80 / 213
45.『涙を堪えるなかれ』(1)
しおりを挟む
「いいの?」
「……」
襖をそっと開けたミコトが尋ねてくる。
部屋は暮れかけた夕日に薄赤く染まって、それがまるでオウライカの血の中に浸っているようで。
「…っ」
また滲み出した視界にカザルは唇をきつく噛んで膝を抱え俯いた。
「本当に、いいの」
オウライカさん、断っちゃって。
「いい、の……っ」
ごめん、ミコトさん、けど、今は放っておいて。
「誰にも……会いたく…なっ……」
しゃくりあげてまた唇を噛む。
「オウ…さん……っ……オウライ……さ……っ」
「……わかった」
ぱたりと閉まった襖、しゅるしゅると衣擦れの音をたてて、ミコトが遠ざかっていく。
涙が止まらない。
「や…だっ……やだ……よ…っ」
おかしなことだとはわかっている。カザルだってオウライカを殺しに来たのだ、今さらオウライカが死ぬことが辛いわけではないはずだ、でも。
『えーと「あんたが全部背負わなくても、「斎京」はあんたを恨みやしねえ」って…………どういうこと?』
『……他に何か言われたか?』
緊張したオウライカの顔。
『………人生は楽しむためにあるんだろうが……って』
『そうか……』
『どういう意味?』
『……君には関係ない』
ちらりと見上げてきた漆黒の深い瞳はすぐに逸らされ、微かな苦笑が過った。
あたりまえだ、いくら恨まないと言われても、みんなオウライカを信頼している、自分達を守ってくれるはずだ、逃げ出したりしないだろう、と。
だからこその蝶。
『カザル、俺が注文したのは』
『まあ、オウライカさま、ミコトさまは御存知ですか』
『……まだだ』
『おまけに蝶じゃありませんか』
『……多少手違いがあって』
死ぬ自分と繋げてはいけないとどこかで思ってくれたのだろうか。面映そうな表情でカザルを見ていた。
『……抱かれたいのか?』
『……うん……むちゃくちゃに』
『そっか』
柔らかな吐息。
『それに』
『ん?』
『どこへ行ってもいいって言ったでしょ? ガード設えたら、好きなところ行ってもいいって』
『そうだな』
苦笑して一言で同意して向けた背中のそっけなさは、何を胸に押し込めたのか。
『オウライカさんがここへ送ってきた時点で察してるわよ。殺さない、送り返しもしないで「斎京」へ囲い込んだ、だからあんたは特別だって踏んだのに』
『……』
『あのおたんちんは来ないし!』
『賭に負けたね』
『なんでオウライカさんから離れたの』
『……オウライカさん、殺してほしいの?』
『そんなことしなくても』
『え?』
『……こっちの話。それに聞いてるのはあたし』
一瞬辛そうに顔を歪めたミコト。
『……なんで…』
『ん』
『なんでさ……なんでもう…』
『俺……汚い?』
『そんなことはない』
カザルの抱いてくれないという責めに、戸惑って揺れていた瞳。今まで見たこともないような不安そうな表情。
『………来てくんなかった』
『……』
『俺、待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに』
『……すまない』
『すまないって何、すまないって』
『……』
『俺を「塔京」から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ? どんな気持ちであの蝶を……っ』
『カザル』
『蝶、いっぱい写したんだから…っ、俺…っ……おれ……っ』
『カザル……もういい』
『もういいって何っ、もういいって。なのにっ、なのに、また…っ』
置いていくのかと責めたのは筋違いだった。置いていかねばならないからきっと、オウライカはカザルをおもちゃには抱かなかったのだろう。先がないと知っていたから、蝶を与えて縛らなかったのだ。自分の運命を心一つで堪え切って、甘えて詰って責めたカザルを抱き締めて守って支えてくれた。
『………私のせいだと思え………私がおかしな呪文をかけたんだと………「斎京」のオウライカがお前をたぶらかしたんだ』
「ひどい……よ、オウライ……さん……っ」
何も知らないでずっとねだって甘えていじけていた。
それでもすっくりいつの間にか、身体も心も持ち去られてた。
「もう……俺……あんたのとこしか……戻れないのに……っ」
あんたは俺を抱えたまんま、一体どこに消えようっていうの。
嗚咽しながら疲れ切って、カザルはそのまま眠り込んでしまった。
「……」
