす。 そこから始まる二人を取り巻く優しくも残酷な鬼退治の物語―――― 基本がBLです。 はじめは精神的なあれやこれです。 鬼退治故の残酷な描写があります。 Eエブリスタにて、2008/11/10から始まり2015/3/11完結した作品です。 加筆したり、直したりしながらの投稿になります。

処理中です...