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7.儀式(4)

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「ついにさく殺しは分からず仕舞いか…」
 運び出された死体を見送りながら、厚木警部はポン、ポン、ポン、とポケットを叩き始めた。
「いい加減にその癖、どうにかしたら?」
 お由宇のからかい口調に警部は肩を竦めて応じる。
「この方が、見つけるまでの楽しみがあるだろ」
 そうして結局は、内ポケットから見つけ出したハイライトを咥えるのだが。今回は火を点けるのは諦め、名残惜しげにポケットに戻す。
「あの二人のどちらかだとは思うんだがな」
「どうして?」
 お由宇の問いに溜め息をつく。
「さくの部屋には、ここに通じる地下道がある。それを使えば、さく殺しなど簡単だろう」
「そうね…でも」
 お由宇は考え込んだ。
「あの二人とも、違うような気がするんだけど」
「おいおい、他の人間だって言うのかい? まさか『流し』とは言わんだろうな?」
 厚木警部がうんざりした顔になる。
「こんな終わり方になって、いい加減困ってるんだ。新しい謎を付け加えんでくれ」
「そうじゃないけど、引っかかるのよ」
「にゃあん」
 ふいにルトの鳴き声が響いて、俺達はぎくりとした。どこへ向けて鳴いたのかと振り向くと、右手の戸口に、いつの間にか吉田弁護士の姿があった。静かな声音で応じる。
「その通りです」
「え?」
「さく様を殺したのは、この私です」
「何っ!」
 ふ、とお由宇の手が素早く動いた。バッグの中のレコーダーのスイッチを入れたのだろうか。ちらりと見やった厚木警部が、もう一度問いかける。
「何だって?」
「私が、さく様を、殺したのです」
 吉田弁護士は、録音されていることに気づいているだろうに、淡々としかも明瞭に繰り返した。
「大館様がお亡くなりになる寸前、あの女だ、とおっしゃいました。哀れなあの女、と。私の命は、あの方に頂いたものです。あの方の意志を貫くことこそが使命です」
「…その続きは署でも話してくれるのだろうか」
 厚木警部が控えめに確認する。
「はい。どちらへでも」
 吉田弁護士は描いたような、現実感のない笑みを浮かべた。先に立つ厚木警部に黙々と従って、左手の戸を出て行く。
 続いて出て行こうとしたお由宇を、俺は急いで引き止めた。
「何?」
「お前はどうして鈴音さんに目をつけた?」
「…周一郎君と同じようによ。この辺りで神隠しに遭う子どものことを聞き回れば、すぐにわかるわ。子ども達が消える四、五日前から前日までに、一度ならず鈴音と話しているということがね。…確かに閉鎖的な村だけど、子どもを奪われた恨みは、結構人の口を軽くするものらしいわ」
「もう一つ」
「何?」
「ここに来るまでに『先代の若奥様』の亡霊話を聞いたんだ。ここでも何度か、それっぽいのを見たんだが」
「迷信ね」
 お由宇は事も無げに否定した。
「たぶん、鈴音か久が常時あなたを見張ってたんでしょ」
「なる、ほど…」
「行くわよ」
「あ、うん。…周一郎?」
 呼びかけに周一郎は目を開けた。体を起こす。
「大丈夫か?」
「はい」
 頷いて台から滑り降りたが、右手を三角巾で固定しているせいか、バランスが取りにくそうだ。貧血気味のせいもある。どうせなら警官連中がこいつも一緒に連れて行ってやってくれればよかったのに。まあ死体と犯人で手一杯か。
 周一郎を気遣いながら、先に立っているお由宇の後を追い、何とか階段までたどり着いた。
「外に続いてるのよ」
 見上げてみると結構長い。
「ははあ、こっから入ってきたのか」
「そういうこと。これを見つけるのが一苦労で、手間取ってしまったけど」
 登り始めてわかったが、予想以上に狭かった。これじゃあ、警官連中もなかなか入ってこれなかっただろう。足元もヌルヌルしていて、少し気を抜くと滑り落ちかねない。四苦八苦しながら歩いていると、なぜか俺を先へ行かせた周一郎が、後からゆっくりと登って来る気配がした。
 俺達があんまりのろのろ歩くのにうんざりしたのか、お由宇はちょっとお先にと言い捨てて、さっさと登って行ってしまう。
「非情なやつだな」
 唸ると、ぼそりと低い声がした。
「え?」
 よく聞こえなくて聞き返す。
「何か言ったか?」
「僕は…なんとなく、鈴音の気持ちがわかります」
「…は?」
 周一郎が背中から続ける。
「だって、僕だって」
 少しためらいを含んで口ごもる。やがて思い直したように、
「例えば、もし滝さんとの繋がりが切れてしまうとしたら、たぶん…必死になって切れないようにした……と…思うから」
「周一…」
 ごん。
 一体どんな顔でそんな殊勝なことを言ってやがんだ。
 にやけかけた顔で振り返った俺は、まともに岩に頭を打ち付けた。もちろん、俯き加減で薄暗がりに沈む周一郎の顔なんて見えやしない。
「…知能犯だな」
「…」
「ここだと振り返れないのを知ってて、先に行かせたろ」
 やはり周一郎の返事はない。
「にゃああん」
 足元を駆け抜けて、先に外に出て行ったルトが、早く来いと急かして鳴いた。
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