100 / 118
SSS71『女系家族』(1)
しおりを挟む
山奥の小城(おぎ)一族は、他の一族と交流がありません。小城一族は村の神族とされ、近づけば災いがあるとされていました。小城一族は村はずれの丘の上に、その神聖な住居を構え、村人との交流を断つことで、純潔さを保っておりました。
ずっと昔、彼らの姿をちらりと見た猟師が、村人に一つの情報を伝えました。
「小城様は女ばっかりじゃ。それも透けるような肌の綺麗なお人たちばかりじゃった」
その猟師は、3日後、不思議な声が聞こえると言って、ふらふらと夜中に家を出て行き、小城一族の住居の方に向かい、そのまま帰って来ませんでした。
村人は後世に3つのことを伝えました。
「小城様は女系家族じゃ。じゃが小城様には近づくんじゃねェ。小城様は神族じゃ」
「でも、おばば」
折生(オリュウ)は不服そうに唇を尖らせた。
「ほんの偶然なんだってば。あんな山奥に入ったのは、今日が初めてでさ」
「嘘はおつきにならん方が良いわ。ばばの目が、お前さんの仕留めたウサギのように役に立たんもんだとは、思われてはおりませぬな? ばばの耳がもぐらのように聞こえんとは、思われてはおりませぬな? ばばには何でも見えまする。ばばは何でも知っておりまするのじゃ」
おばばは歌うように言い聞かせた。
「わかったよ」
折生(オリュウ)は不貞腐れたように答えた。
「確かに初めてじゃないよ。でもまだ、2回目さ」
「なぜお行きになったのじゃ? 村の掟で、あそこへは近づいてはならぬと決まっておるのに。1回目が偶然山犬に追いかけられて入り込んだとしても、なぜ2回目にお行きなさった?」
折生はおばばが山犬の事を知っているのに驚きながら、そっと応えた。
「ひどくきれいな女の子が居たんだ。真っ白い着物に薄い空色の帯を締めた…」
折生は頬が熱くなってことばを切った。おばばは厳しい顔にうっすらと笑みを浮かべ、それでも声だけは厳しく尋ねた。
「どうしてその子とお会いなされた」
「山犬に追われて崖から落ちたんだ。腕に怪我をして……痛くて、もう少し痛みが収まってから薬草を探そうと思ったんだ。そしたら、側の木の間からきれいな女の子が顔を出して言ったんだ」
「何と?」
「どうしたのって。すごくきれいな声だったよ、おばば。僕が怪我をしているのを見るとね、着物の袂から銀色のものを出して、それで怪我を撫でてくれたんだ。そしたら、すうっと痛みがなくなってね、怪我が治ったんだ。その女の子ね、にこって笑って僕の怪我に、自分の帯の端切れで包帯してくれたんだ」
「お前さんは、それを返しに行こうとされたんじゃな?」
「うん。だけど行く前におばばに見つかったんだ」
「お前さんはどうしても、それを返したいのじゃな?」
「うん」
おばばはゆっくり考え込んだ後、言った。
「秋に祭りがありますじゃろう。その時は、あの山奥は白い鳥居まで入れる。その時に白い鳥居の下のお供え物と一緒に、それを置きなさるがええ」
「そうするよ、おばば」
祭りの日は来た。折生はお供え物の中にそっとあの水色の布を置き、急いで帰って来た。
「置いて来たよ……おばば……どうしたの?」
彼は青ざめたおばばに尋ねた。
「恐ろしい3日が来ますのじゃ。お前さんは今年で何歳じゃ?」
「15歳だよ、おばば」
「では……夜の声に気をつけなされ。眠っている間に、どこかへ行かぬよう、この3日間はおばばが縛って差し上げましょう」
折生が訳が分からなくなって重ねて尋ねた。
「一体どういうことなんだい?」
「この3日間に、毎年15歳以上の若者の男が5人、神様に呼び出されますのじゃ。そして、その男らは二度と戻って参りませぬ」
