『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
203 / 213

109.『渡河』(2)

しおりを挟む
 確かにさっきは腹部の半分ほどが口を開くような怪我をしていたはずだ。眠っているのではなくて気を失っているのではないのか。しかし、そんな過ちを『隊長』がするとは思えない。
「おらさっさと立て! 街はひどい状態だ、一人でもまともな男が欲しいんだよ、せっせと働け!」
「…ちょっと眠ってただけじゃないですか、酷いなあ」
 まったりとしたライヤーの声が応じて、カークは目を見開く。
 最後のことばも交わせなかったと思っていたのに、どういうことだろう。
 ゆらりと影が動いて、それでも動きが戻らないのだろう、『隊長』に支えられたライヤーが姿を見せた。
「お前の相手が酷いことになってるぜ、さっさと手当してやれよ」
「…あー…カークさん」
「ふ…っっ」
 視界を滲ませ溢れ出した涙に、ライヤーが困ったような、情けないような笑みを浮かべる。『隊長』の肩から離れ、支える手を振りほどき、カークの元へやって来ると、頬を包んでキスをくれた。
「駄目じゃないですか、そんな可愛い泣き顔を僕以外に見せちゃうなんて」
「らい…や…」
 てっきり、私は。
 言いかけて啄まれてことばを封じられ、その後、そっと耳元で囁かれた。
「そのままで聞いて下さい。…まだ竜は感じますか」
「……」
 頷く。
「じゃあ、その竜からエネルギーを分けてもらって体を修復できますから、やって見て?」
「…どう、やって…」
「竜に意識を合わせて……元の体をイメージすればいいだけです」
「……」
 頷いて、白竜に自分の姿を重ねる。しゃらしゃらと微かな音が腹から腰、足にかけて鳴り響きくすぐったいような感覚が広がっていった。形が戻ると今度は中身が満たされて行き、最後にざわざわと血流が動き始めて感覚が戻る。
「…しかし…」
「…これぐらい使ったところで、鱗一枚欠けたようなものですよ」
 ライヤーがくすくすと笑った。
「…不老不死か」
「まあ…飽きちゃうでしょうから」
 ライヤーがキスを落としながら囁く。
「適当なところで引き上げ……うわっ!」
「っ!」
 囁き交わしていた二人に音もなく忍び寄っていた『隊長』が、カークの掛け物を一気に剥がして凍りつく。
「ダルク!」
「…驚くのはこちらだと思うが」
「…てめえら、何…しやがった……いや……」
 『隊長』が青ざめた顔で睨みつける。
「何者だ、って聞いた方がいいんだよな…?」
「たいした怪我じゃなかったんだ、血が広がってただけ……って言っても」
「信じねえ」
「そうだよねえ」
 僕だって信じられないもの。
 のうのうと言い抜けようとするライヤーの襟首を、『隊長』は掴み上げて引き上げる。
「痛い痛い痛い」
「一つわかったことがある」
 凄んだ声で『隊長』は唸った。
「何」
「『塔京』の惨状はてめえらのせいだ。でもって、てめえらにはこの状況を修復する責任がある、だよな?」
 ライヤーがちらりと横目で見やってきた。
 剥がされた掛け物はそのままに、ゆっくり体を起こしてカークは頷く。
「何者だって言うなら」
 ライヤーは微笑んだ。
「竜だよ」
「へ?」
「…『塔京』を統べる竜だ」
 ことばを継いで、カークは立ち上がる。
 再生された両足は微妙に軽くて扱いが難しい。横になっていたせいか、上半身をうまく支えにくい構造で戻してしまったのかもしれない。あとで調整する必要がありそうだ。
 呆けてしまった『隊長』の手をよいしょと払ったライヤーが、慌てて近寄って支えてくれて、なんとかバランスを保って『隊長』に向き直る。
「もちろん、『塔京』を復興させ繁栄を取り戻す仕事は私が行う」
 カークは微笑んだ。
「現状を教え、力を貸せ。大事なものを救いたいだろう?」
「…あんたはやっぱり……魔王だよ」
 『隊長』が寒い声で応じて、カークとライヤーは苦笑した。

「眠っちゃったね」
 静かな宇宙空間で、掌に包んだ金色の卵を見下ろしながら、カザルは呟く。
 ついさっきまで、響いていた頼りなげな声は、今は寝息にすり替わったように、微かな呼吸音になっているようだ。
「眠ってくれたな」
 安堵した響きはオウライカのもの、それが間近、髪に触れるほど近くで響いていることが嬉しくて奇跡のようで、カザルは顔が上げられない。
 今顔を上げてしまったら、全て消えてしまうんじゃないの?
 俺はまた、あの渇き切った月の大地で、一人膝を抱えているんじゃないの?
「カザル」
 ぽんと頭に手が乗せられて、見る見る視界が滲み、鼻の奥が痛くなった。
「オウライカ…さん…」
 これは夢? それとも、と続けかけて、静かに顎を掬い上げられる。
 覗き込む黒い瞳、懐かしく深みを帯びてカザルを射抜く。
「お帰り」
「ず、るい…」
 ちゅ、と唇にキスされて涙が溢れ落ちた。
「俺、卵抱えてるから、手、離せないもん」
「そうだな」
「俺だって、あんたにキスしたい」
「ああ」
「一人だけずる…」
 覆われた口に甘い舌を与えられて貪りつく。蕩けそうで眠くなりそうで、手にした卵を落としそうでもどかしかった。
 しばらく唇を合わせていて、気づく。
「…息苦しくない…」
「……」
「ひょっとして……俺達、死んじゃったの…?」
 ううん、ひょっとして、俺だけが。
 不安にカザルは目を閉じる、前髪が鼻先まで垂れ落ちて、オウライカとの距離が一気に開いた気がして震える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...