『ラズーン』第六部

segakiyui

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4.2人の軍師(2)

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「ん…風が出てきたな」
 ユーノの枕元に居たアシャは、窓から吹き込む風にユーノの前髪が揺れるのに気づいた。立って振り返り、窓を閉める。遠く響いていたジェブの葉鳴りがなお遠ざかり、部屋の中には規則正しいユーノの寝息が聞こえるのみだ。
「ユーノ…」
 再び元の場所に戻って、ユーノの顔の横にそっと両肘をつき、低く呼びかける。
「そろそろ目を覚ませよ…俺の自制が切れそうだ」
 灰色塔(ガルン・デイトス)で2日2晩ほとんど不眠不休で策を練り、ユーノを送り出して2日、ユーノをミダス公の屋敷に連れ帰って2日、アシャは碌に休んでいない。如何に優しげな外見に似合わぬ強靭な体力の持ち主であるとは言え、この数日の心身の緊張と疲労は、アシャを眠らせるよりは過敏にさせ、張っているつもりの自制の糸はどことなく緩んでくる。
「………」
 アシャはそっと右腕を倒し、指先でユーノの髪を探った。決して柔らかいとは言えない髪質、手触りも強いて求めるほどのものとは思えないのに、ほのかにユーノの温もりがあって知らず知らずに指を誘われる。
 そればかりではない。惚れた娘の寝顔というものが、これほど男心を迷わせるものとは、アシャは今の今まで知らなかった。ユーノの寝顔を初めて見たわけではない、世に美姫と言われる女性達の甘い寝顔も、妖しく誘惑する瞳も満更知らないわけではない。
 けれど今、ユーノの閉じた瞼の幼さも、吐息を紡ぐ唇も、時折苦しそうに寄せられる眉も、何もかもがアシャの心を誘ってあまりある。いつも抗って逃げかける唇と違って、今ならきっとそのままアシャのキスを受け入れるだろう。儚げな柔らかそうな膨らみも、アシャが望みさえすれば掌に包めるところにある。それだけではない、腕に全てを抱きしめられるほど近くに、ユーノの身体が無防備に晒されている。
「………」
 アシャは髪をまさぐっていた指先を止めた。
「………」
 唇に見入る。
 拒まれたのは昨日のことだ。アシャに抱かれるよりはユカルをと、ユーノは無意識に呟いた。
 今この機会を逃せば、この娘は永久に自分の手には入るまい。誰か他の男の(例えばユカルの)
唇を受け、切なげ吐息ととものそいつの名前を呼ぶのだ。
(他の、奴の)
「…っ」
 アシャは立ち上がった。慌ててベッドから離れ、背中を向け、扉に向かう。
 急にユーノを抱きたくなった。ユーノの全てを奪い、他の男に攫われてしまう前に、細い首筋に自分の印を刻んでしまいたくなった。
 扉の方へ一歩踏み出し、立ち止まり、静かに振り返る。自分の顔が歪むのがわかる。
 ユーノは眠っている、穏やかに、安らかに、見つめるアシャの熱にも気づかず。
 きっと永遠に、知ることもなく。
 向きを変える。ベッドに近づく。ひどく揺らすことがないように、そっとベッドに腰掛ける。
「目を…覚ますなよ」
 掠れた声で祈るように呟いて、体を倒した。手をユーノの両側につき、澄み切った泉の水に直接口をつけるように、額にそっと唇を押し当てる。汗をかいていて、しっとりと滑らかな感触に誘われ、頬にも唇を当て、顔を上げた。目覚めていない、瞬きもしていない、眠りは深い、とても深い。
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