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『その時』
しおりを挟むそのネコは、わしが思い出せる限り、わしの足元に寝そべっていた。桜吹雪の中でも、冷たい雨の降る日でも、雷が轟き、稲妻が夜を切り裂く嵐にも、わしの足元から離れなかった。
ネコは時々わしを見上げ、白い髭をかすかに震わせ、こう言った。
「なあ、じいさん。機嫌はどうだい」
「ああ、悪くない」
「そうか、なら、いいや」
それからのんびり欠伸をして、手足を伸ばして横になる。側を車が通ろうと、人間がわいわい騒ごうと、知らん顔で眠っている。
食べるものはどうしてるのだろう。水はどこで飲んでるのだろう。雨に濡れた後、毛繕いはしているが、泥で汚れても気にしていない。
「ひどい雨だな、じいさん」
「星が出てるぜ、じいさん」
「たいしたお天道様だな、じいさん」
ネコは独り言のように呟いて、必ず最後にわしを呼んだ。わしは答えずに、ネコの言う、雨や星やお天道様を見る。そして、黙ったまま、ネコの言う通りだと感心していた。
ある日のこと、人間達がたくさん来て、わしの体を叩きながら言った。
「惜しい桜だが、切らずばなるまい」
そう言えば、通りの仲間が随分減って、新しく広い通りに変わっている。いつからこんなことが始まってたのか、どうしてわしは気づかなかったのか。
「なあ、じいさん。機嫌はどうだ」
「何か変だ。胸がどきどきして、体が震える」
「そうか、わかるぜ。俺もそうだった」
ネコが答えた。
人間達がぎらぎらしたものを抱えてやってくる。
「ネコよ、わしは怖いよ」
「ああ、わかる」
「なぜ、わかる」
「一年前に、あんたの足元で、小さなネコが死んでたろう。雨に打たれて、風に吹かれて、ばらばら崩れようってとこを、あんたはそっと抱き寄せてくれた。あんたのぬくい懐にな。俺はあん時、心底助かった。だから、あんたのその時に、あんたの側に居ようと思った」
ネコはわしを見上げた。薄く透けていくネコの体をすり抜けて、人間達の振り下ろした鉄の刃が、わしの体にがっきと入った。
終わり
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