「それでなんだね、この村の男の数が少ないのは」
折生は少し納得したが、ふと不安になって付け加えた。
「じゃあ、僕も?」
おばばは答えなかった。
2日間は無事だった。が、3日目、折生はおばばが疲れて眠っている間に、不思議な声に導かれて、白い鳥居にやって来た。
「ようこそ、村の衆」
鳥居の下に鬼神と思われるほどの凄まじい表情の女が立っていた。村からの、折生を含めた5人の男は再び導かれて、山の奥まった所の屋敷へ連れて行かれ、地下の座敷牢へ押し込まれた。
「今夜はお前にしよう」
女は舌舐めずりをして言い、折生の腕を掴んだ。
その時、横から白い着物に空色の帯を締めた少女が口を出した。
「お母さん。その子は私の遊び相手にしたいわ。ねえ、他の4人を先にやってよ」
「お前がそう言うのなら…」
女は別の男を連れて出て行った。少女はそっと折生の手を取り囁いた。
「怪我はもう大丈夫?」
「ああ、あの時の」
折生は我に返って頷いた。娘も頷き返すと、折生の手を引いて自分の部屋に連れて行き、ピシャッと襖を閉めると強く言った。
「どうしてこんな所へ来たの?!」
「どうしてって」
折生は困って口籠った。
「いいわ。私が逃がしてあげる」
「逃す? なぜ?」
「あとでわかるわ。私、若桜(ワカサ)って言うの」
「僕は折生。でも、何をすればいいんだ?」
少女はふふっと大人びた笑みを返した。
「そうね、話をして。外のことや村のことやあなたのこと」
「…」
「私、生まれてから、ここを出たことがないの」
「いいよ」
折生は話し始めた。若桜はどこか寂しげな笑みを湛えながら、折生の話に聞き入った。
連れて来られて4日目の夜、若桜はそっと折生に囁いた。
「今夜、逃がしてあげます」
「他の者は?」
「お母さんに食べられたわ」
「ええっ」
「カマキリを知っているでしょう? あれと同じ。小城一族は人肉、それも男の肉を喰らう一族なのよ」
若桜は淡々と続けた。
「1年に一度、祭りの後3日で男を5人集め、次の5日で食べ、その次に女の赤ん坊を妊娠するの」
折生は後じさりしながら言った。
「それで女系家族……やっぱり君達は人間じゃなかったんだな」
「さあ? 昔のことだから覚えていないわ、誰も」
若桜は折生に不思議な笑みを見せ、ついと立って導いた。
「こっちよ、早く」
「なぜ逃がしてくれる?」
「気に入ったから」
折生は次第に早足になっていく娘を必死に追いかけ、気がつくと鳥居の下に居た。
「ここまで来れば大丈夫。でも、着物を替えておきましょう」
「無理だ!」
するすると帯を解き始めた娘に慌てて背中を向け、折生は叫んだ。
「男と女じゃ、すぐ分かっちまう!」
「いいえ、『分からない』わ」
若桜は着物を肩から落とした。
「君は…」
「そう、男よ」
呆気に取られた折生に、娘と間違うほど美しい少年は微笑んだ。
「時々、私のようなものが産まれるの、さあ脱いで!」
若桜は口調だけは娘のままで命じた。折生は渋々娘の寄越した着物を身に付けた。
「妙な気分だ」
「似合うわよ」
くすくす笑いながら、娘は泥を顔や手足に塗りつけ、髪をくしゃくしゃに乱した。と、奇妙なことに『彼』は折生そっくりになった。突然小さい頃攫われた弟のことを思い出し、折生ははっとした。
「本当は、まさかお前…」
「さあ行って!」
若桜は悲しげに笑い、身を翻して山の奥へ駆け込みながら叫んだ。
「元気でね、兄さん!」
「若桜ーっ!」
折生の呼ぶ声は空中に消えた。やがて小城家の辺りに火の手が上がり、火は広がって鳥居までも燃え、あたり一面焼け野原となった。