襖をそっと開けたミコトが尋ねてくる。
部屋は暮れかけた夕日に薄赤く染まって、それがまるでオウライカの血の中に浸っているようで。
「…っ」
また滲み出した視界にカザルは唇をきつく噛んで膝を抱え俯いた。
「本当に、いいの」
オウライカさん、断っちゃって。
「いい、の……っ」
ごめん、ミコトさん、けど、今は放っておいて。
「誰にも……会いたく…なっ……」
しゃくりあげてまた唇を噛む。
「オウ…さん……っ……オウライ……さ……っ」
「……わかった」
ぱたりと閉まった襖、しゅるしゅると衣擦れの音をたてて、ミコトが遠ざかっていく。
涙が止まらない。
「や…だっ……やだ……よ…っ」
おかしなことだとはわかっている。カザルだってオウライカを殺しに来たのだ、今さらオウライカが死ぬことが辛いわけではないはずだ、でも。
『えーと「あんたが全部背負わなくても、「斎京」はあんたを恨みやしねえ」って…………どういうこと?』
『……他に何か言われたか?』
緊張したオウライカの顔。
『………人生は楽しむためにあるんだろうが……って』
『そうか……』
『どういう意味?』
『……君には関係ない』
ちらりと見上げてきた漆黒の深い瞳はすぐに逸らされ、微かな苦笑が過った。
あたりまえだ、いくら恨まないと言われても、みんなオウライカを信頼している、自分達を守ってくれるはずだ、逃げ出したりしないだろう、と。
だからこその蝶。
『カザル、俺が注文したのは』
『まあ、オウライカさま、ミコトさまは御存知ですか』
『……まだだ』
『おまけに蝶じゃありませんか』
『……多少手違いがあって』
死ぬ自分と繋げてはいけないとどこかで思ってくれたのだろうか。面映そうな表情でカザルを見ていた。
『……抱かれたいのか?』
『……うん……むちゃくちゃに』
『そっか』
柔らかな吐息。
『それに』
『ん?』
『どこへ行ってもいいって言ったでしょ? ガード設えたら、好きなところ行ってもいいって』
『そうだな』
苦笑して一言で同意して向けた背中のそっけなさは、何を胸に押し込めたのか。
『オウライカさんがここへ送ってきた時点で察してるわよ。殺さない、送り返しもしないで「斎京」へ囲い込んだ、だからあんたは特別だって踏んだのに』
『……』
『あのおたんちんは来ないし!』
『賭に負けたね』
『なんでオウライカさんから離れたの』
『……オウライカさん、殺してほしいの?』
『そんなことしなくても』
『え?』
『……こっちの話。それに聞いてるのはあたし』
一瞬辛そうに顔を歪めたミコト。
『……なんで…』
『ん』
『なんでさ……なんでもう…』
『俺……汚い?』
『そんなことはない』
カザルの抱いてくれないという責めに、戸惑って揺れていた瞳。今まで見たこともないような不安そうな表情。
『………来てくんなかった』
『……』
『俺、待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに』
『……すまない』
『すまないって何、すまないって』
『……』
『俺を「塔京」から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ? どんな気持ちであの蝶を……っ』
『カザル』
『蝶、いっぱい写したんだから…っ、俺…っ……おれ……っ』
『カザル……もういい』
『もういいって何っ、もういいって。なのにっ、なのに、また…っ』
置いていくのかと責めたのは筋違いだった。置いていかねばならないからきっと、オウライカはカザルをおもちゃには抱かなかったのだろう。先がないと知っていたから、蝶を与えて縛らなかったのだ。自分の運命を心一つで堪え切って、甘えて詰って責めたカザルを抱き締めて守って支えてくれた。
『………私のせいだと思え………私がおかしな呪文をかけたんだと………「斎京」のオウライカがお前をたぶらかしたんだ』
「ひどい……よ、オウライ……さん……っ」
何も知らないでずっとねだって甘えていじけていた。
それでもすっくりいつの間にか、身体も心も持ち去られてた。
「もう……俺……あんたのとこしか……戻れないのに……っ」
あんたは俺を抱えたまんま、一体どこに消えようっていうの。
嗚咽しながら疲れ切って、カザルはそのまま眠り込んでしまった。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる