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110.『五竜を呼び起こすなかれ』(2)
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気がついた瞬間に、目の前腰回りに毛布を巻きつけただけの半裸で、カザルの背中が輝いていた。
そう見えただけではなく、今にも肉の体を押し破って、内側のエネルギーが流れ出そうとする瞬間に、オウライカが抱き寄せて事無きを得た。
「はい、お茶」
「すまん」
隣室で眠りについたカザルを襖の向こうに眺めながら、オウライカはリヤンの淹れた茶を含む。
「…美味いな」
人の体で久しぶりにまともなものを口にした気がして微笑んだ。
「普通に飲むのね」
「当たり前だ、元の体だからな」
「そう見えない」
突き放した口調のリヤンの頭には、蒼銀の簪が戻っている。
「眼帯をしていた時も随分危ない感じだったけれど、今はもっと」
「もっと?」
「得体が知れないわ」
「得体が知れない、か」
もしオウライカの紋章を辿ろうとする者がいたら、そいつは恐ろしい光景を見ることになる。黒蝶を纏いつかせた紅蓮の竜、もしくは哮り咆哮する巨大な溶岩の流れが立ち上がりながら、無数の黒蝶を吐き出してくる姿だ。何れにしても、覗き込んだ者の精神を焼き尽くし、まともな世界には戻ってこれまい。
「覗き込もうなんて思わない」
「助かる」
「あっちも、別な意味で覗き込みたくないわね」
リヤンが顎でカザルを示した。
布団で無防備に眠っている整った顔立ちの青年、確かにそのように見える、そのようにしか見えないが。
「手を出したら最後、重圧で溺死させられそう」
眉を顰めたまま唸る。
「それに何よ、あの気配。まるで母親よ? わかってる?」
「子どもを守ろうと暴走したんだ、許してやれ」
「子ども、って何」
けっ、と干からびた笑いが響いた。
「カザルがどうやって産めるのよ?」
「さあな」
オウライカは溜め息をつく。
「地殻変動で『中央京』への入り口が開いたらしい。そこへ行けばわかるだろう」
「ハネムーンね」
薄笑いしながらリヤンが呟く。
「出来ちゃった婚だけど」
笑っていないのは目を見ればわかる。
「あのね、どうしてああなったのかの事情は聞いた、わからないけど、わかる部分もある、トラスフィほどおバカじゃないから」
オウライカが語ったカザル奪回の話を、トラスフィもレシンも、フランシカさえ呆然として聞いていた。この世ならぬ話、幻のように重なった『いつかわからない時空間のオウライカ達』の話も含め、だ。
「一つ言っておくわ。母親になるって言うのは大変なのよ、子どもか自分か、一か八かで産まなくちゃならないの」
「…ああ」
「平穏無事が奇跡なの。そこのところは全然わかってないと思うけど」
「……ああ」
「もし、カザルから、卵?か何かの分離に失敗したら、今度こそ、この世界は終わりになるのよね?」
「…………ああ」
「カザルの抱えている『卵』って、この世界の『後』の世界の種、なんでしょう?」
リヤンの瞳は冷ややかだ。
「無事に『卵』を『中央京』に戻せて眠りにつかせられればよし、もしそれが出来なければ、『卵』から『黄金竜』とやらが孵って、この世界を作り直してしまうのよね、あの壁の穴みたいに、瞬きするほどの時間も手間もかけずに?」
オウライカはカザルが『必要だと思ったから作った』壁の穴を見る。
その穴が壁を脆くすることも、この世界の法則を壊していることも、見守る者の胸に押し付けた無力感も、カザルは認識していない。
そして『黄金竜』は置き去られることを望んでいない。
カザルから離されると気づけば、眠りから覚めて襲いかかる恐れは十分にある。
一番安全な方法は、カザルを『中央京』へ埋めることだ。眠らせたまま、未来永劫、『黄金竜』の封印として守らせることだ。
『黄金竜』は『五竜』の要、再び蘇り暴走するなら、残りの四竜も再びオウライカ達を食い破り、人の世界を飲み込もうとするかも知れない。
「…簡単なことだよ」
ふいに声が響いて、オウライカは振り向いた。
ゆっくりと体を起こしたカザルが、やはりきらきらとした光を体に纏わりつかせながら、こちらを見やって目を細める。
圧倒的で絶対的な微笑。