「若桜…」
折生は村人達が駆け寄るのも気づかず、ただただ呆然と彼方の残骸を見た……。
つづく
ずっと昔、彼らの姿をちらりと見た猟師が、村人に一つの情報を伝えました。
「小城様は女ばっかりじゃ。それも透けるような肌の綺麗なお人たちばかりじゃった」
その猟師は、3日後、不思議な声が聞こえると言って、ふらふらと夜中に家を出て行き、小城一族の住居の方に向かい、そのまま帰って来ませんでした。
村人は後世に3つのことを伝えました。
「小城様は女系家族じゃ。じゃが小城様には近づくんじゃねェ。小城様は神族じゃ」
「でも、おばば」
折生(オリュウ)は不服そうに唇を尖らせた。
「ほんの偶然なんだってば。あんな山奥に入ったのは、今日が初めてでさ」
「嘘はおつきにならん方が良いわ。ばばの目が、お前さんの仕留めたウサギのように役に立たんもんだとは、思われてはおりませぬな? ばばの耳がもぐらのように聞こえんとは、思われてはおりませぬな? ばばには何でも見えまする。ばばは何でも知っておりまするのじゃ」
おばばは歌うように言い聞かせた。
「わかったよ」
折生(オリュウ)は不貞腐れたように答えた。
「確かに初めてじゃないよ。でもまだ、2回目さ」
「なぜお行きになったのじゃ? 村の掟で、あそこへは近づいてはならぬと決まっておるのに。1回目が偶然山犬に追いかけられて入り込んだとしても、なぜ2回目にお行きなさった?」
折生はおばばが山犬の事を知っているのに驚きながら、そっと応えた。
「ひどくきれいな女の子が居たんだ。真っ白い着物に薄い空色の帯を締めた…」
折生は頬が熱くなってことばを切った。おばばは厳しい顔にうっすらと笑みを浮かべ、それでも声だけは厳しく尋ねた。
「どうしてその子とお会いなされた」
「山犬に追われて崖から落ちたんだ。腕に怪我をして……痛くて、もう少し痛みが収まってから薬草を探そうと思ったんだ。そしたら、側の木の間からきれいな女の子が顔を出して言ったんだ」
「何と?」
「どうしたのって。すごくきれいな声だったよ、おばば。僕が怪我をしているのを見るとね、着物の袂から銀色のものを出して、それで怪我を撫でてくれたんだ。そしたら、すうっと痛みがなくなってね、怪我が治ったんだ。その女の子ね、にこって笑って僕の怪我に、自分の帯の端切れで包帯してくれたんだ」
「お前さんは、それを返しに行こうとされたんじゃな?」
「うん。だけど行く前におばばに見つかったんだ」
「お前さんはどうしても、それを返したいのじゃな?」
「うん」
おばばはゆっくり考え込んだ後、言った。
「秋に祭りがありますじゃろう。その時は、あの山奥は白い鳥居まで入れる。その時に白い鳥居の下のお供え物と一緒に、それを置きなさるがええ」
「そうするよ、おばば」
祭りの日は来た。折生はお供え物の中にそっとあの水色の布を置き、急いで帰って来た。
「置いて来たよ……おばば……どうしたの?」
彼は青ざめたおばばに尋ねた。
「恐ろしい3日が来ますのじゃ。お前さんは今年で何歳じゃ?」
「15歳だよ、おばば」
「では……夜の声に気をつけなされ。眠っている間に、どこかへ行かぬよう、この3日間はおばばが縛って差し上げましょう」
折生が訳が分からなくなって重ねて尋ねた。
「一体どういうことなんだい?」
「この3日間に、毎年15歳以上の若者の男が5人、神様に呼び出されますのじゃ。そして、その男らは二度と戻って参りませぬ」
「それでなんだね、この村の男の数が少ないのは」
折生は少し納得したが、ふと不安になって付け加えた。
「じゃあ、僕も?」
おばばは答えなかった。
