『segakiyui短編集』

segakiyui

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SSS71『女系家族』(1)

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 山奥の小城(おぎ)一族は、他の一族と交流がありません。小城一族は村の神族とされ、近づけば災いがあるとされていました。小城一族は村はずれの丘の上に、その神聖な住居を構え、村人との交流を断つことで、純潔さを保っておりました。
 ずっと昔、彼らの姿をちらりと見た猟師が、村人に一つの情報を伝えました。
「小城様は女ばっかりじゃ。それも透けるような肌の綺麗なお人たちばかりじゃった」
 その猟師は、3日後、不思議な声が聞こえると言って、ふらふらと夜中に家を出て行き、小城一族の住居の方に向かい、そのまま帰って来ませんでした。
 村人は後世に3つのことを伝えました。
「小城様は女系家族じゃ。じゃが小城様には近づくんじゃねェ。小城様は神族じゃ」


「でも、おばば」
 折生(オリュウ)は不服そうに唇を尖らせた。
「ほんの偶然なんだってば。あんな山奥に入ったのは、今日が初めてでさ」
「嘘はおつきにならん方が良いわ。ばばの目が、お前さんの仕留めたウサギのように役に立たんもんだとは、思われてはおりませぬな? ばばの耳がもぐらのように聞こえんとは、思われてはおりませぬな? ばばには何でも見えまする。ばばは何でも知っておりまするのじゃ」
 おばばは歌うように言い聞かせた。
「わかったよ」
 折生(オリュウ)は不貞腐れたように答えた。
「確かに初めてじゃないよ。でもまだ、2回目さ」
「なぜお行きになったのじゃ? 村の掟で、あそこへは近づいてはならぬと決まっておるのに。1回目が偶然山犬に追いかけられて入り込んだとしても、なぜ2回目にお行きなさった?」
 折生はおばばが山犬の事を知っているのに驚きながら、そっと応えた。
「ひどくきれいな女の子が居たんだ。真っ白い着物に薄い空色の帯を締めた…」
 折生は頬が熱くなってことばを切った。おばばは厳しい顔にうっすらと笑みを浮かべ、それでも声だけは厳しく尋ねた。
「どうしてその子とお会いなされた」
「山犬に追われて崖から落ちたんだ。腕に怪我をして……痛くて、もう少し痛みが収まってから薬草を探そうと思ったんだ。そしたら、側の木の間からきれいな女の子が顔を出して言ったんだ」
「何と?」
「どうしたのって。すごくきれいな声だったよ、おばば。僕が怪我をしているのを見るとね、着物の袂から銀色のものを出して、それで怪我を撫でてくれたんだ。そしたら、すうっと痛みがなくなってね、怪我が治ったんだ。その女の子ね、にこって笑って僕の怪我に、自分の帯の端切れで包帯してくれたんだ」
「お前さんは、それを返しに行こうとされたんじゃな?」
「うん。だけど行く前におばばに見つかったんだ」
「お前さんはどうしても、それを返したいのじゃな?」
「うん」
 おばばはゆっくり考え込んだ後、言った。
「秋に祭りがありますじゃろう。その時は、あの山奥は白い鳥居まで入れる。その時に白い鳥居の下のお供え物と一緒に、それを置きなさるがええ」
「そうするよ、おばば」

