『segakiyui短編集』

segakiyui

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SSS80『おかしな味』

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 ある日、朝食のトマトを口に入れた途端、僕は思わず吐き出していた。
「な、なんだ?」
 そのトマトは、見かけは実に美味そうに赤くツヤツヤしたトマトなのだが、味は間違いなく『生味噌』の味だったのだ。僕はまじまじとそいつを見つめた後、そっと端を齧ってみた。
「うえ…」
 濃く塩っぱい味が舌に残り、僕は眉をしかめてトマトを放り出した。
「どうかしたの?」
 母が不審げな様子で僕を見る。僕はかろうじて『生味噌』のことを言うのを押しとどめた。
「変な味がするんだ」
「どれどれ……あら、美味しいじゃない」
 母はトマトの残りを摘んで、美味しそうに食べ、くすっと笑った。
「変な子ねえ」
 僕は母の口元を見つめた後、今度はソーセージに手を付けた。一口食べるか食べないうちに、吐き出しかけるのを必死に我慢して、慌ててそいつを飲み込んだ。もう、何も食べる気がしなかった。ソーセージの味は『たくあん』だったのだ。
「もう食べないの?」
「うん、行って来ます!」
 僕は食事をそこそこにして家を飛び出した。学校へ行くまでにパン屋があったはずだ。そこで何か買って行こう。
「すみませーん、これとこれ、それから、これ下さい!」
「はいよ、毎度!」
 パンを二つ鞄に入れ、もう一つを歩きながらパクついてぎょっとした。
「こいつまでだあっ!」
 それは素敵に生きの良い『マグロ』の味だったのだ。
「一体、どうしたって言うんだよ!」
「おい、何を道の真ん中で喚いてるんだ?」
 悪友Aが僕のパンをひったくって行った。
「あっ、そいつ!」
 僕が止める前に、Aはそれをむしゃむしゃやっていた。
「へえ、良いの食ってやがるな」
「お、おい……変な味しないか?」
「変な味? どんな?」
 Aは全く気づかぬ様子で訊ね返した。
「どんなって……その……つまり……『マグロ』の味…」
「バカヤロウ! ハムサンドがなんでマグロの味なんだよ!」
「まともか?」
「何が?」
「味さ」
「ハム数枚以外は、『マグロ』も『アジ』も挟んでないみたいだがね」
 Aはニヤニヤ笑っていた。僕は決まり悪くなって、黙ったまま道を急いだ、残りのパンがまともであってくれと願いながら。
 放課後、僕はげっそりして家に帰った。残りの卵サンドは『漬物』で、あんぱんは『キャベツ』だった。帰りに飲もうとしたジュースは『ソース』だったし、空腹に耐えかねて買ったポテトチップスは『人参』だった。
「だいたい、外見と中身が一致してこそ、うまく食べられるんじゃないか…」
 僕はぶつぶつ呟いた。いや、外見と中身は同じなんだ、ただ味が。
 家に辿り着くと、玄関に灰色の背広の男が立っていて、僕の方を振り向き、少し笑った。
「やあ、君が広君かね?」
「はい、あの…?」
 あなたは誰なんですかと尋ねかけた僕に耳あたりに、男は手を伸ばした。カチッと遠い音がして、僕はなぜか急に眠りに陥った………。

「それで、どうなんでしょう」
 広の母は尋ねた。
「ああ、ご心配いりません。古い型ですからな……味覚関係の神経回路がちょっとショートしたんでしょう。少し前に開発されたアンドロイド・チャイルドにはよくあるんです」
「それなら良いんですけど……15年も一緒に暮らして来たんですもの……本当の子どもみたいで……」
「わかります」
 灰色背広の男は少し肩を竦めた。
「治りましたよ。じゃ……『お大事に』」
「どうも有難うございました!」
 広の母、厳密に言えば、広と名付けられたアンドロイド・チャイルドの持ち主は、心配げな表情を和らげ、男の唇に浮かべた奇妙な笑みには気づかぬ様子で頭を下げた。

 僕はベッドで気が付いた。母が、僕が玄関で倒れているのを見つけて、大騒ぎになったと言う。ついさっき医者が帰ったばかりだと聞いて、僕は首を傾げた。
「玄関の所に男の人が居たみたいだったけれど…」
「疲れてるのよ、もうちょっとおやすみなさい」
「そうかなあ…」
「ちょっとサンドイッチ作ったけれど……卵サンド、食べてみる?」
「え……卵サンドぉ…?」
 僕は『漬物』の味を思い出してげっそりしたが、母はにこにこ笑って言った。
「お医者様はもう体調には問題がないって仰ってたけど」
「うん…」
 恐る恐る小さく齧ってみてほっとした。
「本当だ。良かったあ……きっと食べたものがおかしかったんだよね」
「そうよ」
 僕は安心して卵サンドを詰め込んだ。優しい母の目に見守られながら。

                                      終わり
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