自分の能力を知り尽くし、それを十分に使いこなせる者のみが持つ自信。
『都市を、作ろう』
「っ」
再びあの声が響いた。
そう見えただけではなく、今にも肉の体を押し破って、内側のエネルギーが流れ出そうとする瞬間に、オウライカが抱き寄せて事無きを得た。
「はい、お茶」
「すまん」
隣室で眠りについたカザルを襖の向こうに眺めながら、オウライカはリヤンの淹れた茶を含む。
「…美味いな」
人の体で久しぶりにまともなものを口にした気がして微笑んだ。
「普通に飲むのね」
「当たり前だ、元の体だからな」
「そう見えない」
突き放した口調のリヤンの頭には、蒼銀の簪が戻っている。
「眼帯をしていた時も随分危ない感じだったけれど、今はもっと」
「もっと?」
「得体が知れないわ」
「得体が知れない、か」
もしオウライカの紋章を辿ろうとする者がいたら、そいつは恐ろしい光景を見ることになる。黒蝶を纏いつかせた紅蓮の竜、もしくは哮り咆哮する巨大な溶岩の流れが立ち上がりながら、無数の黒蝶を吐き出してくる姿だ。何れにしても、覗き込んだ者の精神を焼き尽くし、まともな世界には戻ってこれまい。
「覗き込もうなんて思わない」
「助かる」
「あっちも、別な意味で覗き込みたくないわね」
リヤンが顎でカザルを示した。
布団で無防備に眠っている整った顔立ちの青年、確かにそのように見える、そのようにしか見えないが。
「手を出したら最後、重圧で溺死させられそう」
眉を顰めたまま唸る。
「それに何よ、あの気配。まるで母親よ? わかってる?」
「子どもを守ろうと暴走したんだ、許してやれ」
「子ども、って何」
けっ、と干からびた笑いが響いた。
「カザルがどうやって産めるのよ?」
「さあな」
オウライカは溜め息をつく。
「地殻変動で『中央京』への入り口が開いたらしい。そこへ行けばわかるだろう」
「ハネムーンね」
薄笑いしながらリヤンが呟く。
「出来ちゃった婚だけど」
笑っていないのは目を見ればわかる。
「あのね、どうしてああなったのかの事情は聞いた、わからないけど、わかる部分もある、トラスフィほどおバカじゃないから」
オウライカが語ったカザル奪回の話を、トラスフィもレシンも、フランシカさえ呆然として聞いていた。この世ならぬ話、幻のように重なった『いつかわからない時空間のオウライカ達』の話も含め、だ。
「一つ言っておくわ。母親になるって言うのは大変なのよ、子どもか自分か、一か八かで産まなくちゃならないの」
「…ああ」
「平穏無事が奇跡なの。そこのところは全然わかってないと思うけど」
「……ああ」
「もし、カザルから、卵?か何かの分離に失敗したら、今度こそ、この世界は終わりになるのよね?」
「…………ああ」
「カザルの抱えている『卵』って、この世界の『後』の世界の種、なんでしょう?」
リヤンの瞳は冷ややかだ。
「無事に『卵』を『中央京』に戻せて眠りにつかせられればよし、もしそれが出来なければ、『卵』から『黄金竜』とやらが孵って、この世界を作り直してしまうのよね、あの壁の穴みたいに、瞬きするほどの時間も手間もかけずに?」
オウライカはカザルが『必要だと思ったから作った』壁の穴を見る。
その穴が壁を脆くすることも、この世界の法則を壊していることも、見守る者の胸に押し付けた無力感も、カザルは認識していない。
そして『黄金竜』は置き去られることを望んでいない。
カザルから離されると気づけば、眠りから覚めて襲いかかる恐れは十分にある。
一番安全な方法は、カザルを『中央京』へ埋めることだ。眠らせたまま、未来永劫、『黄金竜』の封印として守らせることだ。
『黄金竜』は『五竜』の要、再び蘇り暴走するなら、残りの四竜も再びオウライカ達を食い破り、人の世界を飲み込もうとするかも知れない。
「…簡単なことだよ」
ふいに声が響いて、オウライカは振り向いた。
ゆっくりと体を起こしたカザルが、やはりきらきらとした光を体に纏わりつかせながら、こちらを見やって目を細める。
圧倒的で絶対的な微笑。
自分の能力を知り尽くし、それを十分に使いこなせる者のみが持つ自信。
『都市を、作ろう』
「っ」
再びあの声が響いた。
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