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『おばあちゃんのはぎれボックス』
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おばあちゃんは押入れの隅に、大きな箱を一つ、持っていました。中には小さな頃から少しずつ貯めた、いろんな形と色のはぎれが入っています。
おばあちゃんはその箱を『はぎれボックス』と呼んでいます。
『はぎれボックス』はエプロンが破れた時に役に立ちます。
靴下に穴が開きかけた時にも、役に立ちます。
時には、お父さんの仕事着を繕うのにも、役に立ちます。
おばあちゃんは『はぎれボックス』を大事に大事にしていました。
ある日、みんなが寝静まった夜に、玄関の戸が鳴りました。
トントン、トントン。
「はい、はい」
おばあちゃんが戸を開けると、そこに小さな小さな影が、1つ、2つ、3つ。
よく見ると、それはくまと子馬と犬のぬいぐるみでした。
「おばあちゃん」
3匹を代表して犬が言いました。
「僕たち、壊れてしまったんです。おばあちゃんなら直せるって、みよちゃんのところの狐が言ってたものだから、こうして訪ねて来たんです」
「おやおや、それはどうもありがとう。それじゃあ、入って下さいな」
みよちゃんのところの狐、と聞いて、おばあちゃんはにこにこしました。一昨日の昼、みよちゃんが破いてしまったと言って持って来たのです。
「それで、どこが壊れたの?」
おばあちゃんはお医者さんのように、まず犬に尋ねました。
「僕は耳のところを、釘に引っ掛けちゃったんです」
「どれどれ…」
おばあちゃんが見ると、犬の耳の端がギザギザになっています。
「ふんふん、なるほど」
おばあちゃんは『はぎれボックス』から布を探して、色を合わせ、つぎを当てました。
「うん、ぴったりだ、どうもありがとう」
「どういたしまして……次はどなた?」
「はい、ぼくです」
子馬が前に出ました。子馬はチェック地の体の、尻尾の近くにかぎ裂きを作っていました。
おばあちゃんは考えてから、少し違う色合いのチェック地を選び、葉っぱの形のアップリケをつけました。
最後のくまは、耳のところのほころびです。これははぎれを使わなくとも直せました。
「どうもありがとう」
「はいはい、気をつけてお帰りなさい」
3匹は嬉しそうに夜の街を帰って行きました。
次の日から、おばあちゃんの家には、夜になるとぬいぐるみ達が集まって来ました。
「おばあちゃん、僕を直して」
「私をみて下さい」
「はいはい、順番、少し待ってね」
その度に、おばあちゃんは『はぎれボックス』から1枚1枚布を選んで直してやりました。
ある夜のこと。
「すみません、すみません」
「はい、どなた?」
おばあちゃんの所へやって来たのは、1人の可愛い人形でした。一目見た途端、おばあちゃんにはその人形が誰だかわかりました。
「まあまあ、あなた、まあまあまあ」
「お久しぶりです」
その人形は、おばあちゃんが小さい時に遊んでいた相手でした。見ると、赤い着物の裾が破けてしまっています。
「ちょっと待っててね」
おばあちゃんは慌てて『はぎれボックス』を開けました。毎夜毎夜、ぬいぐるみ達を直してやっていたので、『はぎれボックス』はほとんど空でしたが、底の方にたった1枚、残っています。
「そうよ、これよ、これだわ」
おばあちゃんは赤いはぎれをそうっと拾い上げました。
それはおばあちゃんが一番初めに集めたはぎれ、小さい頃に癇癪を起こして、あの人形から破いてしまったはぎれでした。
「お人形さん、お待ち遠さま。今直してあげますよ。それから、お茶を淹れるから、しばらくお話ししましょうよ」
「そうですね。あれからずいぶん経ったから」
「そうねえ……あ、そうだそうだ」
おばあちゃんは思いついて立ち上がり、1枚の紙にさらさらと文字を書きました。そうして、玄関の外、どんな小さなぬいぐるみでも見える所に貼り付けました。
そこには次のように書いてありました。
『品切れのため、しばらくお休みいたしますーー『はぎれボックス』のおばあちゃんより』
おばあちゃんはその箱を『はぎれボックス』と呼んでいます。
『はぎれボックス』はエプロンが破れた時に役に立ちます。
靴下に穴が開きかけた時にも、役に立ちます。
時には、お父さんの仕事着を繕うのにも、役に立ちます。
おばあちゃんは『はぎれボックス』を大事に大事にしていました。
ある日、みんなが寝静まった夜に、玄関の戸が鳴りました。
トントン、トントン。
「はい、はい」
おばあちゃんが戸を開けると、そこに小さな小さな影が、1つ、2つ、3つ。
よく見ると、それはくまと子馬と犬のぬいぐるみでした。
「おばあちゃん」
3匹を代表して犬が言いました。
「僕たち、壊れてしまったんです。おばあちゃんなら直せるって、みよちゃんのところの狐が言ってたものだから、こうして訪ねて来たんです」
「おやおや、それはどうもありがとう。それじゃあ、入って下さいな」
みよちゃんのところの狐、と聞いて、おばあちゃんはにこにこしました。一昨日の昼、みよちゃんが破いてしまったと言って持って来たのです。
「それで、どこが壊れたの?」
おばあちゃんはお医者さんのように、まず犬に尋ねました。
「僕は耳のところを、釘に引っ掛けちゃったんです」
「どれどれ…」
おばあちゃんが見ると、犬の耳の端がギザギザになっています。
「ふんふん、なるほど」
おばあちゃんは『はぎれボックス』から布を探して、色を合わせ、つぎを当てました。
「うん、ぴったりだ、どうもありがとう」
「どういたしまして……次はどなた?」
「はい、ぼくです」
子馬が前に出ました。子馬はチェック地の体の、尻尾の近くにかぎ裂きを作っていました。
おばあちゃんは考えてから、少し違う色合いのチェック地を選び、葉っぱの形のアップリケをつけました。
最後のくまは、耳のところのほころびです。これははぎれを使わなくとも直せました。
「どうもありがとう」
「はいはい、気をつけてお帰りなさい」
3匹は嬉しそうに夜の街を帰って行きました。
次の日から、おばあちゃんの家には、夜になるとぬいぐるみ達が集まって来ました。
「おばあちゃん、僕を直して」
「私をみて下さい」
「はいはい、順番、少し待ってね」
その度に、おばあちゃんは『はぎれボックス』から1枚1枚布を選んで直してやりました。
ある夜のこと。
「すみません、すみません」
「はい、どなた?」
おばあちゃんの所へやって来たのは、1人の可愛い人形でした。一目見た途端、おばあちゃんにはその人形が誰だかわかりました。
「まあまあ、あなた、まあまあまあ」
「お久しぶりです」
その人形は、おばあちゃんが小さい時に遊んでいた相手でした。見ると、赤い着物の裾が破けてしまっています。
「ちょっと待っててね」
おばあちゃんは慌てて『はぎれボックス』を開けました。毎夜毎夜、ぬいぐるみ達を直してやっていたので、『はぎれボックス』はほとんど空でしたが、底の方にたった1枚、残っています。
「そうよ、これよ、これだわ」
おばあちゃんは赤いはぎれをそうっと拾い上げました。
それはおばあちゃんが一番初めに集めたはぎれ、小さい頃に癇癪を起こして、あの人形から破いてしまったはぎれでした。
「お人形さん、お待ち遠さま。今直してあげますよ。それから、お茶を淹れるから、しばらくお話ししましょうよ」
「そうですね。あれからずいぶん経ったから」
「そうねえ……あ、そうだそうだ」
おばあちゃんは思いついて立ち上がり、1枚の紙にさらさらと文字を書きました。そうして、玄関の外、どんな小さなぬいぐるみでも見える所に貼り付けました。
そこには次のように書いてありました。
『品切れのため、しばらくお休みいたしますーー『はぎれボックス』のおばあちゃんより』
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