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96.『天空で踊るなかれ』(2)
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トラスフィ。
「あん?」
呼ばれてトラスフィは振り返った。だが、辺りは静まり返っている。
カザルは戻ってくる気配がない。地下空洞に広がった蔦のジャングルジムから少し戻り、安定した岩場に陣を張ってカザルの帰りを待っている。
「何か聞こえたのか?」
ツォイが瞬いた。
「気配が通ったな」
ミズ・シモンズが眉をしかめる。
「…青い水滴の紋章だ」
もう一度ツォイが瞳を瞬かせる。
トラスフィには未だよくわからない気配の察知だ。
「誰のかわかるか?」
「知らない。見たこともない」
「ちょっと見せてくれ」
「ん」
ミズがツォイに額を近づけた。感覚の近いものなら、難しい紋章の伝達もできるとは聞いている。ツォイが頭を傾け、額を合わせる。
「……でかいな」
ミズが閉じた目の上で眉を寄せた。
「とんでもなくでかいぞ、これ」
「比較対象がなくてよくわからない。そんなにでかいか?」
「……星、クラスじゃないのか」
ミズが不安げに唸る。
「星? 空の星、か?」
「……っ」
ミズが息を呑んだ。
「どうした?」
ツォイが顔を上げる。ミズは頭を抱えて息苦しそうに口を開き、肩を上下させている。
「侵蝕か? 圧倒か? 罠だったのか?」
「…違うよ」
ミズはのろのろと汗に濡れた顔を上げた。
「いきなり弾けた。もう残ってない。紋章の持ち主が死んだんじゃないか?」
「……誰か、かな」
ツォイがそっと彼方を見回す。
「お互いの紋章のやりとりなんてしないからな」
ミズは気分が悪そうに大きく息を吐く。
「誰かのを拾ったのかも知れない…気紛らわせに、さっきの話を続けてくれ、トラスフィ」
「ああ…どこまで話したかな」
トラスフィは額を拭うミズと心配そうに覗き込むツォイに、ふと胸を過った不安を確認した。
(星ほどもある青い水滴の紋章。ひょっとして、カザルのか? まさかな)
ぞくりと背中を竦ませながら首を振る。
竜は人の考えを越えている。そいつの手のうちに飛び込んで、無事に戻ってくるなんて考える方が間違っているのかもしれない。けれど期待するしかない、カザルが竜を制御出来ると。そこに賭けてみるしかない。
不可能を可能にする最大の力は、諦めないこと、ではなかったか。
「『塔京』を中央庁が制圧するまで抵抗していたグループのガイルの一人息子、グッダ・シズン、そいつがトラスフィの友達で、黄金竜の存在を仮説として立てていたが、中央庁から飛び降り自殺した」
ミズがざっとまとめてくれたのに頷く。
「『塔京』の白竜、『斎京』の赤竜、『伽京』の青竜、『獄京』の黒竜、この世界には他にも小さな都市はあるが、その四つが中心都市だった。竜は高エネルギーの塊で、これは比喩じゃなくて実体だ。極めて長命な種族だったにしても、じゃあ、そいつらはどこから来たんだ? これが一つ目の疑問」
「ふむ」
「竜と都市は基本的には共存関係にある。竜は都市が自分のエネルギーを使って繁栄することで深い眠りにつけるが、50年ごとに目覚めてエネルギーを暴走させる。それを制御する一族が消えて、今じゃ人身御供でその場を凌ぐ。けど、暴走ができないほど都市が竜のエネルギーを奪えば、竜は眠ったままのはずだ。なぜ、50年ごとに奴らは目覚めて暴れるんだ? これが二つ目の疑問」
「確かにな」
ツォンが考え考え口を挟む。
「爺さんの話だと竜はそれぞれ違う姿らしい。都市のエネルギーが違うのか、それとも元々の生物が違うのか」
「おい、ツォン。爺さんは『五元竜によるエネルギー支配』論てのを知ってたのか?」
「さあ、知らなかったと思う」
トラスフィの問いに首を振って続ける。
「ただ、竜が生き物なら、いつ飯を食ってんだろうって言ってた。50年ごとの贄じゃとっても足りねえだろうって」
「……グッダはこう考えてたんだ。元々この世界にはエネルギーの吹き出し口みたいなものがあって、そのエネルギーを何かの仕掛けで世界中に回して、それで世界を成り立たせていたんじゃないか、ってな」
トラスフィは紅潮した頬で語る、今は亡き友人を思い出す。