2日間は無事だった。が、3日目、折生はおばばが疲れて眠っている間に、不思議な声に導かれて、白い鳥居にやって来た。
「ようこそ、村の衆」
鳥居の下に鬼神と思われるほどの凄まじい表情の女が立っていた。村からの、折生を含めた5人の男は再び導かれて、山の奥まった所の屋敷へ連れて行かれ、地下の座敷牢へ押し込まれた。
「今夜はお前にしよう」
女は舌舐めずりをして言い、折生の腕を掴んだ。
その時、横から白い着物に空色の帯を締めた少女が口を出した。
「お母さん。その子は私の遊び相手にしたいわ。ねえ、他の4人を先にやってよ」
「お前がそう言うのなら…」
女は別の男を連れて出て行った。少女はそっと折生の手を取り囁いた。
「怪我はもう大丈夫?」
「ああ、あの時の」
折生は我に返って頷いた。娘も頷き返すと、折生の手を引いて自分の部屋に連れて行き、ピシャッと襖を閉めると強く言った。
「どうしてこんな所へ来たの?!」
「どうしてって」
折生は困って口籠った。
「いいわ。私が逃がしてあげる」
「逃す? なぜ?」
「あとでわかるわ。私、若桜(ワカサ)って言うの」
「僕は折生。でも、何をすればいいんだ?」
少女はふふっと大人びた笑みを返した。
「そうね、話をして。外のことや村のことやあなたのこと」
「…」
「私、生まれてから、ここを出たことがないの」
「いいよ」
折生は話し始めた。若桜はどこか寂しげな笑みを湛えながら、折生の話に聞き入った。
連れて来られて4日目の夜、若桜はそっと折生に囁いた。
「今夜、逃がしてあげます」
「他の者は?」
「お母さんに食べられたわ」
「ええっ」
「カマキリを知っているでしょう? あれと同じ。小城一族は人肉、それも男の肉を喰らう一族なのよ」
若桜は淡々と続けた。
「1年に一度、祭りの後3日で男を5人集め、次の5日で食べ、その次に女の赤ん坊を妊娠するの」
折生は後じさりしながら言った。
「それで女系家族……やっぱり君達は人間じゃなかったんだな」
「さあ? 昔のことだから覚えていないわ、誰も」
若桜は折生に不思議な笑みを見せ、ついと立って導いた。
「こっちよ、早く」
「なぜ逃がしてくれる?」
「気に入ったから」
折生は次第に早足になっていく娘を必死に追いかけ、気がつくと鳥居の下に居た。
「ここまで来れば大丈夫。でも、着物を替えておきましょう」
「無理だ!」
するすると帯を解き始めた娘に慌てて背中を向け、折生は叫んだ。
「男と女じゃ、すぐ分かっちまう!」
「いいえ、『分からない』わ」
若桜は着物を肩から落とした。
「君は…」
「そう、男よ」
呆気に取られた折生に、娘と間違うほど美しい少年は微笑んだ。
「時々、私のようなものが産まれるの、さあ脱いで!」
若桜は口調だけは娘のままで命じた。折生は渋々娘の寄越した着物を身に付けた。
「妙な気分だ」
「似合うわよ」
くすくす笑いながら、娘は泥を顔や手足に塗りつけ、髪をくしゃくしゃに乱した。と、奇妙なことに『彼』は折生そっくりになった。突然小さい頃攫われた弟のことを思い出し、折生ははっとした。
「本当は、まさかお前…」
「さあ行って!」
若桜は悲しげに笑い、身を翻して山の奥へ駆け込みながら叫んだ。
「元気でね、兄さん!」
「若桜ーっ!」
折生の呼ぶ声は空中に消えた。やがて小城家の辺りに火の手が上がり、火は広がって鳥居までも燃え、あたり一面焼け野原となった。
「若桜…」
折生は村人達が駆け寄るのも気づかず、ただただ呆然と彼方の残骸を見た……。
つづく
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる