『segakiyui短編集』

segakiyui

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『テリトリー』

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「今回の依頼は簡単やったなあ」
 桂がゆらゆら体を揺らせながら夜道を先へ進む。
「そうか?」
 蔵の中に居たのは大層な化け物だったし、例によって家人は解決を望んだくせに、いざとなると桂の邪魔ばかりするような顛末、それでも一人の死人も出さなかった手腕を、誰に認められることもなく、誰に褒められることもなく、こうして追い払われるように闇に放たれて。
 人の闇に向き合い、この世ならぬ者と繋がり、それでも人の味方をしなくてはならない定めを背負った男は、痛みを痛みと訴えられない。
 その男に拾われ庇われ養われている俺が、何ができるのか何をしてやれるのか。
「……帰ったらとびきりうまい飯を作る」
「ん?」
 俺のつぶやきに目元を細めて振り返った桂が、ふと視線を落とした。
「……」
「何だ?」
「………浮かれすぎてたか」
 ふわふわと漂うように戻ってきた桂が、俺の背後にあった電柱の下に近寄っていく。
「猫……? ……ひどいな」
 おそらくはまだ小さな赤子猫、けれどその無惨な姿は明らかに人間の手によるもので。
「……触るな」
 近づきかけた俺を制した桂はそっと静かに腕を伸ばした。
 変わらぬ表情、傷みさえも浮かべずに、けれど俺にはわかる、舌打ちしそうな苛立ちがアッシュグレイの前髪が覆う茶色の瞳に満ちていく。
「簡単な依頼やて? 未熟もんが」
 低く吐き捨てる呪詛は珍しい。
 静かに猫を抱き上げて、白づくめの服の胸元に引き寄せる、その桂に俺は触れることは叶わない。べたりとその血が桂の服を汚しても。
 聖なるかな、と声が響く、無明の闇に。
 清なるかな、その業の有様は。
 誠なるかな、全ての命に頭を垂れるべし。
「なあ、健吾」
「うん」
「僕の人間嫌い、直してくれへんか」
「え?」
 こちらをそっと見やった瞳は黒々と殺意に揺れている。
「僕なあ、人間嫌いや」
「……うん」
「そやけど、それでは生きてかれへんもんなあ」
 掠れた声に俺は一歩桂に踏み出す。
「帰ろう」
「?」
「帰ってうまい飯を作る。そいつにも飯をやって、それから埋めてやろう」
「ごまかしや」
 これは死んでるんやで?
「ああ、ごまかしだ」
 俺は手を伸ばして猫に触れた。小さく冷えた肉塊だった。その中にあった温もりを思った。
「そのごまかしに騙されろ」
 今だけでいい一度でいい。
「……あほぅ」
 僕がそんなん騙されるかいな。
 桂はくすりと笑って、それでもゆっくり歩き出した。
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