 祭りの日は来た。折生はお供え物の中にそっとあの水色の布を置き、急いで帰って来た。
「置いて来たよ……おばば……どうしたの?」
 彼は青ざめたおばばに尋ねた。
「恐ろしい3日が来ますのじゃ。お前さんは今年で何歳じゃ?」
「15歳だよ、おばば」
「では……夜の声に気をつけなされ。眠っている間に、どこかへ行かぬよう、この3日間はおばばが縛って差し上げましょう」
 折生が訳が分からなくなって重ねて尋ねた。
「一体どういうことなんだい?」
「この3日間に、毎年15歳以上の若者の男が5人、神様に呼び出されますのじゃ。そして、その男らは二度と戻って参りませぬ」
「それでなんだね、この村の男の数が少ないのは」
 折生は少し納得したが、ふと不安になって付け加えた。
「じゃあ、僕も?」
 おばばは答えなかった。
 2日間は無事だった。が、3日目、折生はおばばが疲れて眠っている間に、不思議な声に導かれて、白い鳥居にやって来た。
「ようこそ、村の衆」
 鳥居の下に鬼神と思われるほどの凄まじい表情の女が立っていた。村からの、折生を含めた5人の男は再び導かれて、山の奥まった所の屋敷へ連れて行かれ、地下の座敷牢へ押し込まれた。
「今夜はお前にしよう」
 女は舌舐めずりをして言い、折生の腕を掴んだ。
 その時、横から白い着物に空色の帯を締めた少女が口を出した。
「お母さん。その子は私の遊び相手にしたいわ。ねえ、他の4人を先にやってよ」
「お前がそう言うのなら…」
 女は別の男を連れて出て行った。少女はそっと折生の手を取り囁いた。
「怪我はもう大丈夫?」
「ああ、あの時の」
 折生は我に返って頷いた。娘も頷き返すと、折生の手を引いて自分の部屋に連れて行き、ピシャッと襖を閉めると強く言った。
「どうしてこんな所へ来たの?!」
「どうしてって」
 折生は困って口籠った。
「いいわ。私が逃がしてあげる」
「逃す? なぜ?」
「あとでわかるわ。私、若桜(ワカサ)って言うの」
「僕は折生。でも、何をすればいいんだ?」
 少女はふふっと大人びた笑みを返した。
「そうね、話をして。外のことや村のことやあなたのこと」
「…」
「私、生まれてから、ここを出たことがないの」
「いいよ」
 折生は話し始めた。若桜はどこか寂しげな笑みを湛えながら、折生の話に聞き入った。

 連れて来られて4日目の夜、若桜はそっと折生に囁いた。
「今夜、逃がしてあげます」
「他の者は?」
「お母さんに食べられたわ」
「ええっ」
「カマキリを知っているでしょう? あれと同じ。小城一族は人肉、それも男の肉を喰らう一族なのよ」
 若桜は淡々と続けた。
「1年に一度、祭りの後3日で男を5人集め、次の5日で食べ、その次に女の赤ん坊を妊娠するの」
 折生は後じさりしながら言った。
「それで女系家族……やっぱり君達は人間じゃなかったんだな」
「さあ? 昔のことだから覚えていないわ、誰も」
 若桜は折生に不思議な笑みを見せ、ついと立って導いた。
「こっちよ、早く」
「なぜ逃がしてくれる?」
「気に入ったから」
 折生は次第に早足になっていく娘を必死に追いかけ、気がつくと鳥居の下に居た。
「ここまで来れば大丈夫。でも、着物を替えておきましょう」
「無理だ!」
 するすると帯を解き始めた娘に慌てて背中を向け、折生は叫んだ。
「男と女じゃ、すぐ分かっちまう!」
「いいえ、『分からない』わ」
 若桜は着物を肩から落とした。
「君は…」
「そう、男よ」
 呆気に取られた折生に、娘と間違うほど美しい少年は微笑んだ。
「時々、私のようなものが産まれるの、さあ脱いで!」
 若桜は口調だけは娘のままで命じた。折生は渋々娘の寄越した着物を身に付けた。
「妙な気分だ」
「似合うわよ」
 くすくす笑いながら、娘は泥を顔や手足に塗りつけ、髪をくしゃくしゃに乱した。と、奇妙なことに『彼』は折生そっくりになった。突然小さい頃攫われた弟のことを思い出し、折生ははっとした。
「本当は、まさかお前…」
「さあ行って!」
 若桜は悲しげに笑い、身を翻して山の奥へ駆け込みながら叫んだ。
「元気でね、兄さん!」
「若桜ーっ!」
 折生の呼ぶ声は空中に消えた。やがて小城家の辺りに火の手が上がり、火は広がって鳥居までも燃え、あたり一面焼け野原となった。
「若桜…」
 折生は村人達が駆け寄るのも気づかず、ただただ呆然と彼方の残骸を見た……。

                                      つづく
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