『きっとこれはとんでもない仕掛けだよ。人為的に意図的に、都市は配置され管理されていたに違いない。エネルギーの吹き出し口に、そのエネルギーを管理する何者か、たぶんもう一体の竜が居て、本当ならば四体の竜はそいつ、五体目の竜に統御されていたのに、何かの原因で統御ができなくなって、四体の竜は自らの体に溜まるエネルギーを制御できなくなったに違いない』
「つまりグッダは、竜ってのは吹き出し口から溢れたエネルギーを食って生き長らえてるけれど、その量の調整がうまく行かなくて、50年おきにエネルギーを吐き出す羽目になるんだって考えてた」
「んー」
ミズが眉間に皺を寄せる。
「じゃあ何か、その『吹き出し口』を見つけて、それを統御できたら竜は眠ったままで都市も無事で贄も要らないってわけか?」
「『吹き出し口』はどこだ?」
ツォンが尋ねるのにトラスフィは首を振る。
「わかんねえ。ただ、四体の竜を探して、そいつらに繋がる何かを見つければ、『吹き出し口』に辿り着けるかも知れねえ」
「『紅蓮』が何度か遠征してたのはそのためか」
「何で詳しく話さなかったんだ? ……ああ、そうか、そんなものを探してるってわかったら『塔京』のハイトにとんでもない力が手に入るか」
ミズが大きく頷いた。
「そりゃ、まずいな」
「いや、たぶん、ハイトは知ってるだろうぜ」
トラスフィは苦い顔になった。
「けれど、『吹き出し口』をまだ見つけてねえ。だから『斎京』に探りを入れてオウライカを見張ってた、もし見つけていたら横取りするためにな。で、その理論を他の奴らに知られないために、グッダを殺した」
今もあの中央庁の高みで、配下がエネルギーの源を探して右往左往しているのを嗤って眺めている。見つけ出した瞬間に奪い去ろうと爪を研いでいる。
「ただ、さすがのあいつも、カザルが竜がらみだったとは気づけなかった」
『斎京』の技で初めてわかった真実、それこそ、もっと遥かな高所、天空に居るような存在が仕組んだものか。
「カザルなら見つけられるはずだ、俺は信じてる」「俺も」「俺もだ」
息を呑んで話に聴き入っていた『紅蓮』のメンバー達が次々に同意した。
「戻ってこいよ、カザル」
トラスフィは岩盤を貫くように見上げる。
「俺達にはお前が必要なんだ」
「トラスフィ!」
ふいに呼ばれて振り返ったトラスフィは続いた報告に顔色をなくした。
「オウライカさんが『夢喰い』にやられたって…」
「な、に…っ」
「あん?」
呼ばれてトラスフィは振り返った。だが、辺りは静まり返っている。
カザルは戻ってくる気配がない。地下空洞に広がった蔦のジャングルジムから少し戻り、安定した岩場に陣を張ってカザルの帰りを待っている。
「何か聞こえたのか?」
ツォイが瞬いた。
「気配が通ったな」
ミズ・シモンズが眉をしかめる。
「…青い水滴の紋章だ」
もう一度ツォイが瞳を瞬かせる。
トラスフィには未だよくわからない気配の察知だ。
「誰のかわかるか?」
「知らない。見たこともない」
「ちょっと見せてくれ」
「ん」
ミズがツォイに額を近づけた。感覚の近いものなら、難しい紋章の伝達もできるとは聞いている。ツォイが頭を傾け、額を合わせる。
「……でかいな」
ミズが閉じた目の上で眉を寄せた。
「とんでもなくでかいぞ、これ」
「比較対象がなくてよくわからない。そんなにでかいか?」
「……星、クラスじゃないのか」
ミズが不安げに唸る。
「星? 空の星、か?」
「……っ」
ミズが息を呑んだ。
「どうした?」
ツォイが顔を上げる。ミズは頭を抱えて息苦しそうに口を開き、肩を上下させている。
「侵蝕か? 圧倒か? 罠だったのか?」
「…違うよ」
ミズはのろのろと汗に濡れた顔を上げた。
「いきなり弾けた。もう残ってない。紋章の持ち主が死んだんじゃないか?」
「……誰か、かな」
ツォイがそっと彼方を見回す。
「お互いの紋章のやりとりなんてしないからな」
ミズは気分が悪そうに大きく息を吐く。
「誰かのを拾ったのかも知れない…気紛らわせに、さっきの話を続けてくれ、トラスフィ」
「ああ…どこまで話したかな」
トラスフィは額を拭うミズと心配そうに覗き込むツォイに、ふと胸を過った不安を確認した。
(星ほどもある青い水滴の紋章。ひょっとして、カザルのか? まさかな)
ぞくりと背中を竦ませながら首を振る。
竜は人の考えを越えている。そいつの手のうちに飛び込んで、無事に戻ってくるなんて考える方が間違っているのかもしれない。けれど期待するしかない、カザルが竜を制御出来ると。そこに賭けてみるしかない。
