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109.『渡河』(2)
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確かにさっきは腹部の半分ほどが口を開くような怪我をしていたはずだ。眠っているのではなくて気を失っているのではないのか。しかし、そんな過ちを『隊長』がするとは思えない。
「おらさっさと立て! 街はひどい状態だ、一人でもまともな男が欲しいんだよ、せっせと働け!」
「…ちょっと眠ってただけじゃないですか、酷いなあ」
まったりとしたライヤーの声が応じて、カークは目を見開く。
最後のことばも交わせなかったと思っていたのに、どういうことだろう。
ゆらりと影が動いて、それでも動きが戻らないのだろう、『隊長』に支えられたライヤーが姿を見せた。
「お前の相手が酷いことになってるぜ、さっさと手当してやれよ」
「…あー…カークさん」
「ふ…っっ」
視界を滲ませ溢れ出した涙に、ライヤーが困ったような、情けないような笑みを浮かべる。『隊長』の肩から離れ、支える手を振りほどき、カークの元へやって来ると、頬を包んでキスをくれた。
「駄目じゃないですか、そんな可愛い泣き顔を僕以外に見せちゃうなんて」
「らい…や…」
てっきり、私は。
言いかけて啄まれてことばを封じられ、その後、そっと耳元で囁かれた。
「そのままで聞いて下さい。…まだ竜は感じますか」
「……」
頷く。
「じゃあ、その竜からエネルギーを分けてもらって体を修復できますから、やって見て?」
「…どう、やって…」
「竜に意識を合わせて……元の体をイメージすればいいだけです」
「……」
頷いて、白竜に自分の姿を重ねる。しゃらしゃらと微かな音が腹から腰、足にかけて鳴り響きくすぐったいような感覚が広がっていった。形が戻ると今度は中身が満たされて行き、最後にざわざわと血流が動き始めて感覚が戻る。
「…しかし…」
「…これぐらい使ったところで、鱗一枚欠けたようなものですよ」
ライヤーがくすくすと笑った。
「…不老不死か」
「まあ…飽きちゃうでしょうから」
ライヤーがキスを落としながら囁く。
「適当なところで引き上げ……うわっ!」
「っ!」
囁き交わしていた二人に音もなく忍び寄っていた『隊長』が、カークの掛け物を一気に剥がして凍りつく。
「ダルク!」
「…驚くのはこちらだと思うが」
「…てめえら、何…しやがった……いや……」
『隊長』が青ざめた顔で睨みつける。
「何者だ、って聞いた方がいいんだよな…?」
「たいした怪我じゃなかったんだ、血が広がってただけ……って言っても」
「信じねえ」
「そうだよねえ」
僕だって信じられないもの。
のうのうと言い抜けようとするライヤーの襟首を、『隊長』は掴み上げて引き上げる。
「痛い痛い痛い」
「一つわかったことがある」
凄んだ声で『隊長』は唸った。
「何」
「『塔京』の惨状はてめえらのせいだ。でもって、てめえらにはこの状況を修復する責任がある、だよな?」
ライヤーがちらりと横目で見やってきた。
剥がされた掛け物はそのままに、ゆっくり体を起こしてカークは頷く。
「何者だって言うなら」
ライヤーは微笑んだ。
「竜だよ」
「へ?」
「…『塔京』を統べる竜だ」
ことばを継いで、カークは立ち上がる。
再生された両足は微妙に軽くて扱いが難しい。横になっていたせいか、上半身をうまく支えにくい構造で戻してしまったのかもしれない。あとで調整する必要がありそうだ。
呆けてしまった『隊長』の手をよいしょと払ったライヤーが、慌てて近寄って支えてくれて、なんとかバランスを保って『隊長』に向き直る。
「もちろん、『塔京』を復興させ繁栄を取り戻す仕事は私が行う」
カークは微笑んだ。
「現状を教え、力を貸せ。大事なものを救いたいだろう?」
「…あんたはやっぱり……魔王だよ」
『隊長』が寒い声で応じて、カークとライヤーは苦笑した。
「眠っちゃったね」
静かな宇宙空間で、掌に包んだ金色の卵を見下ろしながら、カザルは呟く。
ついさっきまで、響いていた頼りなげな声は、今は寝息にすり替わったように、微かな呼吸音になっているようだ。
「眠ってくれたな」
安堵した響きはオウライカのもの、それが間近、髪に触れるほど近くで響いていることが嬉しくて奇跡のようで、カザルは顔が上げられない。
今顔を上げてしまったら、全て消えてしまうんじゃないの?
俺はまた、あの渇き切った月の大地で、一人膝を抱えているんじゃないの?
