78 / 118
『遅刻した星』
しおりを挟む
その日、いつも遊んでいる公園に行くと、見たことのない奴が砂場にいた。
僕が風邪で三日間来られなかった間に、そいつはすっかり仲間になってて、あつしやひろきと楽しそうに遊んでいる。
僕はなんとなく入りにくくて、滑り台を何度も滑りながら、そいつを眺めた。
お天気続きで真っ黒に日焼けしたあつし達に比べて、真っ白な顔をしている。ひろきより倍ほど大きいきらきらした目をして、笑うと前歯が一本抜けていた。
まるで初めて公園に来たみたいに、夢中で砂を掘っている。
僕は滑り台に飽きて、ぶらぶらと砂場に近づいて行った。
「だからさ、さそりの奴はあわてもんなんだ」
そいつが話している声が聞こえて来た。
「いい加減にしとけって言うのにアキレスを追っかけてる。時々うっかり追い抜かしたりするんだ」
「嘘だあ」
あつしが砂を掘るのを止めて、眉をしかめた。
「星座がそんなに入れ替わったりするもんか。星っていうのは、地球とおんなじで、決まった所を決まった時間に動くんだって、お母さんが」
「へええ、一晩中見てたの?」
そいつはからかうように言った。
「だって……なあ」
「うん」
あつしがひろきを振り返り、ひろきも頷いた。
「学校でも、星が勝手に動くなんて言わなかったよ、せんせえは」
「じゃあ、お母さんも『せんせえ』も知らないんだよ」
そいつはくすくす楽しそうに笑った。
「僕はよおく知ってるよ。いつもじっと見てるからね」
「でもなあ……あ、かずし」
ひろきが僕に気づいてくれた。
「風邪引いたんだって? もういいのか」
「うん…」
僕はちらりと、あつしと座っている奴を見た。ひろきが振り返って、
「ああ、あいつ、かずしは知らないよね。つかさっていうんだってさ。ほしのつかさ」
「つかさ…」
「うん。星のこととか月のこととかよく知ってるんだ。この前なんか、なあ、あつし」
「ええ? ああ、そうだ。この前、夜中に流れ星が出るってつかさが言ったら、ほんとに出たんだ。けどな、オレはやっぱり、星は勝手に動かないと思う」
あつしはちょっと僕を見たけど、すぐにつかさと話し始めた。ひろきも一緒に話し出す。
僕は仲間はずれになってしまった。もう帰ろうかなと思い始めた時、つかさが急に大声を上げて立ち上がった。
「しまった!」
「どうしたの」「どうしたんだ」
「遅刻しちゃった」
「何に?」「塾?」
「ううん、じゃあね、またね、バイバイ!」
僕らに構わず、つかさは跳ね飛ぶように駆け出した。そんなつもりはなかったけど、気がつくと、僕はつかさを追っかけていた。
辺りはどんどん暗くなる。つかさは町外れに駆けて行く。
こっちに家なんてあったかな、工場しかなかったのにな。
そう思った時、つかさがひょいと工場の隅へ入って行った。慌てて後を追ったけど、その辺りは真っ暗で、何があるのかもわからない。
怖くなって後ずさりした僕は、くるくる辺りを見回した。
「あ、つかさ」
工場の煙突の一本につかさが登って行く。シャツやズボンから出ている手足の白さが、暗い中で光っている。光った小さな体が、煙突の上へ上へと登って行く。
とうとう天辺まで登り着いた。でも、つかさはひょいと手を伸ばし、今までと同じようにどんどん上へ登って行った。小さな体がもっともっと小さくなり、見ている間に点になった。いつの間にか、空いっぱいの星の中、つかさの体がぽちりと光る。
ああ、あいつなら見たことがある。
僕は一人呟いた。
つかさは北極星だったのだ。
終わり
僕が風邪で三日間来られなかった間に、そいつはすっかり仲間になってて、あつしやひろきと楽しそうに遊んでいる。
僕はなんとなく入りにくくて、滑り台を何度も滑りながら、そいつを眺めた。
お天気続きで真っ黒に日焼けしたあつし達に比べて、真っ白な顔をしている。ひろきより倍ほど大きいきらきらした目をして、笑うと前歯が一本抜けていた。
まるで初めて公園に来たみたいに、夢中で砂を掘っている。
僕は滑り台に飽きて、ぶらぶらと砂場に近づいて行った。
「だからさ、さそりの奴はあわてもんなんだ」
そいつが話している声が聞こえて来た。
「いい加減にしとけって言うのにアキレスを追っかけてる。時々うっかり追い抜かしたりするんだ」
「嘘だあ」
あつしが砂を掘るのを止めて、眉をしかめた。
「星座がそんなに入れ替わったりするもんか。星っていうのは、地球とおんなじで、決まった所を決まった時間に動くんだって、お母さんが」
「へええ、一晩中見てたの?」
そいつはからかうように言った。
「だって……なあ」
「うん」
あつしがひろきを振り返り、ひろきも頷いた。
「学校でも、星が勝手に動くなんて言わなかったよ、せんせえは」
「じゃあ、お母さんも『せんせえ』も知らないんだよ」
そいつはくすくす楽しそうに笑った。
「僕はよおく知ってるよ。いつもじっと見てるからね」
「でもなあ……あ、かずし」
ひろきが僕に気づいてくれた。
「風邪引いたんだって? もういいのか」
「うん…」
僕はちらりと、あつしと座っている奴を見た。ひろきが振り返って、
「ああ、あいつ、かずしは知らないよね。つかさっていうんだってさ。ほしのつかさ」
「つかさ…」
「うん。星のこととか月のこととかよく知ってるんだ。この前なんか、なあ、あつし」
「ええ? ああ、そうだ。この前、夜中に流れ星が出るってつかさが言ったら、ほんとに出たんだ。けどな、オレはやっぱり、星は勝手に動かないと思う」
あつしはちょっと僕を見たけど、すぐにつかさと話し始めた。ひろきも一緒に話し出す。
僕は仲間はずれになってしまった。もう帰ろうかなと思い始めた時、つかさが急に大声を上げて立ち上がった。
「しまった!」
「どうしたの」「どうしたんだ」
「遅刻しちゃった」
「何に?」「塾?」
「ううん、じゃあね、またね、バイバイ!」
僕らに構わず、つかさは跳ね飛ぶように駆け出した。そんなつもりはなかったけど、気がつくと、僕はつかさを追っかけていた。
辺りはどんどん暗くなる。つかさは町外れに駆けて行く。
こっちに家なんてあったかな、工場しかなかったのにな。
そう思った時、つかさがひょいと工場の隅へ入って行った。慌てて後を追ったけど、その辺りは真っ暗で、何があるのかもわからない。
怖くなって後ずさりした僕は、くるくる辺りを見回した。
「あ、つかさ」
工場の煙突の一本につかさが登って行く。シャツやズボンから出ている手足の白さが、暗い中で光っている。光った小さな体が、煙突の上へ上へと登って行く。
とうとう天辺まで登り着いた。でも、つかさはひょいと手を伸ばし、今までと同じようにどんどん上へ登って行った。小さな体がもっともっと小さくなり、見ている間に点になった。いつの間にか、空いっぱいの星の中、つかさの体がぽちりと光る。
ああ、あいつなら見たことがある。
僕は一人呟いた。
つかさは北極星だったのだ。
終わり
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる