『segakiyui短編集』

segakiyui

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『愚者の選択』

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「りん!」
 呼ばれて振り返ると、FDが穏やかな笑みを浮かべていた。
「何ですか?」
 手にしていた本を抱え直し、彼の車椅子の側による。
「ちょっと頼まれてくれないか」
「ああ、はい」
 俺はにこにこする。
「いつもの?」
「そう、いつものだ」
 FDは軽く片目をつぶって見せ、机の上の紙を取り上げる。
「面白い話があるんだ」
 FDの依頼はいつもこんな風に始まる。
「桜花街で、少女が一人行方不明になったそうだよ」
「年齢は?」
「五歳」
「状況は?」
「母親と散歩しているうちに、ふいといなくなった」
「誘拐や迷子ではない?」
「母親は娘がいなくなったことに気づかなかった」
「気づかなかった?」
 それはただごとではない。
「娘の手を握ったままのつもりで家に戻り、お腹空いたでしょ、そう呼びかけて初めて自分がただこぶしを握りしめていたことに気づいた」
「ふうん」
「母親は放心状態で寝込んでいる。依頼があったのは父親からだ」
「じゃあすぐに発ちます」
「頼むよ」
 俺はFDの本を一通り片付けて部屋を出た。

 FDは数年前の事故で歩く機能を失った。元々心臓に問題があって、それほど動き回ることができなかったのが、一層動けなくなっただけだよと穏やかに笑う彼の中にも、もちろん葛藤はあったのだろう。
 けれどそれを彼は見せないし、俺という相棒を得たからかえってよかったのかもしれないとも言ってくれる。
 彼の事故は実は回り回って俺のせいでもある。それを彼は責めないし、その代償として彼の手足として動くことを、愚かなことだと笑うやつもいるけれど、俺は一向に構わない。
 彼の側は心地いい。

「ありがとうございます」
 娘を失った父親の第一声はそうだった。
 ありがとう。それはこの父親がほとほと困っていたことを教えてくれる。
「コミュニティ・ペーパーなんて、普段読まないんですよ」
 縁なんですかね。
「たまたま記事を見つけて」
「……奥様はいらっしゃらないようですね」
「あれは」
 実家に戻ってしまいました。
 父親は苦い顔で項垂れた。
「もう耐えられないと言って」
「娘さんがいなくなったのに?」
「いなくなったからだと」
 おかしな振る舞いだ。
「もしよければ、娘さんがいなくなられた場所へ案内して頂けますか?」
「ああ、はい」
 父親と家を出て、静かな住宅街を歩いていく。父親は不安そうに何度も周囲を見回しながら歩き、やがて小さな路地が交錯するあたりで立り止まった。
「このあたり、かと」
「なぜ?」
「なぜ?」
「俺の聞いたところでは、奥様は娘さんがいなくなられたのに気づかれなかったようですが?」
「ええ、でも」
「そんなことはありえない?」
「だってそうでしょう」
 父親は苛立った顔になった。
「人一人いなくなったのに」
「では奥様が嘘をついておられると?」
「……あれは、嘘じゃないとしか言わないんだ」
「では、なぜここに来られたんですか?」
「え?」
「奥様のことばが嘘なら、いろんな可能性はあったはず。なのに、あなたは警察にも行かれていない、俺達みたいな得体のしれない相手に娘さんの捜索を委ねられ、しかもこのあたりでいなくなったのだろう、と見当までつけられている」
 なぜですか?
 俺がまっすぐ見た父親はうろたえた顔で周囲を見回した。
「私は、その」
「奥様のことばは嘘だけど、娘さんがいなくなったのは確かで、あなたはそれを公に探すことはしておられない。あなたは娘さんの行方をご存知なんですね?」
 だからこそ、奥様は突拍子もない嘘をつくしかなかった。
「あなたも娘さんも守るために」
 そうして全てを抱え込んで寝込んでしまったのに、あなたはその奥様を気遣うこともされず、ただ『娘がいなくなった父親』を演じようとされている。
「奥様が出て行かれたのは、そういうあなたを見限られてではないんですか?」
「君は、失敬な、失敬……」
 言いかけた父親がぎくんと体を強張らせて俺の背後を見やる。
「パパ!」
 明るい声が響いて、ぱたぱたと俺の側を走り抜けていくのは、半透明に揺れる幻、父親の顔が恐怖に引き攣った。
「う、わ…っ」
 そんな、ばかなっ…。
 よろめいて尻餅をつき、首にしがみついた幼い子どもの幻に真っ青になる。
「生きてるはずが…はずが……っああ」
「ご安心下さい、娘さんは確かに亡くなってますよ」
 俺は微笑みながら、背中を向けた。
「FDの招魂術は確実ですし」
 実はあなたより先に娘さんに依頼されてたんです。
「パパに逢わせて、と」
 ちらりと振り返ったが、父親は虚ろな顔をして座り込んだままだ。
「聞こえてないようですね」
 携帯を取り出し、FDに報告する。
 また依頼料をもらえませんでした、と残念がると、FDは低く笑って大丈夫だよ、と応じた。
『母親側からもらってる』
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