『segakiyui短編集』

segakiyui

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SSS83『天使去りし地上』

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 駅に着いて電車を降り、改札口へ向かっていると、前を歩いていた娘が呼ばれたように天を仰いだ。慌てたようにショルダーバッグを肩から外し、ちょっとコンパクトを覗いて、ショルダーバッグもろとも下に落とした。そして両手をふっと広げると、白銀の、眩いばかりの柔らかな翼がその背から伸び、鳥よりも重々しく、羽毛よりも軽やかに飛び去っていってしまった。ぎょっとして立ち竦む僕の隣の4、5歳の少女も、可愛い羽を羽ばたかせて、見る間に蒼天に消えていく。振り返ると、呆然と立ち竦む数十人の大人の中から、少女や少年やそれに負けず劣らず美しい魂を持っている者達が、肉親や家族や友人や、残してゆかねばならない者達に、哀しげな哀れみに似た笑みを投げかけて、天上へ帰って行く。
 たぶん、世界中でこの光景は見られているのだろう。天上へ帰る者達が安全領域に出ていくのを待っていたように、ピカッと稲妻より強い太陽より残酷な月より冷ややかな光が天空に満ちた。人々がのたうつ。影が地面に焼き付けられている。世界戦争が始まって終わったのだ。残されたものは、ただの『地獄』。
 僕は、改札口の溶け崩れた人体を跨ぎこした。この区域は僕の『受け持ち』になるのか、確かめておかなくてはならない。地面の裂け目を覗き込む。これはかなり深いから『下』まで行けるだろう。着ていたカッターシャツを裂いて黒い翼がピンと張る。ズボンを脱ぐと、スペード型の先端を持った尾が足に絡みついた。僕はふわりと裂け目に浮き、ゆっくりと降りていく。
 『下』も『混雑』しているだろう、行き場を無くした魂達で。

                                  終わり
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