不可能を可能にする最大の力は、諦めないこと、ではなかったか。
「『塔京』を中央庁が制圧するまで抵抗していたグループのガイルの一人息子、グッダ・シズン、そいつがトラスフィの友達で、黄金竜の存在を仮説として立てていたが、中央庁から飛び降り自殺した」
ミズがざっとまとめてくれたのに頷く。
「『塔京』の白竜、『斎京』の赤竜、『伽京』の青竜、『獄京』の黒竜、この世界には他にも小さな都市はあるが、その四つが中心都市だった。竜は高エネルギーの塊で、これは比喩じゃなくて実体だ。極めて長命な種族だったにしても、じゃあ、そいつらはどこから来たんだ? これが一つ目の疑問」
「ふむ」
「竜と都市は基本的には共存関係にある。竜は都市が自分のエネルギーを使って繁栄することで深い眠りにつけるが、50年ごとに目覚めてエネルギーを暴走させる。それを制御する一族が消えて、今じゃ人身御供でその場を凌ぐ。けど、暴走ができないほど都市が竜のエネルギーを奪えば、竜は眠ったままのはずだ。なぜ、50年ごとに奴らは目覚めて暴れるんだ? これが二つ目の疑問」
「確かにな」
ツォンが考え考え口を挟む。
「爺さんの話だと竜はそれぞれ違う姿らしい。都市のエネルギーが違うのか、それとも元々の生物が違うのか」
「おい、ツォン。爺さんは『五元竜によるエネルギー支配』論てのを知ってたのか?」
「さあ、知らなかったと思う」
トラスフィの問いに首を振って続ける。
「ただ、竜が生き物なら、いつ飯を食ってんだろうって言ってた。50年ごとの贄じゃとっても足りねえだろうって」
「……グッダはこう考えてたんだ。元々この世界にはエネルギーの吹き出し口みたいなものがあって、そのエネルギーを何かの仕掛けで世界中に回して、それで世界を成り立たせていたんじゃないか、ってな」
トラスフィは紅潮した頬で語る、今は亡き友人を思い出す。
『きっとこれはとんでもない仕掛けだよ。人為的に意図的に、都市は配置され管理されていたに違いない。エネルギーの吹き出し口に、そのエネルギーを管理する何者か、たぶんもう一体の竜が居て、本当ならば四体の竜はそいつ、五体目の竜に統御されていたのに、何かの原因で統御ができなくなって、四体の竜は自らの体に溜まるエネルギーを制御できなくなったに違いない』
「つまりグッダは、竜ってのは吹き出し口から溢れたエネルギーを食って生き長らえてるけれど、その量の調整がうまく行かなくて、50年おきにエネルギーを吐き出す羽目になるんだって考えてた」
「んー」
ミズが眉間に皺を寄せる。
「じゃあ何か、その『吹き出し口』を見つけて、それを統御できたら竜は眠ったままで都市も無事で贄も要らないってわけか?」
「『吹き出し口』はどこだ?」
ツォンが尋ねるのにトラスフィは首を振る。
「わかんねえ。ただ、四体の竜を探して、そいつらに繋がる何かを見つければ、『吹き出し口』に辿り着けるかも知れねえ」
「『紅蓮』が何度か遠征してたのはそのためか」
「何で詳しく話さなかったんだ? ……ああ、そうか、そんなものを探してるってわかったら『塔京』のハイトにとんでもない力が手に入るか」
ミズが大きく頷いた。
「そりゃ、まずいな」
「いや、たぶん、ハイトは知ってるだろうぜ」
トラスフィは苦い顔になった。
「けれど、『吹き出し口』をまだ見つけてねえ。だから『斎京』に探りを入れてオウライカを見張ってた、もし見つけていたら横取りするためにな。で、その理論を他の奴らに知られないために、グッダを殺した」
今もあの中央庁の高みで、配下がエネルギーの源を探して右往左往しているのを嗤って眺めている。見つけ出した瞬間に奪い去ろうと爪を研いでいる。
「ただ、さすがのあいつも、カザルが竜がらみだったとは気づけなかった」
『斎京』の技で初めてわかった真実、それこそ、もっと遥かな高所、天空に居るような存在が仕組んだものか。
「カザルなら見つけられるはずだ、俺は信じてる」「俺も」「俺もだ」
息を呑んで話に聴き入っていた『紅蓮』のメンバー達が次々に同意した。
「戻ってこいよ、カザル」
トラスフィは岩盤を貫くように見上げる。
「俺達にはお前が必要なんだ」
「トラスフィ!」
ふいに呼ばれて振り返ったトラスフィは続いた報告に顔色をなくした。
「オウライカさんが『夢喰い』にやられたって…」
「な、に…っ」
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