「カザル」
ぽんと頭に手が乗せられて、見る見る視界が滲み、鼻の奥が痛くなった。
「オウライカ…さん…」
これは夢? それとも、と続けかけて、静かに顎を掬い上げられる。
覗き込む黒い瞳、懐かしく深みを帯びてカザルを射抜く。
「お帰り」
「ず、るい…」
ちゅ、と唇にキスされて涙が溢れ落ちた。
「俺、卵抱えてるから、手、離せないもん」
「そうだな」
「俺だって、あんたにキスしたい」
「ああ」
「一人だけずる…」
覆われた口に甘い舌を与えられて貪りつく。蕩けそうで眠くなりそうで、手にした卵を落としそうでもどかしかった。
しばらく唇を合わせていて、気づく。
「…息苦しくない…」
「……」
「ひょっとして……俺達、死んじゃったの…?」
ううん、ひょっとして、俺だけが。
不安にカザルは目を閉じる、前髪が鼻先まで垂れ落ちて、オウライカとの距離が一気に開いた気がして震える。
「おらさっさと立て! 街はひどい状態だ、一人でもまともな男が欲しいんだよ、せっせと働け!」
「…ちょっと眠ってただけじゃないですか、酷いなあ」
まったりとしたライヤーの声が応じて、カークは目を見開く。
最後のことばも交わせなかったと思っていたのに、どういうことだろう。
ゆらりと影が動いて、それでも動きが戻らないのだろう、『隊長』に支えられたライヤーが姿を見せた。
「お前の相手が酷いことになってるぜ、さっさと手当してやれよ」
「…あー…カークさん」
「ふ…っっ」
視界を滲ませ溢れ出した涙に、ライヤーが困ったような、情けないような笑みを浮かべる。『隊長』の肩から離れ、支える手を振りほどき、カークの元へやって来ると、頬を包んでキスをくれた。
「駄目じゃないですか、そんな可愛い泣き顔を僕以外に見せちゃうなんて」
「らい…や…」
てっきり、私は。
言いかけて啄まれてことばを封じられ、その後、そっと耳元で囁かれた。
「そのままで聞いて下さい。…まだ竜は感じますか」
「……」
頷く。
「じゃあ、その竜からエネルギーを分けてもらって体を修復できますから、やって見て?」
「…どう、やって…」
「竜に意識を合わせて……元の体をイメージすればいいだけです」
「……」
頷いて、白竜に自分の姿を重ねる。しゃらしゃらと微かな音が腹から腰、足にかけて鳴り響きくすぐったいような感覚が広がっていった。形が戻ると今度は中身が満たされて行き、最後にざわざわと血流が動き始めて感覚が戻る。
「…しかし…」
「…これぐらい使ったところで、鱗一枚欠けたようなものですよ」
ライヤーがくすくすと笑った。
「…不老不死か」
「まあ…飽きちゃうでしょうから」
ライヤーがキスを落としながら囁く。
「適当なところで引き上げ……うわっ!」
「っ!」
囁き交わしていた二人に音もなく忍び寄っていた『隊長』が、カークの掛け物を一気に剥がして凍りつく。
「ダルク!」
「…驚くのはこちらだと思うが」
「…てめえら、何…しやがった……いや……」
『隊長』が青ざめた顔で睨みつける。
「何者だ、って聞いた方がいいんだよな…?」
「たいした怪我じゃなかったんだ、血が広がってただけ……って言っても」
「信じねえ」
「そうだよねえ」
僕だって信じられないもの。
のうのうと言い抜けようとするライヤーの襟首を、『隊長』は掴み上げて引き上げる。
「痛い痛い痛い」
「一つわかったことがある」
凄んだ声で『隊長』は唸った。
「何」
「『塔京』の惨状はてめえらのせいだ。でもって、てめえらにはこの状況を修復する責任がある、だよな?」
ライヤーがちらりと横目で見やってきた。
剥がされた掛け物はそのままに、ゆっくり体を起こしてカークは頷く。
「何者だって言うなら」
ライヤーは微笑んだ。
「竜だよ」
「へ?」
「…『塔京』を統べる竜だ」
ことばを継いで、カークは立ち上がる。
再生された両足は微妙に軽くて扱いが難しい。横になっていたせいか、上半身をうまく支えにくい構造で戻してしまったのかもしれない。あとで調整する必要がありそうだ。
呆けてしまった『隊長』の手をよいしょと払ったライヤーが、慌てて近寄って支えてくれて、なんとかバランスを保って『隊長』に向き直る。
「もちろん、『塔京』を復興させ繁栄を取り戻す仕事は私が行う」
カークは微笑んだ。
「現状を教え、力を貸せ。大事なものを救いたいだろう?」
「…あんたはやっぱり……魔王だよ」
『隊長』が寒い声で応じて、カークとライヤーは苦笑した。
「眠っちゃったね」
静かな宇宙空間で、掌に包んだ金色の卵を見下ろしながら、カザルは呟く。
ついさっきまで、響いていた頼りなげな声は、今は寝息にすり替わったように、微かな呼吸音になっているようだ。
「眠ってくれたな」
安堵した響きはオウライカのもの、それが間近、髪に触れるほど近くで響いていることが嬉しくて奇跡のようで、カザルは顔が上げられない。
今顔を上げてしまったら、全て消えてしまうんじゃないの?
俺はまた、あの渇き切った月の大地で、一人膝を抱えているんじゃないの?
「カザル」
ぽんと頭に手が乗せられて、見る見る視界が滲み、鼻の奥が痛くなった。
「オウライカ…さん…」
これは夢? それとも、と続けかけて、静かに顎を掬い上げられる。
覗き込む黒い瞳、懐かしく深みを帯びてカザルを射抜く。
「お帰り」
「ず、るい…」
ちゅ、と唇にキスされて涙が溢れ落ちた。
「俺、卵抱えてるから、手、離せないもん」
「そうだな」
「俺だって、あんたにキスしたい」
「ああ」
「一人だけずる…」
覆われた口に甘い舌を与えられて貪りつく。蕩けそうで眠くなりそうで、手にした卵を落としそうでもどかしかった。
しばらく唇を合わせていて、気づく。
「…息苦しくない…」
「……」
「ひょっとして……俺達、死んじゃったの…?」
ううん、ひょっとして、俺だけが。
不安にカザルは目を閉じる、前髪が鼻先まで垂れ落ちて、オウライカとの距離が一気に開いた気がして震える。
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