『segakiyui短編集』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
91 / 118

『ワンピース・オバサン』(6)

しおりを挟む
5.片桐サンの家(2)

 やがて、町からずいぶん外れた所に、白くて四角い建物が見えて来た。
「さ、ここよ」
 広い門の前でタクシーを降りると、片桐サンはすたすたと中に入って行く。鏡子も急いでついて行った。
 入り口に『ひかりのいえ』の看板があった。
「ひかりのいえ?」
「そう。ここの名前」
 片桐サンはにこにこ笑った。
「私が住んでいる家よ」
「ふうん…」
 片桐サンについて歩きながら、鏡子はまるで病院のようだと思った。
 前庭にたくさんの花が植えてある。赤や黄色や紫の花が、深い緑の葉の間に咲いている。きれいに揃えられた薄い緑の芝生を白い策が囲んでいた。
 白くてすべすべしたかべが小さな部屋を区切っている。ゆったりした廊下の両側に並んだ部屋のドアには、一つ一つ小さな名札がかけてあった。
 お母さんよりも若いお姉さんみたいな人やおじいさんもいる。のんびり歩く人、真面目な顔をして部屋から出てくる人、庭のベンチで座って指を組んでいる人も居た。
 建物の真ん中あたりに中庭があって、そこにもきれいな花が絵を描くように植えられている。庭の隅に白くて小さなドアが一つあったが、そこには名札はかかっていない。
「ここはまだ新しいから大きな木はあまりないでしょう? だから、あの公園に木を見に出かけていたの」
 片桐サンが静かに言った。
「あそこは何?」
「入ってみる?」
「うん」
 片桐サンが名札のかかっていない白いドアを開けてくれた。
 正面にほんのりと黄色い灯を点した窪みがある。両側にステンドグラスになった窓が一つずつ、床には肌色のふんわりした絨毯が敷かれていた。入り口の所で靴を脱ぎ、絨毯を踏んで中に入る。後ろでドアが閉まると、部屋の中は世界にここしかないように静かになった。
「ここは何の部屋?」
「お祈りの部屋。考えたり、泣いたりする部屋。一人で何をしてもいい部屋」
「ふうん」
 鏡子は絨毯の上に座った。続いて寝転んでみた。
 片桐サンはじっと鏡子を見ていたが、やがてゆっくり、隣に座った。
「いいなあ」
「え?」
「片桐サン、いいねえ。何をしてもいい所があって。みんなと一緒に暮らせて。一人じゃないもんね」
「一人よ」
 片桐サンがぽつんと言った。
「一人。死ぬ時はね、一人。みんなここに居ても、一人」
 鏡子は体を起こした。片桐サンは正面の灯を見ていた。
「ここにいる人はね、そう遠くない時に死ぬのがわかっている人なの。お医者さんにかかっても、もう生きていられないの……私もそうよ」
「…うそ…」
「嘘だったらいいと何度も思ったけど」
 片桐サンは笑った。鏡子が初めて見る、寂しそうな顔だった。
「ここに居ても辛くて、それで木を見に行ったのよ。何か、いい答えが見つからないかと思ったの」
「見つかった?」
 片桐サンは鏡子を振り向いた。
「半分はね。後の半分がどうしても見つからなくて、もう間に合わないかと思っていた。でも、どこかできちんと考えている誰かがいるのねえ、ちゃあんと半分、間に合った。さ、もう帰りましょうね」
 きょとんとした鏡子に、片桐サンはゆっくりと笑いかけた。明るくて花が開いたような顔だった。
「後の半分はね、あなたよ、鏡子ちゃん」
「あたし?」
「そう」
 片桐サンについて、廊下を元の入り口に向かって戻って行く。
 途中で、急にバタバタした足音がして、お医者さんと何人かの看護師さんが、小さなベッドを押して走って行った。
 片桐サンは立ち止まってそれを見た。鏡子もつられて見た。
 ベッドにはとても細い男の人が寝ていた。
「鏡子ちゃん」
「何?」
「人は誰でも死ぬの。いつか、必ず」
「知ってるよ」
「前に自殺するって言ってたね」
「うん……今も思うよ……本気だよ」
 鏡子は少し片桐サンを睨んだ。片桐サンが振り向く。茶色の目が涙で一杯になっていて、鏡子は口を閉じた。
「自殺しなくても明日にでも死ぬかもよ。もう、したいことは全部した?」
「したいこと?」
「うん。私はね、白いワンピース着たかったの。ずっと若い時から。でも、みんな、似合わないって言うから着なかったの。着れば良かったわ。もっと前から、もっと本当に大事なことを選んでいれば良かった。勿体無いことをした。いっぱい時間があると思ってたの。違う。違っていたの。したいこと全部できるほどもないの。したいことの中で本当に大切なことをするだけしかないの」
 つうっ、と片桐サンの頬を涙が流れた。
 何でもなかったことのように、片桐サンは涙を拭いた。それから鏡子の肩に手を乗せて、ほんのちょっぴり引き寄せた。
「それでも、私はあなたと会えたから、良しとしなくてはね」
 片桐サンに肩を抱かれたまま、鏡子は廊下を歩いて戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...